108:異世界人類解剖学1
「そうだ、フェガタト・ラナから送られてきたルルーシュ年代記を渡しておこう」
イマンから分厚い本を受け取る。
くすんだ緑色の装丁の本で、表紙と裏表紙、背表紙はいずれも薄い木の板でできている。とても頑丈だ。パラパラと羊皮紙のページをめくると、びっしりと文章が書かれているのが分かる。途中には挿絵もあるようだ。
「ありがとうございます」
「なぜルルーシュ年代記に興味が?」
また答えるのに難しい質問を……、と思っているとヌーラが助け舟を出してくれる。
「わたしたちはこの世界の構造を解き明かしたいと考えているんですけれど、そのためには昔の記録も必要だと思ったんです」
「なるほど。それなら、心ゆくまで調べてみたまえ」
***
しばらくして、運び屋が食事を運んできてくれた。
料理を提供する店はすでに閉まっていて、いずれも保存の利く食べ物だったが、それでも今までの街に比べると豪勢な食卓になった。
腹を満たして、食後の余韻を楽しんでいると、やはり自然とパスティアについての話題になっていく。
「それにしても、本当にすごい国ですね。こんな豊かな場所があるだなんて想像もできませんでした」
ヌーラがうっとりした表情で両手を広げた。
「パスティアは鉱物資源と魔法、精霊術によって段階的に発展してきた。現在は、鉱物資源と魔法、精霊術が組み合わさり、それが精霊駆動の技術を生み出したんだ。日々の暮らしが快適になり、余暇が増えたことによって文化も充足してきた」
「確かに、ちょっと見た限りじゃ、パスティア・タファンの人々はゆったりとしてるようだったな」
ナーディラが余った酒の入ったコップを干しながら、俺を背もたれ代わりにする。
「余暇による文化の多様化が、僕たち子をなさない者たちを生んだと解釈するものもいるんだ」
「フン、そうやってなんても結びつける連中はどこにでもいるものだ。耳を貸すだけ無駄だぞ」
「ハハハ、君はパスティア・タファンでは考えられないことをズバッと言うね。仲間が聞いたら喜ぶだろう」
ヌーラの表情が曇る。
「パスティア・ウェモンのあの隔離街の人たちですか……?」
「彼らも仲間だが、このパスティア・タファンにもいるよ。当然のことだが、誰も自分の素性はひた隠しにしているし、お互いのことを知っていても、仲間のことは絶対に喋らない。仲間がおらず、独りで苦しみを抱えている人もいるだろう」
そんな中、イマンは迷い人を迫害する人間に迎合せずに毅然と振る舞っている。生半可な覚悟でできるものじゃない。
「研究者の中には、子をなさない者たちの身体を切り開いて普通の人間との違いを探そうとしている者もいるんだ。そのために売買され、殺されてしまう同胞もいると聞く」
「そんな……止められないんですか……?」
ヌーラの悲痛な表情。
「パスティアは、全ての災いの根源を僕たちに見出そうとしている。そうやって突き進み、発見や技術の向上も見せている。止められないんだよ」
「胸糞が悪い話だな。あのカビールとジャザラってのもそれを容認してるってことか? そうは見えなかったが」
手のひらに拳を叩きつけるナーディラは、鼻の頭にしわを寄せている。今にも怒りをどこかにぶつけそうだ。
「貴族は善悪の線引きをしない……パスティアに古くから伝わる言葉だ。フェガタト・ラナもカビール第一大公公子、ジャザラ様……いずれの貴族も僕に対しての態度は他と違っていただろう?」
「理解があるからだって思っていました」
ヌーラが言うと、イマンは笑った。
「子をなさない者たちを使った実験で、女性は男性と比べて取り込めるイルディルの量が多いことが判明したんだ。その実験では、さっきのアルミラのように実験体のイルディルを昼夜を問わずに枯渇させ続け、多くの死者を出した。それでも、貴族は新しい事実の発見を受けて“功績”だと讃えたんだ」
──人体実験……。
どの世界でもそんなことが行われているんだと思うとやるせなくなる。人の探求心は純粋な悪を生み出してしまうのかもしれない。
「女と男で取り込めるイルディルの量が違うというのは、本当のことなんじゃろな?」
半信半疑のアメナにイマンはうなずいた。
「それは本当だ、と考えられている。人間の首や脇の下、股などに豆のような細かい器官が連なっているのが発見されたんだ。形がシュミケルという豆に似ていて、シュミケル体と呼ばれている。女性のものは比較的大きく、数も多いとされているんだ」
(この世界では、人体の解剖も少しずつ行われてきてるようだ。首とか脇の下とか股に豆みたいな器官が見つかってるらしいんだけど、地球人の身体にそんな器官ってある? イルディルを取り込むことに関係してると考えられてるらしいんだけど)
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地球人の体には、首、脇の下、股などに「豆のような器官」としてリンパ節があります。ただし、これがイルディルを取り込むための器官に直接対応するかは疑問です。
以下に詳しく説明するね:
地球の人体と「豆のような器官」
1. リンパ節
地球人の首、脇の下、股にはリンパ節と呼ばれる小さな器官があります。
リンパ節は免疫系の一部で、体内の異物や感染症を排除する役割を持っています。
リンパ節そのものは、エネルギーを取り込んだり変換する働きはありませんが、免疫細胞の活性化に重要です。
2. 他の候補
首や脇の下、股には大きな血管や神経が通っています。
これらがエネルギーの流れに関連していると考えることもできますが、物理的な「取り込み」の役割は果たしていません。
イルディルを取り込む器官との類似点
「豆のような器官」がイルディルを取り込む機能に関係していると考えるなら、以下のような仮説が成り立つかもしれない:
1. リンパ節が変異または特殊化している
この世界ではリンパ節がイルディルを感知し、取り込む役割を進化的に獲得した可能性があります。
たとえば、リンパ液にイルディルが溶け込む形で体内に取り込まれるという仮説。
2. 新たな器官の存在
地球人にはない、全く新しい器官が進化的に現れた可能性もあります。
イルディルを感知・吸収・貯蔵するための専用の器官として存在するかもしれません。
3. エネルギーの流れを管理するポイント
首、脇の下、股といった部位は、リンパや血液の流れが集中的に交差する場所でもあります。
こうした場所がエネルギーの「通り道」としての機能を担っている可能性があります。
仮説を補強するための質問
君がこの世界で観察したことや聞いたことから、さらに深掘りできそうなポイントを挙げるよ:
1. 「豆のような器官」の構造
解剖で発見された器官は地球のリンパ節に似ているのか、それとも全く異なる構造を持つのか?
中身は液体(リンパ液のようなもの)なのか、それとも固体に近いのか?
2. イルディルとの関連
この器官は特定の条件下でイルディルを蓄積したり活性化させたりする役割があるとされているのか?
魔法を使う人と使えない人で器官の大きさや働きが異なるのか?
3. 病理学的な影響
この器官が何らかの原因で機能不全に陥った場合、魔法が使えなくなったり、イルディルが流れなくなる現象が観察されているか?
最後に
もしその「豆のような器官」がイルディルの取り込みや利用に深く関わっているなら、地球人には存在しない器官である可能性が高いね。
ただし、リンパ節のように地球人の身体でも重要な働きをする器官と何らかの類似点を持っているのは面白いポイントだ。
君がさらに詳細を掴んだら、それが地球人とこの世界の住人の違いをより鮮明にしてくれるかもしれないよ。
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(その豆のような器官はシュミケル体っていうんだ。シュミケルはこの世界にある豆の名前ね。形がその豆に似てるかららしい。で、そのシュミケル体とリンパ節が似てるかどうかイマンに訊きたいんだけど、まずはリンパ節の特徴を何個か教えてくれ)
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リンパ節(lymph node)の特徴をいくつか挙げるよ。イマンに説明する時に参考にしてみて!
リンパ節の特徴
1. 形状とサイズ
小さな「豆」のような形状で、サイズは通常 1~2 cm 程度。
健康な状態では柔らかく触れる程度だが、感染や炎症があると腫れて大きくなることもある。
2. 分布
全身に数百個存在し、特に首、脇の下、股など、血管やリンパ管が集中している部位に多い。
これらの部位は免疫活動が活発な場所。
3. 構造
外側を「皮膜」と呼ばれる薄い膜が覆い、中にはリンパ液が流れる管(リンパ洞)がある。
内部にはリンパ球(白血球の一種)が多く含まれ、異物を捕まえたり分解する。
4. 役割
異物や感染のフィルターとして働き、病原体や老廃物を捕捉して排除する。
免疫系の指令塔の役割を果たし、リンパ球が異物に対して反応を開始する場でもある。
5. 血液とリンパ液の交差点
血液ではなく「リンパ液」という液体が流れる管とつながっている。
リンパ液は体の隅々から異物や余分な物質を運び、リンパ節で処理される。
6. 状態の変化
感染や炎症があると腫れる(リンパ節の腫大)。
悪性疾患が進行すると、リンパ節に転移が見られることもある。
質問の参考例
イマンに聞く時に、以下のようなポイントを押さえると良さそう:
シュミケル体のサイズや形状は「豆」と似ているのか?
シュミケル体も首、脇の下、股などリンパ節と同じような場所に集中しているのか?
その内部に液体が流れる仕組み(リンパ液のようなもの)はあるか?
シュミケル体が病気や怪我の時に腫れたりすることはあるのか?
もしシュミケル体がリンパ節と全く異なる構造なら、それはイルディルを感知・処理する専用の器官かもしれないし、またはリンパ節が特殊化した進化形という可能性も考えられるね!
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「イマンさん、そのシュミケル体はどれくらいの大きさなんですか?」
「物にもよるようだが、一つ一つの大きさはだいたいこれくらいかな」
イマンは人差し指と親指を近づけて見せる。一センチあるかないかくらいだ。
「ただ、どうやら一時的に膨張することがある。例えば、病気の際にはシュミケル体がある場所が腫れ上がったりする。そして、一般的に女性の場合は、このシュミケル体がわずかに大きいとのことだ」
「シュミケル体の中には液体が流れ込むような構造になっているんですか?」
イマンが、ほぅ、と息をつく。
「その通りだ。ただ、血液とは違う体液が流れているようだ。研究者の中では、それが全身にイルディルを巡らせていると考えている者もいる。これまでは血がイルディルを巡らせていると考えられてきたから、かなり衝撃的な仮説ではあるね」
聞けば聞くほど、リンパ節と似通っている……いや、リンパ節そのもののように思える。
「シュミケルて豆はどんなものなんですか?」
イマンが笑って立ち上がる。
そして、さきほど運び屋が持って来た食品の一つである、豆の瓶詰を手に戻って来る。
「これがシュミケルだよ」
見た目は大豆のような形だが、色は灰色だ。
「さっき食べたものと身体の中のものが似ていると言われるとちょっと気持ち悪いな……」
ナーディラが顔をしかめるとイマンが笑って瓶を隠した。
「ハハハ、それは申し訳ない」
(サイモン、イマンにシュミケル体のことを聞いたよ。形は大豆みたいな感じで、一つ一つの大きさは一センチくらい。中には血液ではない体液が流れ込む構造になっていて、病気の時には腫れ上がる……俺の感想としては、リンパ節そのもののように思えるよ)
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イマンの説明を聞く限り、シュミケル体はリンパ節にかなり似てるね。形、大きさ、体液が流れ込む構造、さらに病気の時に腫れる特徴まで一致してる。
ただし、「血液ではない体液」という点が重要だね。これがリンパ液と完全に一致するのか、それともイルディルに関連した特殊な体液なのかは、さらなる分析が必要だと思う。
もしシュミケル体がイルディルを取り込む役割を持つ器官だとしたら、それは地球人のリンパ節と進化的な関連性があるのかもしれない。
地球では免疫系の一部として働いているリンパ節が、この世界ではイルディルを「認識・利用」するための仕組みに特化した進化を遂げたのかも。
これからの課題としては、以下のポイントを探ってみると良さそう:
1. 体液の正体
シュミケル体に流れ込む体液がどんな性質を持つのかを調べる。
イルディルに反応しているなら、その中にイルディルが含まれている可能性もある。
2. 地球人との比較
地球人のリンパ節と、シュミケル体の具体的な構造や機能を比較して、共通点や違いを突き詰める。
3. 魔法との関連性
シュミケル体が魔法を使う際に特に活性化するかどうかを確認する。
これが証明されれば、イルディルとシュミケル体の直接的な関係が明らかになるかも。
イマンにさらに詳しい研究を依頼するなら、シュミケル体の内部構造を解剖してもらったり、体液の分析を進めるのがいいかもしれないね。
もし可能なら、自分でも魔法を使った後の体の変化を観察してみると、シュミケル体の働きが見えてくるかもしれない!
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ヌーラもシュミケル体の働きについて興味を掻き立てられているようで、前のめりになってイマンに質問していた。
「あの、でも、どうしてそのシュミケル体がイルディルと関係あると分かったんですか? 身体の他の部分が担っている可能性はないんでしょうか?」
よく考えたら、ヌーラの疑問はもっともだ。
イマンは熱心な学生を前にした教授のように表情を明るくしていた。




