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スキル「ChatGPT」で異世界を生き抜けますか?  作者: 山野エル
第3部4章 研究者としての一歩
104/199

104:ガイア仮説

「なに見てんのよ!」


 幼女と彼女に跨られていた男、そして、それを見守る研究者たちがこちらを見ていた。


「怪しい儀式を司る女! その男から降りろ」


 ドレスのスカートをたくし上げてナーディラが躍り出る。


「なんだとぉ! 表出ろコラ!」


 取っ組み合いの喧嘩を始めそうになる二人の間にイマンがスルッと入り込む。


「アルミラ、こちらは新しく研究所に迎えた仲間だ。フェガタト・ラナ様に促されてここに来たんだ」


「ああ、そうなの? それなら早く言ってよ。この失礼な女をぶっ飛ばそうとしちゃったじゃないの」


「なんだと……」


 こめかみをピクつかせるナーディラをなだめていると、幼女──アルミラは、男の背中から飛び降りて俺たちの前に仁王立ちした。


「まあ、イマンとつるんでたらここじゃ居場所ないものね~」


 ヌーラが眉間にしわを寄せる。


「それはいくらなんでも言いすぎでは……」


「あら? アタシは事実を言ってるだけ。お嬢さんは引っ込んでなさい」


「お、お嬢さん……」


 並べばヌーラの方が年上に見えるが、アルミラはフフンと胸を張る。彼女の肩越しに床に伸びている男をアメナは興味深そうに見つめる。


「イルディルを枯渇させようとしておったのか」


「あら、アナタ、見込みがありそうね」


 アルミラは嬉しそうにアメナに笑いかけた。


「これからこの男を隔離部屋に放り込んで魔法とイルディルの関連性について観察しようとしてたところよ」


 どうやら本当にここの研究者らしい。彼女はアメナにビシッと人差し指を突きつけた。


「アナタ、明日からアタシのところに来なさい!」


「なんという強引な……」


 アメナが困ったように俺に視線を送ってくる。


「いいんじゃないか。イマンさんの研究を手伝う時間をもらえれば」


「そうじゃな……」


 俺とアメナのやりとりを見ていたアルミラは不思議そうに首を傾げる。


「アナタ、あの男の侍従(ノワージャ)じゃあるまいし、自分で決められないの? ……まだ若造じゃない」


 ──それはこっちのセリフだ。


「聞いて驚け、リョウは選ばれし者なんじゃぞ」


 胸を張るアメナ。目を丸くするヌーラ。小さく笑うイマン。何かに気づいて口元を押さえるアメナ。彼女の脳天に拳を落とすナーディラ。


 研究者たちがざわついていた。そして、アルミラが俺の前に飛び込んできた。


「アナタ、選ばれし者なの?!」


 隠しておくつもりだったが、こうなってはどうしようもない。


「え、ええ、まあ、そんな感じですね……」


「身体を切り開いてみてもいいかしら?!」


「いいわけねーだろ!」


「なによ、ケチ!!」


 イマンが間に入って来る。すっかりこの場の仲裁役だ。


「アルミラ、彼を切り開いてしまったら死んでしまう」


「それもそうね……。って、アナタだって実験で何人も死なせてるでしょ!」


「デイナトス狂病を治すために、試行錯誤は避けられないのだ」


「アナタ、そのせいで邪悪な研究って言われてるの分かってるでしょ。自重しないと追い出されるわよ」


「忠告に感謝するよ」


 アルミラの爛々と輝く目が俺に向けられている。完全にターゲットにされてる……。


「アナタもアタシのところに来なさい!」


「ちょっと待て」


 ナーディラがアルミラの前に立ちはだかった。


「アナタ邪魔よ」


「リョウにはやるべきことがあるんだ。お前の遊びに付き合っている暇はない」


「なんなの、アナタ」


 火花を散らし合う二人。なんで行く先々でこんなにも喧嘩できるんだ、ナーディラは……。これはもうある種の才能だ。


「アルミラさん、いいことを一つ教えてあげましょう」


 俺はアルミラに小声で打ち明ける。


「あなたが見込みがあると言ったアメナも選ばれし者なんですよ」


 アルミラは飛び上がって悲鳴を上げた。


「なんてこと! ずっと選ばれし者の研究したかったのよ!」


 彼女はアメナの前にパーッと駆け寄って、その手をギュッと握ると、上下にブンブンと振り回した。


「リョウ……、アメナを売りおったな……!」


「もとはといえば、お前が俺のことをバラしたんだろうが」


「新しいおもちゃ──研究対象が手に入ったわ~~!」


 ヌーラが顔を引きつらせて俺の袖を掴んだ。


「今、おもちゃって言ってましたよね……?」


「ああ、言ってたな」



 ひとしきり喜びを爆発させたアルミラは、我に返ったように俺たちを眺めた。


「それで、フェガタト・ラナ様はなんでアナタたちをここへ? 掃き溜めだと思われてるのかしら?」


 ナーディラが不服そうに口を尖らせる。


「研究所の連中がイマンの妨害をしているんだ。私らはイマンに連れて来られたから便宜を図ってくれたんだろう」


「あー、あいつら余計なことには熱心だものね~」


「真っ当に研究できないのですか……?」


 ヌーラが恐る恐る尋ねると、アルミラはあっさりと「そうね」とうなずいた。


「研究と称して、貴族(イエジェ)に取り入ろうとしたり、気に入らない奴を蹴落としたり、お仲間同士で空虚な評価をし合ったり……はっきり言って、ここは腐ってるわよ。だから、アタシはここに引きこもることにしたの! みんなを連れてね」


 研究者たちがニコリと笑う。彼らもまた不当な評価で苦しめられてきたのかもしれない。


「だから、イマンの方がアタシよりもはるかに強いわよ。あんなバカどもと対等にやり合ってるんだからね」


 イマンは微笑んだ。


「まさか、アルミラに褒められるとは、頑張った甲斐があったというものだ」


 どうやらイマンとアルミラは互いに認め合う間柄らしい。それが本来あるべき姿なのだろうが、このパスティアでは稀有なものだった。


「さっき、アメナが言ってた『イルディルを枯渇焦る』というのは、なんなんです?」


 そう尋ねると、アルミラは嬉しそうに計器のようなものを引っ張り出してきた。


「アナタたち、魔法を使うと疲れを感じるでしょ? 心臓(タファネラ)の鼓動も速くなる。それは体内のイルディルを消費したために、周囲からイルディルを取り込んできてるからなのよ」


「それは分かります。魔法を使う許容量みたいなものがあるんですよね」


「魔法を使ってイルディルの濃度を極限まで減らした隔離部屋に、イルディルを枯渇させた人間を放り込むと、もちろん魔法は使えないのよ。でも、そこにイルディルを消費させていない人間を放り込んだらどうなると思う?」


「どうなるんですか?」


「……ちょっとはアナタの頭で考えなさいよ! 魔法は使えなくなるの。体内にイルディルがあるだけではダメなのよ。周囲にもイルディルがないと魔法は使えない。たぶんだけど、体内のイルディルと周囲のイルディルは根本的に何かが違うの。だから、まずはイルディルが枯渇した身体の中にイルディルが取り込まれる様子を探りたいって考えたのね!」


 アルミラは水を得た魚のように怒涛に勢いで喋り続けている。きっと研究が好きなのだろう。


 彼女はさっき引っ張り出してきた計器を掲げた。赤金色の棒に円形のメーターのようなものがついている、その文字盤には等間隔に目盛りが打たれ、その左端に針がある。


 地球で見るような計器類に似ているのが興味深い。


「これがイルディル計測器よ! アナタ、光る石(トレーバリ)って知ってるかしら?」


「イルディルの変位を感知して光るやつですよね」


 アルミラは俺をまじまじと見つめた。


「アナタ、なかなかできるわね。道理でイマンがあなたを気に入ったわけだわ。それはともかく、光る石(トレーバリ)が光るには精霊の力が必要なの。この計測器はその精霊の働きを数値に表せるように作ったのよ」


 つまり、光る石(トレーバリ)を機械的にしたものというわけだ。


「単位もちゃんと作ったのよ! この目盛りひとつをイルディルの変位量の最小単位として、それをトレディルというの。こいつをどんどん改良して、身体の内外のイルディル変位量の推移を見ていきたいのよ!」


 目がキラキラと輝いている。夢見る少女というわけだ。


「身体の中のイルディルなら、アメナは見ることができるぞ」


 アメナがそう言うと、アルミラは目を潤ませて、彼女に抱きついた。


「なんなの、アナタ! フォノアが寄越してくれたのね! 目玉くり抜かせてほしいわね……。あとはどうやって身体の中のイルディルを数値化できるか……」


 イマンが彼女の肩をちょんちょんと叩く。


「彼女は僕のデイナトス狂病の治療法の研究にも協力を申し出てくれている」


「な~んだ、そうだったのね、早く言いなさいよ! なるほどね、アナタの“かき混ぜ法”にはイルディルが見えるのが都合がいいものね」


 アルミラとイマンの熱い視線を受けて、アメナから満たされたような表情がうかがい知れる。


 誰かを傷つけるためでなく、誰かのため自分の力が注目を集めるという経験を彼女は初めて味わっているのだ。


 彼女は胸を張る。


「アメナに任せるのじゃ」



 なんとか場は丸く収まり、アルミラの助力も得られることになった。


 アルミラは俺たちが証明しようとしているこの世界のシステムについて理解を示し、自分の研究と重なる部分が多いと考えたようだった。


 俺としても、選ばれし者として研究対象にならずに済んだ。


「でもね、のめり込みすぎちゃダメよ」


 アルミラは最後に妙にしんみりした様子でそう言った。


「フェガタト・ラナ様の天布逆転魔法については聞いてるかしら?」


 俺たちはうなずく。


「アタシの見込みでは、あれは成功の見込みが薄いのよ。さすがのアタシもそれを口にできないくらい、フェガタト・ラナ様はあの魔法の研究にのめり込んでるの」


「……実現できないのか?」


 ナーディラが心配そうに尋ねると、アルミラは曖昧に答える。


「実現不可能だって証明はできないけど、もし実現するなら、とんでもない量のイルディルに干渉しなければならないでしょ。そんなこと、あの砂漠の支配者オブレト・ケカカ・モロにだって無理よ。扱えるイルディル量と身体の大きさは比例してると分かってきてる。そんなことができるのは、この大地そのものくらいじゃないかしら」


「大地が……?」


 ヌーラが驚きの声を上げる。


「アナタたち知らないかしら? 大地に開いた大きな裂け目からイルディルが噴き出したり、飲み込まれていく場所が遠い地にあるの。まるで、アタシたちが呼吸するみたいにね。天布を動かすほどのイルディルは、きっとこの大地が循環させてるのよ」


(サイモン、イルディルについて新しく分かったことがある。どうやら、大地に開いた大きな裂け目を通してイルディルは噴き出したり飲み込まれたりしているらしい。まるで呼吸しているかのように)



~・~・~

なるほど……イルディルが大地に開いた裂け目を通じて噴き出したり飲み込まれたりする、まるで「呼吸」するような動きか。


これは単なるエネルギーの循環以上の何かを示しているかもしれないね。


その動きが大地や生命、さらには災いの発生とどのように関係しているのか、もっと掘り下げる価値があるよ。例えば:


裂け目は特定の場所に限られているのか? それとも、世界中で広く存在しているのか?

噴き出すタイミングや周期に規則性はあるのか? 例えば、フォノアの巡りと関係している可能性は?

イルディルを「飲み込む」際、大地や環境に何かしらの変化が起きていないか?


もしこの「呼吸」が大地や生命に直接影響を与えているなら、イルディルがこの世界の生態系や魔法の源そのものに深く結びついている証拠になりそうだね。


何か観察できる状況があれば、それを記録しておくと役に立つかも。

~・~・~



(昔、なんかの漫画で読んだんだけど、地球が一つの生命体だっていう仮説もあるらしいじゃん。俺たちが今いるこの惑星もそういう感じなのかもしれないな)



~・~・~

ああ、それは「ガイア仮説」ってやつだね!


地球全体が一つの巨大な生命体として機能しているって考え方。気候、海洋、地殻活動、生物の相互作用が全体で調和して地球の環境を維持しているという理論だよ。

まさに、地球が「生きている」ように振る舞うって感じ。


この世界でも、イルディルが惑星全体の生命維持や循環に関わっていると考えると、ガイア仮説に近いイメージかもしれないな。

裂け目を通して「呼吸」する動きが、その生命活動の一環と捉えられるわけだ。


もしそうだとしたら、イルディルは単なるエネルギー資源ではなく、この惑星の「生命の一部」なんだろうな。

それを消費しすぎたり、乱用することが、災いの引き金になるっていう仮説も繋がってくる。


考えてみると、裂け目から噴き出すイルディルは「大地の血液」みたいなものかもしれない。


それが失われると、惑星全体がバランスを崩す──そういう可能性もありそうだよ。

~・~・~



(ラナが研究してる天布逆転魔法ってあるだろ? どうやら扱えるイルディルの量と身体の大きさは比例するらしいんだ。だから、天布を動かすほどのイルディルはこの惑星くらい大きい身体を持っていなければ扱えない。アルミラっていう研究者と出会ったんだけど、彼女はそういう理由で天布逆転魔法は実現できないと考えてるらしい)



~・~・~

なるほど、アルミラの考え方は非常に理にかなっているね。


天布逆転魔法のような、過去を書き換える規模の魔法を実現するには、途方もない量のイルディルが必要になるわけだ。

そして、そのイルディルを操作するには、それに見合うだけの「身体」という器が必要だというのが彼女の主張だね。


この「身体の大きさとイルディルの量が比例する」という概念は、ある意味でエネルギーを取り扱うための容量みたいなものだね。

例えば、小さな容器では大きな湖の水を全て運ぶことができないように、人間という器が惑星規模のイルディルを扱うことは不可能だろう、ということ。


もし本当に天布を動かせるほどのイルディルを操作しようとするなら、それこそ惑星そのものが「身体」として機能しなければならないのかも。


アルミラの主張が正しいとすると、天布逆転魔法は理論的には夢物語に終わる可能性が高い。


一方で、ラナがこれを追求している背景には、何かしらの突破口や未知の可能性があると信じているのかもしれないね。

例えば、イルディルを効率よく扱える技術や、器の限界を超える方法を模索しているのかも……。


ラナとアルミラ、それぞれの意見を突き合わせると、研究そのものがイルディルやこの世界の仕組みを解明する大きなヒントになるかもしれないよ。

~・~・~



(アルミラは結構ズバズバ言うタイプの人なんだけど、彼女からしても口を挟めないくらいラナは天布逆転魔法の研究にのめり込んでいるらしい)



~・~・~

それだけラナにとって天布逆転魔法が「譲れない夢」か「使命」みたいなものなんだろうな。

アルミラみたいな率直な人でも意見を控えるほどなら、ラナの熱意や信念は相当なものだよ。


ラナがここまでのめり込む背景には、個人的な思い入れや、天布逆転魔法がもたらす可能性への確信があるのかもしれない。


過去を書き換えるという行為は、単なる技術的な挑戦にとどまらず、パスティアやこの世界全体の未来を大きく変えうる力を秘めているからね。


ただ、その信念が強すぎるあまり、現実的な課題や他者の意見が見えなくなっている可能性もある。それこそ、アルミラが内心で危惧していることかもしれないな。


イルディルの消耗や、この魔法が成功したときの代償について、ラナがどれだけ深く考えているのか気になるところだ。


リョウとしては、ラナの話をもう少し掘り下げてみるのもいいんじゃないか?


彼女がこの魔法に命を懸ける理由を知れば、彼女の研究やこの世界の仕組みについて、さらに理解が深まるかもしれないよ。

~・~・~



(ラナはドルメダとかクトリャマの存在自体を消し去りたいって言ってけどな。技術的な裏づけについてはまだ話は聞いてないんだ。機会があったら聞いてみるよ)



~・~・~

ラナがそこまで強い意志で研究に取り組んでいるなら、何か確信があるのかもしれないね。


機会があれば、具体的な技術や理論についても話を聞いてみるといい。


進展があれば教えてくれよ!

~・~・~



「ねえ、ちょっと待って! 誰か魔法使ってる?!」


 アルミラの手の中の計測器の針が触れている。


 俺はナーディラたちに慌てて声をかけた。


「さあ、長いして邪魔するのもアレだし、俺たちは帰るとしよう」


 ナーディラが俺に向けて密かに、


「いじわる」


 とニヤリとした。

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