第92話 ひび割れた関係 ー長尾栞編ー
里奈ちゃんから悩みを相談されてから、数日は天気のいい日が続いていた。
暖房を切っていても高層ホテルの上層階には、日光がよく当たり部屋は暖かかった。
「あったかい・・」
私は自分の部屋の窓際で、陽の光を体全体に浴びて佇んでいた。
外の荒廃したゾンビの世界が嘘のように穏やかな空間だった。
「ふう。」
チラッと机の上の鏡を見る。
「染めたいな。」
頭のてっぺんが少し黒くなってきていた。次の回収日の時にヘアカラーを入手したい。
目の下のクマは無いけど、どことなく疲れた顔をしている。
「がんばろ・・・」
ぽつりとつぶやいた。
私は皆が休みの日の朝、緩い服装のまま光がさす部屋でのんびりしていたのだが、ご飯を食べるために部屋をでた。
全員が一緒に休みを取り全員が同じ日に作業や仕事をする。
そう決めてから・・なぜか皆で集まった事はない。
皆が一人づつ遠藤さんと二人きりで過ごした期間を経てから、少しづつみんなの様子が変わって来たように思う。
全員のいろんな思いや気持ちがさらに深く色濃く出てきたのかもしれない。
パタンパタン
階段を一人で降りる音が響く。
華江先生の悩みも聞いた、里奈ちゃんの悩みも聞いた。
そして他の人たちともいろんな話をした。
皆それぞれの思いを抱いていた。
皆の思いを聞いて私にも重くのしかかる。
「あ、おはようございます。」
皆で食堂にしているレストランに入ると、話をしている沙織さんと愛菜さん奈美恵さんがいた。
皆こちらを振り向いて静かになる。
「おはよう・・」
「あ、起きたんだ。」
「じゃあ私たちご飯終わったから・・」
3人は黙って飲んでいたコーヒーカップを洗って出て行った。
私は誰かと話をしに来たつもりだったが一人ぼっちになった。
私は3人の微妙な空気を感じ取れないほど鈍感ではなかった。
明らかに私を避けて出て行ったように感じた。
「ふう。」
一人になった。
私がキッチンに入って冷蔵庫を開けてみるといろいろと入っていた。
パイナップルの缶詰を一つ取り出してクルクルと回して開けた。
皿を取り出して中身を出す。
「ひと缶は多いか・・」
他の皿を用意してサランラップをかけて半分冷蔵庫にしまう。
そして別の引き戸を開けてマグカップを取り出し、小分けにされている珈琲粉を取り出して入れる。
電気ポットからお湯を注ぐとマグカップから湯気が立った。
一人の味気ない食事をしようとテーブルに行くとドアから二人入って来た。
翼さんと未華さんだった。
「栞ちゃんおはよう!一人なの?私も一緒にたべるよ!」
翼さんが声をかけてくれた。
「私も一緒にいい?」
未華さんが微笑んで言う。
「ぜひ!」
話し相手を求めていた私は素直にうれしかった。
二人はいつもと変わらずに接してくれる。
あの処女組として3人一緒に行動してからずっと変わらない。
「一人でご飯なんて・・声をかけてくれればいいのに。」
翼さんが言う。
「いや、ここに来た時は3人いたんですけど出て行ってしまいました。」
「・・・ふーんそうなんだ・・・誰?」
未華さんが私に聞いてくる。
「えっと、沙織さんと愛菜さん奈美恵さんです。」
「あー・・・」
「どうしたんですか?」
「確かになんかあの3人栞ちゃんに冷たい気がする。」
「はい。どうしたんでしょう?」
「おそらくだけどね、」
「はい。」
未華さんは一瞬、語るのをためらったがそのまま話をつづけた。
「栞ちゃんがね、最初から遠藤さんと居たからだと思う。」
「え?そんなことで?」
すると翼さんが話す。
「うん。彼女らはおそらく遠藤さんは栞ちゃんを選んだんじゃないか?って思ってるみたいなのよ。」
「違いますよ彼は私を好きとは言ってません。大事にするとは言われましたが・・」
「うん。私たちはそれを知ってる、栞ちゃんから聞いてるしね。でも彼女らはそうは思っていないみたいなのよね。」
翼さんは話し始めた。
「もしかしたら遠藤さんは栞ちゃんを選んで、子作りは栞ちゃんとだけするんじゃないかと思っているのかも。」
「そんな・・そうなんでしょうか?」
「うん。もちろん違うわ!彼は私たちにも言った皆で未来へと。」
「そうですよね。」
「みんな割り切れない気持ちがあるのかもしれないわね。」
未華さんが言う。
《そうか、それはそうだ。でもなんだか悲しい私が遠藤さんを独占する事なんて出来ないし・・彼が好きな人は他にいる。私だって複雑な気持ちはある。》
3人で話していると微妙に二人にも棘があるようだった。誰に対してなのかは分からない。
3人でご飯を食べ終わってマグカップのコーヒーも空になったころ、またほかのメンバーが入って来た。
優美さんと麻衣さんとあゆみちゃんだった。
「あら?先輩。おはようございます。」
なぜか今まで話をしていた翼さんと未華さんがピタっと黙り込んだ。
このところずっとそうだった。
どうやら・・翼さんと未華さんは優美さんと麻衣さんが苦手みたいだったのだ。
彼女らは男性経験も豊富で遠藤さんに対してはとてもフランクに話す。
遠藤さんに対してだけではなく全員に対して平等に話す。
おそらく男性経験だけでなくキャパシティが広いように感じる。
「あ・・優美?これから?」
「翼先輩は朝ごはん終わりですかぁ?」
「う、うん。そろそろ行くわ。」
「私も・・」
そして未華さんも一緒に出ていくという。
「そうですか。じゃあ私たちはこれからです。栞ちゃんもごはん終わったの?喋っていく?」
麻衣さんがにこっと微笑んで声をかけてくる。
「そうですね。でも日光を浴びたいんです・・」
「ああ・・ここ北側であたらないもんね。」
「なので行きますね。」
「行ってら―!」
優美さんが明るく言うので頷いた。
私は翼さんと未華さんが、この二人を苦手な理由がなんとなくわかる。
翼さんは優美さんの会社の先輩だし未華さんは仕事の出来るキャリアウーマン。だけど彼女たちは男性経験がない。
優美さんと麻衣さんは気づかないうちに、異性関係の話を上から話している事があるのだった。
でも彼女たちは無意識で悪気は全くない。男の人慣れしてて当たりだと思っている事を、つい普通に話してしまっているだけなのだった。
年下の彼女らに負い目を感じているのかもしれない。
私も経験が無いから分かるけど年下だから気にならないだけかもしれなかった。
そしてあゆみちゃんだ。
あゆみちゃんは黙って優美さんと麻衣さんについて回っている。
というかあんなに里奈ちゃんと仲良く一緒に行動していたのに、最近はこの二人と一緒にいる事が多い。
里奈ちゃんから避けられているようなのだ。
翼さんと未華さん私たち3人はレストランを出た。
《そのうち軽いギスギス感が取れればいいな・・》
私はただそう思うのだった。
皆の意識は私が考えるそれよりも、もっと深刻な事に気づかずに。
次話:第93話 好きになった人は誰? ?




