第190話 ハーレム男の平凡な一日
数年前の俺は全く想像していなかっただろう。
未来の俺がこんな風になるなんて事を。数年後はしがないサラリーマンを続けて、趣味の食料品の買いだめとコツコツと貯金を続けていくのだと思っていた。
「それでは遠藤さん。そろそろお時間です」
「ああ」
俺の事を呼びに来てくれた女の子は数年前に救助した子だった。14才で俺の子供を身ごもり15歳の時には既に産んでいた。目がくりくりとしていて長い黒髪が可愛い女の子だ。
「体調はいかがですか?」
「相変わらず絶好調だよ。ただしばらく外に出てないから、少し退屈かなと思うけど」
「遠藤さんはみんなの大切な人ですからね、危険な目にあわせるわけにはいきません」
「ここの今のルールがそうなっているだけなんだけどね、なんか女性や子供達だけ働かせてるのは性に合わない」
「辛い所ですよね」
「美桜ちゃんは何かしたいことは?」
「ふふっ、やんちゃな桜輔の事でいっぱいいっぱいです」
「桜輔は今は4才だったか」
「ですね。もうすぐ5才です」
俺は急激に子供をたくさん持つことになり、誕生日や年齢もおおよそしか覚えていない。美桜ちゃんに申し訳ないと思いつつも、さすがに100人を超えた女性だけで手いっぱいだ。という事は美桜ちゃんももうすぐ20才になる。俺も20代後半となり少しは大人になったつもりだ。
廊下を歩き会議室として使っている部屋に入る。
「近頼、お疲れ様」
「ああ、優美おつかれ様」
「あなたの方が疲れているんじゃない?中休みは必要なかったの?無理する事ないのに」
正妻として優美が気を使ってくれる。連投で疲れているのではと思ったのだろう。
「みんなが回収や家事、研究や農業などで大変なのに俺だけのんびりしてられないよ」
「そんなことないわ。あなたは特別なのだから問題ないのよ」
いまや俺達の拠点は高層ホテル以外にも何か所かに分かれている。ゾンビを消す遺伝子を引き継いだ男児や妊婦がいれば、ゾンビの侵入は無いため拠点を分ける事が出来るようになったのだ。セントラル総合病院やガスなどのエネルギー施設、そして皇居に拠点を広げてそれぞれの仕事をしている。
「とりあえずちょっと食べるかな」
「わかったわ」
俺がそう言うと、室内にいた女たちが動き出す。会議室には優美の他に最初に子供を産んだ長尾栞や高田あゆみ、元女優の橋本里奈、吹田翼、白岩麻衣、畑部未華、真中夏希がいた。真下瞳が拠点にいるが女性達と一緒に回収に出ているはずだ。
もっと大勢の女たちがいるのだが、この拠点で身の回りをするのは彼女達と決まっていた。女医の大角華江や北あずさ、看護師の牧田奈美恵はセントラル総合病院に、春篠宮菜子様と吉永奈穂美、川村みなみ、佐波梨美は皇居で農業をしている。吉川沙織、北原愛奈はエネルギー関連施設を拠点として守っているのだった。それぞれの拠点には後から救い出された女たちが数十人いる。
「ふう」
俺が座ると、その隣に美桜が座った。
「マッサージします」
「あ、すまない」
俺が背中を向けるとゆっくりと肩をもんでくれる。
「あー、気持ちいい」
「リラックスしてくださいね」
「ああ」
組織はこの数年で少しずつ人を増やし、総勢100人以上に膨れ上がっていた。行動範囲もかなり広がったため、生存者を見つける機会も増えてきたのだ。よくぞこのゾンビの世界を数年も生き抜いたと感心するが、彼女らなりに生き抜く知恵があった。
相変わらず生存している男を見つけることはできずに、ほとんどがゾンビと化してしまっているらしい。噛まれた女の治療方法も見つかっておらず、感染した場合は俺と俺の遺伝子を引き継いだ子の力で消滅してしまうのだった。
「どうぞ」
マッサージを受けている俺の下に、みんなが料理を運んで来てくれる。
「みんなは食べないのか?」
「簡易な食事を済ませたわ」
優美が言う。
「なんか俺だけこんな立派な料理をして申し訳ない」
食卓に並んだのは、狩猟で獲った動物の肉で作った回鍋肉と皇居の農園で作られた野菜、そしてろ過装置で綺麗にした水だった。ご丁寧にご飯も炊き立てだ。
「精力をつけてもらわなきゃならないのもあるけど、健康が第一だからね。あと家庭菜園で作られたトマトもあるから」
優美が説明する。
「わかった」
そうだ。俺が体を壊してしまうと妊婦を増やせなくなってしまう。小さい子供は病院などの体制が整っていないので死亡リスクがあるし、耐ゾンビの遺伝子を持つ俺が病気になったり死んだりしないように気を使っているのだ。これらは全て大角華江先生の指示によるものだった。
「健康なだけじゃなく、精子も作らなきゃいけないんだから」
「もちろんわかってる」
万全の体調管理を行うため、俺は回収作業や農作業を許されていなかった。以前は男手が無かったので自分も一緒にやっていたのだが、これだけ大勢の人間がそろって来ると女たちでも十分出来るようになったのだ。
「美味い」
「良かった」
女たちが喜んだ。
純粋に美味しい。だが女たちが見守る中で、俺だけ良質な飯を食うというのも気まずい。まあ慣れたと言えば慣れたが。
「えっと、健康診断はいつだっけ?」
「来週の火曜よ」
俺は毎月健康診断を受けていた。しかも簡易なバージョンではなく、フルですべてをチェックするバージョンでだ。検温と血圧測定や体調管理は毎日行われている。
「毎日体調管理してるし、健康診断って毎月いるかな?」
「遺伝子検査や血液と体液の検査も兼ねているみたいだからね。我慢してもらうしかないみたいよ」
優美は俺の気持ちを察して優しく言うが、100人を越える人達の未来がかかっているのだから、俺も我慢しなくちゃいけない事くらいは分かっている。だが完全に管理されているような気がして…(まあ完全に管理されているのだが)少々窮屈に感じる時があるのだった。
「早く完全な薬が完成するといいな」
「そうよね」
「俺と同じ力をもつか、ゾンビウイルスを根絶するかどっちかだ」
「そうらしいわね」
俺と優美が話をしていると、食事の準備を終えた面々がキッチンから戻って来た。優美、長尾栞、橋本里奈、吹田翼、白岩麻衣、畑部未華、真中夏希だ。正直ここのメンバーは全員顔面偏差値が高い。もちろん100人もいるといろんな容姿の人がいるが、最初に合流した組はとりわけ高かった。もしかしたらゾンビウイルスに対して、何らかの優性遺伝的な条件があるのかもしれない。
「おいしい?」
栞が聞いて来る。
「ああ、美味い。俺だけこんなうまい飯を食っていいのかな?って話をしていたよ」
「良いに決まってるわ。あなたは私の子供たちの父親なんだから」
「あの子ら全員の親は俺だけだもんな」
「血のつながりはね。でもみんなが母親だと思っているわ」
優美が話す。
「あなたはここにいる私たち全ての夫であり、子供達の父親だから健康で長生きしてもらわないといけないのよ」
吹田翼が言う。
「わかってるよ。飯を食って1時間したら適度なトレーニング、15分の睡眠。それが終わって自分の時間が数時間。その後風呂に入り今日の順番の子との時間を過ごして、一緒に朝を迎える」
「遠藤さんだけ大変だけど、あなたが元気でいてくれるおかげで私達100人は文明的な生活が出来ているの。生存者をたくさん助けたおかげで、私も子供たちのお世話だけの生活から解放されたわ」
白岩麻衣が言う。
「学校の先生や、保育士もいたからね。ローテーションが組めるようになったよね」
「ええ。子供の人数も多くなったし、もう一人では無理だわ」
白岩麻衣は優美と仲が良い。いつの間にかとてもフランクに接してくれるようになった。当初のメンバーは敬語を使わなくなり、既に家族として何もかもさらけ出せるような相手になっていた。美桜ちゃんなどは新しいメンバーなので、未だちょっと接し方が堅い。既に子供まで生んでくれたのだから問題ないと思うのだが、やはり先行組に気を使っているのかもしれない。
「ふうっごちそうさん!美味かった!」
「よかった」
「じゃあ飲み物を持ってくるわ」
そして持ってこられた飲み物はスムージーのような物だ。もちろん野菜と回収した粉末ジュースなどを混ぜて飲みやすくした栄養ドリンクだ。最近はビールも飲ませてもらえなくなってきた。
ゴクゴクゴク
「ふぅ、美味い!…とは言えないけど体には良さそうだね」
「良いと思うわ」
作ってくれた未華が言う。
「じゃあ近頼、静かなお昼が良い?私達とお話する?」
優美が聞いて来る。
「うーん。少しで良いから散歩したいな」
「わかった。バリケードの外には出られないけど、拠点の周りを散歩ね」
「ああ」
「じゃあ、里奈ちゃんとあゆみちゃん、栞ちゃんと夏希ちゃんお願いできるかしら?」
「よろこんで」
優美に言われて栞が返事をした。
「じゃあ行って来る」
「はい」
そして俺は里奈、あゆみ、栞、夏希と共にホテルの1階に降りていくのだった。
ホテルの周辺といってもバリケードの範囲はだいぶ広くなり、結構な距離を歩く事が出来る。とにかく外の風を感じたい気分なので散歩を希望した。遠くに行く事や危険な事から遠ざけられ、それ以外のやりたいことは何でもさせてくれた。
「お、ちょっと肌寒いな」
外は少し北風が吹いて寒かった。
「上着を」
パサッ
用意周到なもので、里奈が俺にブルゾンを羽織らせてくれる。
「あったかい」
「風邪なんかもってのほかだから」
「大したことないんだけどね」
「クスリが古くなってきているから、極力気を付けるように言われてるでしょ」
「はいはい」
「でも散歩うれしいな」
里奈が腕を組んで来た。
「あ、ずるい!」
反対側の腕をあゆみが掴む。
彼女らは初期の頃から一緒に居る。最初に会った時はまだ17才の女子高生だったが、20代となった今も俺に懐いてくれていた。もちろんどちらも俺の子供を生んでいるのだが、どちらかというと俺を自分の父親のようにとらえているらしい。
「ふふ」
「まだかわいいなあ」
栞と夏希が後ろから声をかけて来る。彼女らは出会った時は女子大生だった。栞は女優顔負けの顔をしており、夏希は元気で愛嬌のある顔をしている。夏希はプロポーションが良く、出ている所はきちんと出てくびれるところはくびれていた。
「こんな時代になるとはね」
「そうだね、でもまだ希望はあるよ」
あゆみが言う。
「そのために私たちが頑張っているんだから」
里奈が言う。
どちらもポジティブに考えるようになった。里奈などは女優の道を断ち切られ、こんだ世界になってしまったため、かなり葛藤を抱えていたのだ。今ではすっかり吹っ切れており、この世界のこの暮らしに順応していた。
「しかしこれが東京かって感じよね」
栞が言う。
確かに木々が生い茂ってきており、あちこちに無造作に雑草が生えていた。動物はゾンビウイルスに感染しないため増えてきた。バリケードを超えて入って来れる鳥などはその辺で鳴いている。最近はネズミも出てきており、拠点の中にも出没するようになった。ネズミが病気を蔓延させるといけないので、拠点には駆除薬や罠などをしかけているのだが時おり見かける時がある。女子たちは苦手な人が多く、結構な大騒ぎになるのだった。
「歩くのって良いね」
「だね」
「気持ちいい」
「ピクニックとかダメかなあ…」
「それは私達も子供と一緒に遠藤さんと行きたいよ。でも無理だと思うなあ…100人以上の未来がかかっている人だからね。これからも増えるだろうしさ」
里奈が言う。
里奈たちとしても俺や初期メンバーと一緒に出かけたいようなのだが、流石にリスクのある事は出来ない立場になってしまった。しかも初期メンバーの皆には役職のような階級があり、後から救出された人との間に上下関係が出来上がった。
《古代ローマや、江戸時代、その後の社会の人間に階級が設けられたのは、生物的な優位性の為だったんだろうか?まるで徳川幕府の大奥のような感じになってきたが、これとそれは違うだろうな…》
そんな事を考えながら、俺は荒廃した都会を散歩するのだった。
「ただいまー」
拠点に帰って来た。これから俺は簡単なトレーニングを積んで15分の仮眠に入る。これが俺の仕事なのだから仕方がない。おかげで筋肉もついて細マッチョな体になった。皇族つきのSPだった吉永奈穂美からの、一週間に一回の格闘トレーニングも欠かしていない。もし万が一女性の護衛人がやられた時の逃亡用にと鍛えている。
「じゃあトレーニングね」
「はいよ」
吹田翼が言う。今日のジムでのトレーニングに付き合ってくれるのは、翼と麻衣らしい。トレーニングルームに行くと、翼がジャージを渡してくる。彼女らは既にTシャツと短パンを着こみ準備を終えていた。
「やりますかぁ」
トレーニングジムの機器を使って1時間ほど体を動かしていく。これのおかげで俺の体はだいぶ絞られているのだった。
「ふうふうふう」
軽く息を吐いて呼吸を整えつつストレッチに移る。すると翼と麻衣が俺の体を引っ張ったり押してくれるのだった。彼女らも一緒に走っているので、Tシャツが軽く体に張り付いている。これも華江先生が考えた、男性機能維持のための対策なんだそうだ。汗を掻いて透けた体を見る事で俺の欲求が高まるらしい。
が…
「まあ…見飽きたわよね」
翼が言う。
「ん?いやいやいや!そんな事は無いけどね」
どうやらこれも俺の日常の光景になりつつあるため、あまり反応していないのだ。彼女らは、俺が性的興奮を覚えていない事を見透かしているようだ。だが仕方がない…相手が代わるだけで毎日同じような光景を見せられているのだ。それに反応するようなことは無くなっている。
「しかたないよねー。だって毎日だし、そろそろ私たちも若くないし」
「いやいや、麻衣。君らはまだ20代じゃないか!俺と同世代でそれはないよ」
「あるわよー。美桜ちゃんだって10代後半だし、今日のお相手は20歳よ」
「いやぁ…てか、それも嬉しいわけじゃないんだよな」
「分かるわ…大変よね」
「そうね…」
翼も麻衣も俺の気持ちをよくわかってくれている。と言うか彼女らも俺だけを相手にしてきて、似たような気持になっているのかもしれない。ストレッチをするために、背中を押してくれている翼が、体を預けて密着してくれるが普通の事のように感じてしまう。
「さてそろそろ休憩の時間よ」
麻衣が言う。
「わかった」
俺達はトレーニングジムにあるシャワールームに向かう。もちろん3人でかいた汗を流すためだが、これも俺の欲求を維持させるための事らしい。3人は脱衣所で全て服を脱ぎ、シャワー室に入る。もちろん3人とも全裸だが、俺としては毎日の事なので特に思うところは無い。翼と麻衣にとっては2週間ぶりくらいなので、思うところはあるらしいが手を出してくる事は無かった。
「だいぶ引き締まったよねからだ。カッコイイ」
「そうね。でも麻衣、私たちの日じゃないからだめよ」
そう。今日の夜は3カ月前くらいに救出した20才の女の子だ。彼女との時間の前に二人が俺に手を出す事はできない。そう決められているのだった。
「まあ適当に洗って先にでるよ」
俺は彼女らにそう告げてシャワーを浴び始める。
俺はこのホテルを中心に、セントラル総合病院、皇居、エネルギー関連施設を定期的に回る事になっている。この2週間はここに居るが、次のローテーションではセントラル総合病院に行って同じことをしなければならない。ローテーションの移動の時には車数台で護送されながら動く。ゾンビの驚異は俺がいる限り皆無だが、人間が生存していた場合襲ってくる事も考えられるための措置だ。
キュ
俺がシャワーの蛇口を止めて外に出ようとすると、翼と麻衣がどことなくもの欲しそうな顔をしている。だがこれは決まりなので、俺はさっさとシャワールームを出るのだった。
「これタオルです」
脱衣所には出る時間を見計らって美桜ちゃんが待っていた。俺にタオルを手渡してくれる。
「サンキュ」
俺が体を拭いている間、彼女の役割はそれを見ていなければならない。万が一、賊などが入ってこないかを見張る必要があるからだ。やはりまだ19才なので顔を赤くして見ている。
「ローブです」
「はいよ」
俺は渡されたローブを着て、美桜ちゃんと一緒に外に出るのだった。エレベーターで上の階に上がり、俺の部屋に入るまで美桜ちゃんがついて来た。キーを差し込んで俺の部屋のドアを開けてくれる。
すると中から未華が出て来た。
「今日の準備担当だよ」
「よろしくたのむ」
「はい」
「じゃあ美桜ちゃんありがとうね」
「わかりました」
美桜ちゃんは名残惜しそうにしながらドアを閉じる。
「これお水」
軽く冷やした、ろ過装置で綺麗にした水を渡してくる。
「ありがとう」
水を飲み干してふと未華を見ると、頬を赤くして笑っている。未華は目ちからが強いが可愛らしい顔をした女性だ。前髪ぱっつんがまた可愛さに拍車をかけている。
「じゃ仮眠を」
「だね」
俺がベッドに入るとスッと未華も入って来た。彼女は俺が起きるまでの添い寝担当だった。俺はこれも日課なので特に変わった事では無かった。ただ人が変わるだけ。未華に寄り添われただけで眠気がやってくる。
俺は眠りに落ちた。
15分はすぐだった。だが15分寝ただけでもスッキリする。いろんなやる気がわいて来る。
「起きた?」
「ああ」
「したいことは?」
「今日の相手の詳細を聞きたいんだけど」
「それなら時間を設けてあるけど?」
「いや、今が良い」
「わかったわ」
そして未華が今日一緒に過ごす女性のデータを出してくれる。もちろん当人を見たことも話したこともあるが、その人の過去を詳しく聞く機会がないため人となりが分からない。それに時間をかけたいと思っていたのだった。
「なるほどね」
書類に目を通しながら相手の事を知っていく。この作業がとても大事で、何も知らない相手だと俺の体が全く反応しない時があるのだ。
名前
小学校 中学校 高校 大学 会社
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好きな事
目標にしてたこと
夢
性癖
各項目について本人が話した事と、周りの評価が記されている書類に目を通していく。少しは話をした事もあるのだが、より細かく知る事でその子の心を理解し慰める事が出来るからだ。
「今日も熱心ね」
未華が言う。
「最近は特に大切だと思っているよ。俺はこれを作業にはしたくないんだ。その人の人生ごと背負ってあげたいと思っているから」
「あいかわらずね。それだからみんなあなたが好きなのよ」
「人間は数字じゃないからね。100人のうちの一人じゃなくて、その人その人の人生はそれが全てだから。俺はそれごと包んであげられればって思ってる」
「素敵だわ。ずっとそのままでいてね」
「もちろんだよ未華」
そして俺は黙々と今日の相手の資料を読み込むのだった。資料を読み終わり、疲れた目を癒すためにあったかいタオルを目に乗せてくれた。そして起きあがると肩と首を軽くマッサージしてくれる。資料を読むと肩がこるのだ。ひととおり相手の情報を頭に叩き込み、部屋に設置してある風呂に入った。
コンコン
あっという間に時間は過ぎて、いよいよ今日やらねばならない使命を全うする時間がやってくる。俺の中ではもはや神聖な儀式と言ってもいいかもしれない。相手の人生をもらい受ける大切なライフワークだ。まあほぼ毎日の事ではあるが、これが俺の仕事なのだ。真剣に取り組もうと思う。
「はい」
ドアを開けると、廊下には栞と里奈が待っていた。
「準備はどう?」
「俺の準備はバッチリだ」
「大変だけどよろしくね。いい子よ」
「わかった」
「まあ遠藤さんのいつも通りで良いと思う」
「ああ栞も里奈も優しいな。気遣いをありがとう」
これから世界チャンピオンに挑戦するボクサーのように意識が高まっていく。俺は二人に連れられて、その子が待つ部屋へと歩いて行くのだった。
「頑張ってね」
「リラックス」
廊下の途中で見送りに来ていた、あゆみと夏希が声をかけて来た。
「あいよ」
上の階層にある、スイートルームへと向かった。
「じゃあ私たちはここまで」
「じゃあね」
栞と里奈が微笑んで、部屋のドアにカードを差し込み開いてくれた。
「遠藤さんが入ります」
「ど、どうぞ」
中から女の子の声が聞こえ俺は二人に見送られて入った。中に入ると部屋の椅子には一人の女性が座っていた。
広田すずな 20歳。顔立ちは整っており、女優の里奈とはタイプが違うが美しい女性だった。3カ月前に助けられて、ここに合流し悩んだ末に今日の日を迎える事になった。
「じゃあ失礼するね」
俺はすずなの前に座る。
「あ、あの。飲みますか?」
「あ、じゃあ水を」
「はい」
すずなが水を用意してくれる。
「緊張してるね。大丈夫だよ、強制じゃないし今日が無理ならいつでもいい。したくないならずっとしなくてもいいし、君が嫌じゃなかったら俺から行くし」
コクリ
すずなが頷いた。
「話をしよう」
「はい」
俺はずずなと見つめ合いながら、さっきまで綿密に調べた資料を思い出しながら話を始めるのだった。1時間もしたころ彼女の心はすっかりほぐれて来ていた。
「うふふふ。みんなが言ってたけど遠藤さんって本当に優しいんですね」
「そうかな?自分としては普通なんだけどね」
「何て言うか、相手の気持ちや憂いごと包み込んでくれるって言うか…とにかく安心してきました。あったかい気持ちが心を包んでいます。本当にあたたかい人です」
「んー。俺も必死さ、みんなの気持ちがとても大切だからね」
「はい」
「隣に行ってもいいかな?」
「はい」
そして俺と広田すずなはベットに隣り合わせに座った。
「こんな世界じゃなかったら、君みたいな美人な人と知り合う事なんてなかった」
「私なんて」
「大丈夫素直になっていい」
「本当です」
しばらく体を密着させて話をした。彼女はすっかり俺に体を預けてくれている。
「遠藤さんも大変ですね」
「俺が?」
「毎日毎日決められたように、私なら気持ちが負けてしまいそう」
「確かにそう考えた事もあるよ。だけど皆が命がけで食品や衣料の回収をしてくるし、エネルギーの回収をしてくる。医療の研究だってしてくれている。未来を見据えて皆が希望を捨てないでやっているんだ。俺は俺の出来る使命を全うするだけさ」
「そういうとこ凄いですよね、真面目すぎるくらい」
「真面目すぎる…は否定できない。けどこれをしなくちゃみんなの未来が無いから、てか、すずなちゃんはそんな事を気にしなくてもいいさ。とにかく今この時だけを考えればいい」
「わかりました。あの…おねがいします」
広田すずなはゆっくりと目を閉じて俺の方に体を向けて来るのだった。




