第58話 実験成功 ー長尾栞編ー
私たちが遠藤メンテナンス計画をあれこれ悩んでいた1週間のあいだ。
華江先生の研究は順調に進んでいたようだった。
ある日皆を集めて華江先生が説明をし始めた。
「実は疑似ゾンビウイルスがかなりの精度で出来上がったわ。ほぼ100%よ。」
「素晴らしいです!」
あずさ先生が驚いている。
「まあ本物と違って触れても本当にゾンビになる事は無いのだけど、かなりの確率で再現する事ができたわ。」
「ということは?」
遠藤さんが華江先生に聞く。
「本来のゾンビウイルスは遠藤君が側によると消えてしまうの。しかしこれは細胞レベルで本当に近づいた時にしか反応しないように計算して作られているの。」
素人の私が聞いても・・神の領域のように感じてしまう。
「すばらしいです。」
あずさ先生が本当に尊敬のまなざしで見ている。きっと本当に凄い事なんだと思う。
「だけどね・・遠藤君の皮膚、唾液、頬の粘膜、髪の毛、血液などあらゆる細胞で消去できるのかを検証したわ。」
「どうだったんですか?」
「結果は変わらずで消えないの。」
「それは・・なぜですか・・」
華江先生はこういった。
「まずはね、みんなが確認してる事だから間違いないはずなんだけど、私たちの周りにゾンビがいないのは近頼君が原因で間違いないと思うの。」
皆がコクリと頷く。
それは皆が分かっている事だ。
「あなたの生きた細胞を調べたんだけど、ちょっとわかった事があるのよ。その前にお願いがあって…」
華江先生が遠藤さんの耳に手を当ててひそひそ話をしていた。
《何を話しているんだろう?》
こそこそ話をしているので私たちには聞こえなかった。
そして先生は遠藤さんから離れた。
「えっ!」
遠藤さんが驚いている。
「ちょっと調べたいのよ。お願い!」
そう言って液体の入ったシャーレを渡している。
「これにお願いします。」
「わ、わかりました。」
心なしか遠藤さんの顔が赤い。いや・・赤くなっているのは間違いない。何をするのだろう?
彼は部屋を出ていく。
地下室を出て階段を上がっていくようだった。
しばらく彼は帰ってこなかった。
「遠藤さんどうしたんです? 」
翼さんが華江先生に聞くと・・
「ああ、いまちょっと部屋で準備をしに行っています。少し待ちましょう。」
「はい・・」
《準備?》
すると30分くらいして遠藤さんが階段から降りてくる音が聞こえてくる。
ガチャ
遠藤さんが部屋に入ってくるが・・どうやらあまり浮かない顔をしていた。
《どうしたんだろう?なんだかストレスがかかってしまってるようにも見えるけど・・》
そして遠藤さんは華江先生に対してもじもじしながら言うのだった。
「ごめんなさい緊張して無理です。焦ってしまって…。」
すると華江先生がニッコリ笑って言う。
「私が手伝うわ。」
「えっ!えっ!」
「とにかく急いで調べたいのよ。」
《何を手伝うのだろう?緊張するとか・・?》
とにかく華江先生は研究の方が最優先という様子で慌てているようだった。
しばらく二人で話していたが、今度は二人で部屋を出て行った。
それからなかなか帰ってこなくなってしまった。手持ち無沙汰で女子それぞれが他の部屋に散ってしまう。
それから20分後…
ようやく二人が階段から降りてきて部屋に入って来た。
華江先生には特に変わった様子が無かった。しかし遠藤さんはどことなく恥ずかしそうな、ばつが悪い顔をしていた。
一体何があったんだろう?
すると・・華江先生がみんなに言った。
「準備は出来たわ!みんなをラボに集めましょう。」
みんなが再度地下の研究室に集まった。
「じゃあモニターを見てちょうだい!」
皆がまじまじとモニターを見る。いったい何が行われたというのだろうか?
そこにすぐ全員をあつめてモニターに映し出された映像を見始める。どうやらまた電子顕微鏡で映し出された映像を見るらしい。
「みんなに見てほしいものがあるの!」
華江先生は続けた。
「これは例の疑似ゾンビウイルスよ。」
映像の中に不気味に蠢めく細胞のようなものがあった。あの恐ろしいゾンビウイルスのダミーだった。
華江先生が手にシャーレを持っていた。その手にもったシャーレからスポイトでなにかを吸い出して菌の横にたらした瞬間だった。
衝撃的な光景がモニターに映し出されたのだった。
スポイトで落とされた何かの脇でウイルスが燃えるように消滅した。
《でも・・電子顕微鏡の中で、しっぽのついた何かが元気に泳いでいる・・・これって・・・いや・・見た事あるけど・・おたまじゃくしのような・・これは・・》
「先生!これは特効薬かなにかですか?」
里奈ちゃんが、挙手をして聞いた。
里奈ちゃんだけが素直に聞いていたが・・他のメンバーは既に気が付いていると思う。
「いいえ、生きた細胞です。この細胞のDNAが原因だと思われます。死ぬと効力が無くなるようです。」
「細胞ですか?」
里奈ちゃんが聞くと華江先生が答えた。
「遠藤君の精子よ。」
みな絶句した。
遠藤さんの・・精子を・・みんなで・・見て・・る
「あのみなさん…汚いものをお見せいたしまして大変申し訳ございません。これは私の不徳といたすところであり、死んでお詫びを致したく思う所存でございます。」
《ああ!遠藤さんが壊れてしまった!何を言っているんだ!でも華江先生!それは遠藤さんもこわれるよ!》
私だって男の人たちの前に、はいこれが長尾さんの卵子ですなんてだされたら・・
しかし華江先生はそんな遠藤さんをスルーして言う。
「はあ?死ぬなんてとんでもない?貴方は人類の希望よ!遠藤君!」
遠藤さんの精子はゾンビウイルスを滅ぼす特性があるらしい。
生きている精子じゃないとだめ…。
髪の毛や皮膚や血管にもDNAがあるはずなのだが、生命反応がなければゾンビウイルスには効かないという事が分かったらしい。
今までは皮膚や・・髪の毛だったからダメだったのだが、生きた精子なら効果があるということらしいのだ。
そう・・ゾンビウイルスに効いていたのは、遠藤君の精子だった。
「こんなものを見せてしまって・・俺・・申し訳なくて・・」
遠藤さんがものすごく小さくなっていっている。
私は遠藤さんがとても可愛そうになり、愛おしくさえ思えてしまった。
「そうだよ遠藤さん!これは凄い事だよ!」
私は声を振り絞るように言った。
すると皆が口々に言いだした。
「やっぱ遠藤さんって凄かったんだ!」
あゆみちゃんが言う。
「さすが!あゆみや私達を救ってくれた英雄です。」
里奈ちゃんが言う。
「遠藤さん!里奈を救っていただいてなんとお礼を申し上げていいものか。」
瞳さんが言う。
「あなたはなんとしても、私達で守らねば!」
あずささんが言う。
「これからも私が身の回りのお世話をいたしますね。」
奈美恵が言う。
「私達はあなたに助けられて幸運だったのですね。」
翼さんが言う。
「命の恩人に何をお返ししたら良いものか…。」
翼さんの後輩の、あざといながらもかわいい優美さんが言う。
「やっと守る側から守られる側になった気がします。」
ビルの警備会社に勤めていた沙織さんが言う。
「あのビルに閉じ込められたのは、この奇跡に巡り合うためだったのですね・・」
バイク便メッセンジャーの愛菜さんが言う。
あまりにも恥ずかしい仕打ちにみんなが見かねて、大袈裟ながらに声をかけてあげるのだった。
そうじゃないと・・遠藤さんが救われない。
皆に大袈裟に褒められすぎて遠藤さんが顔を真っ赤にして言う。
「いやいやいや、俺はそんなたいしたもんじゃないっす!」
「いいえ大したものよ。」
ダメ押しで華江先生が言った。
皆が元気に泳ぐ遠藤さんの精子の映像の前で彼をほめたたえるのだった。
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