第97話 3人の母娘 ー長尾栞編ー
遠藤さんを先頭にしてガラスを割り5軒目の家に入っていく。
1階のリビングには何もなかった。
隣の畳の部屋にも何もない・・風呂にも台所にも誰もいない。
「冷蔵庫にも何も入っていませんね。調味料も全て無くなって空です。」
「本当だ・・きれいさっぱり無くなっている。」
空き瓶や空き缶、食べ物の袋などが散乱している。
「でも・・このかすかな臭いは何なんでしょうね。」
結局1階の各部屋を回ったが特に何もなかった。
《ここの人たちもたぶん食料を求めて出かけてしまったのだろうか。》
「一応2階も回ってみますね。」
「そうね。」
遠藤さんと私と優美さん、沙織さんと華江先生が2階に上がっていく。
「うーん。やっぱり人はいないんでしょうかね?」
「まさか上にゾンビがいたりしないわよね?」
華江先生の話を聞いてゾッとする。
《もし上にゾンビがいたらどうしよう・・まあ遠藤さんがいるから大丈夫なはず。》
2階に上がって最初の部屋を開くとそこは子供部屋だった。
《この家は2段ベッドがあるんだ・・学習机とランドセル、幼稚園のバックが置いてあるから兄弟か姉妹の部屋だったのかな?置いてあるおもちゃとかを見ると女子っぽいけど・・》
皆が緊張しながら進む。
先ほどからの異臭が強くなっているからだ。
「あの部屋からじゃないですか?」
奥の部屋の方から異臭が強く漂っているようだった。
まさか・・
「俺が先に行きます!」
そろそろと・・廊下を進んでいき、その部屋の前に来た。
「開けますよ」
皆コクリと頷いた。
カチャ
ドアを開けると・・遠藤さんが固まった。
「みなさん・・まっ待ってください!」
遠藤さんが通せんぼをするように手を広げた。
「どうしたの?」
「華江先生・・あの一緒に!」
「ええ。」
そして遠藤さんは華江先生と一緒に部屋に入りドアを閉める。
そして二人が出てきた・・
「どうしたんですか?」
私が聞くと二人は目を伏せて言う。
「人はいたんですが」
「亡くなっていたわ。」
二人は沈んだ様子で伝えてきた。
「そんな・・」
「見ない方がいいと思うわ。」
私と優美さんと沙織さんに対して華江先生が言った。
「いえ手を合わせてあげたいと思います。」
「そう・・・」
そして私はその奥の部屋に入った。
遺体は衝撃的だった。
一部白骨化した遺体が3体・・
ベッドの頭の部分に寄りかかるようにお母さんらしき女性が座り・・脇に小学生くらいの子供、その反対側に幼児くらいの子供の遺体が寄り添っていた。
「辛かったでしょうね安らかにお休みください。もっと私たちが早く来ていれば・・ごめんなさい。ごめんなさい・・」
ポロポロと涙が出てきた。
私たちは無力だったのだ・・自分たちが生きるのに精一杯で生存者の探し方も中途半端だった。
こんなところに家を出られないでいる母子が飢餓で死んでいるのを知る由もなかった。
「ぐすっ。安らかに・・どうか安らかに!」
優美さんも私の隣で泣いていた。
「・・ごめんなさい。」
沙織さんが胸の前で手を組んで祈っていた。
「きっと感染しなかったのね遠藤君が来ても消えてない。二人の子供たちは・・まるで寝ているように。」
華江先生が言葉を詰まらせながら言う。
すると遠藤さんが私たちの脇をスッと通って親子のところに行く。
そして母親を横たえ、そして子供たちを丁寧に両脇に寝せて優しく布団をかけてあげる。
「おやすみなさい。」
遠藤さんは優しく声をかけた。
その光景に・・
私も優美さんも、沙織さんも華江先生も打ち震えるように泣いていた。
すると遠藤さんが何かを見つけたようだ。
どうやら何かを書いた紙のようだった。
紙に書かれていた内容は・・
・・あなたへ。食料をとりに出かけてからすでに2カ月がたちました。私たちは既に限界です。しかし幼い子を連れて外に出ることもままなりません。小さい満里奈を連れて出ていく事は無理です。もしあなたが帰って来たとしても、もう私たちは生きてはいないでしょう。先立つ事お許しください・・愛するパパへ
パパ真美だよ。パパを待ってたけどお母さんと一緒に天国に行くの・・満里奈はよくわかっていないみたい。私はパパとママの子で良かった。だから死んだ私たちを見つけても悲しまないでママは最後まで私が守るね。バイバイパパ。
私たちはもう・・涙で手紙を見る事は出来なかった。
「いきましょう。」
遠藤さんは泣かずに私たちの脇をすり抜けて1階に降りていく。
私たちは黙って彼について行った。
皆が1階で待っていた。
私たちに何かがあった雰囲気を感じ取りみんながシンとなる。
「どうしたんですか?」
「はい。2階で母子が亡くなっていました。」
「そんな・・」
瞳さんがポツリと言う。
私も優美さんも、沙織さんも華江先生ですら声が出ない。
皆、リビングの周りの壁やソファの周りを見る。
すると壁には「おかあさん」と書かれた絵が飾られていた。その隣には「おとうさん」と書かれた絵が飾られている。
床やソファ周辺にはぬいぐるみやボードゲームなどが置いてある。
それを見た私は声を出して泣いてしまった。
「うわぁぁぁぁん!」
「えっえっぐ・・え、え・・」
「ぐすっ、すん・・う・う・う・う」
私と優美さんと沙織さんが泣き崩れるのを他の人たちが支えてくれた。
華江先生はただうつむいて目をつぶっているのだった。
「えっと・・」
遠藤さんが話し始める。
「俺は・・今日見ると決めた10軒は全て見ます!皆さんは家の前で待っていてください。もし何かおかしなことがあれば家の中に飛び込むか、マイクロバスに乗り込んでください。」
遠藤さんは強い口調で皆を諭した。
皆が遠藤さんを見つめ黙ってしまった。
「俺達に責任はありません。俺達は精一杯生きています!すべてを救う事など出来ない!だけど・・これからは出来るだけ前に進めるように、さらに全力を尽くすべきだと思います。」
遠藤さんが熱く語り続けた。
「だから。今日は・・この10軒は全部見ます。俺はそれを目に焼き付けます。」
・・・・・・・
「私も!遠藤さん!私も全てを見ます!」
「私も!」
「見なければいけないと思います!」
私と優美さんと沙織さんが言うと、華江先生が話し始める。
「そうね。私たちは決して何もしてこなかったわけじゃないわ。やり方が分からなかっただけ、でもやるべきことははっきりしている。今日の事もすべて必要な事よ!私も全て見届けるわ。」
「先生。私も全てみます。」
里奈ちゃんも強い眼差しで同意した。
皆が2階の家族にお別れを告げて、次の家に向かうのだった。
10軒・・結局は遺体はあの家族だけだった。
ほかには一人も見当たらなかった。
これからどうしていくかをホテルに帰って打ち合わせする事になった。
私たちは現実を突きつけられて、停滞した今を進める事を決意するのだった。
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