第120話 なっちゃん ー長尾栞編ー
あずさ先生が焦っている。
車のスピードはどんどん上がっていく。
もちろん私と麻衣さんも焦っていた。
私は唯人をチャイルドシートに乗せたままだったが、いざという時は抱きかかえて逃げるつもりだった。
「しっかりついてきているわ。」
あずさ先生が言う。
「あずさ先生は前方だけを見ていてください!私が後ろを見ています!」
一番後ろの座席に座って麻衣さんが後ろを見ていた。
路上には車が散乱して停めてあるため、ぶつかって停車してしまう可能性がある。
この1年と数カ月の活動で運転慣れしているとはいえ、焦っている状況だと大きな事故になるかもしれなかった。
そのあたりの連携は十分に出来ていた。
「スーパーに頭を突っ込んでましたよね?食料を取るつもりだったんでしょうか?」
「きっとゾンビが居るから車ごと行ったんじゃないかしら。」
「なるほどです。」
「おそらく入れなかったと言ったところじゃない?つっかえってしまったみたいだったし。」
確かにクルマで中に侵入しようとして、つっかえってしまったみたいに見えた。
「とにかく生存者ですね。」
「麻衣さん!どうかしら?相手は見える?」
「うーん。少し距離があってよく見えません。」
「どうしましょう?このまま拠点まで逃げたらみんなの所に連れて行ってしまいますよね?」
私が言う。
「相手のガソリンが切れるかもしれないけどね。」
確かにあずさ先生の言うとおりかもしれない。
でも満タンだったら確実についてこれる距離だ。
「なんかどんどん離れていってます。」
麻衣さんが言う。
「諦めたのかしら?」
「いえ、どうやら…こういう路面状況に慣れていない気がします。」
「そう?」
「もたついているみたい。」
私達3人は少し沈黙してそれぞれが考える。
相手はどういう人なんだろう?いったい何が目的で追いかけて来てるんだろう?
そして私が推測を言ってみた。
「あの男の人じゃないんじゃないでしょうか?」
「どうして?」
「運転がもたついているようなので女の人か老人ではないかと。」
「それは推測よね?」
「はい。」
すると麻衣さんも言う。
「なんとなくですけど・・運転席の人のシルエットが女性っぽかった気もするんですよね。」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「どうします?万が一生存者で救出を求めていたら。」
「確かにそうね。」
あずさ先生の意見が傾き始める。
私達はずっと生存者を探し続けてきた。
そしてもし生存者を見つけたのに見捨てたとなれば活動の意味がない。
「少しスピードを落としてみようかしら。」
「いざとなったら都市内に逃げ込んでまけばいいと思います。」
「そうよね。麻衣さんはどう思う?」
「私も栞ちゃんと同意見です。いざとなったら振り切って逃げましょう。」
「わかったわ。十分に注意を払って近づきましょう。」
あずさ先生がアロフォードのスピードを緩め始める。
すると
後ろのステーションワゴンが少しずつ近づき始める。
やはり運転がもたついているようだった。
「先生!なんか助手席の窓から外に乗り出して座って、上半身を出して手を振っているようです!」
麻衣さんが言うので私も見てみると、女の人が上半身を乗り出して手を振っている。
「あ、危ないですよね。」
「そうね。もう少しスピードを緩めようかしら。」
「その方がいいかと後ろの人が放り出されそうになっていますし。」
「やはり女性ですね。体のフォルムからしても間違いなさそうです!」
「女性?運転席は?」
「分かりません。でも運転席の窓から手を出して振っています。」
「止まってみようかしら?」
「そうですね。でもすぐに発進できるようにしておいてください!」
麻衣さんが言うのであずさ先生がゆっくりとスピードを落とす。
すると後ろの車が追い付いてきた。
「運転席も女性です!どちらも若い。」
私もバックのガラス越しに見ると、どちらも若い女性の様だった。
そして少し離れたところに車を停めて様子をうかがっているようだ。
そのまま車から降りようとしない。
それもそのはず後ろからは、こちらの車にどんな人が乗っているか分からないだろうから相手も怖いのかもしれない。
「私が姿を見せれば、こちらが女性だとわかるかもしれません。」
私が言う。
「危険だわ。ドアを開けたままにして車の脇に立ちなさい。相手が銃を持っていないとも限らない。なにか動きがあったらすぐに車に乗るのよ!」
「わかりました!」
ガチャ
そして私は車を降り道に立って、攻撃の意志が無い素振りで両手を上げてみる。
すると後ろの車の助手席の女の人が降りてきた。
・・・えっ・・・
・・・そんな・・・
「しおりんっ!!」
とっても大きな叫び声だった。
凄く切羽詰まったような泣きそうなそんな声だった。
「う・ううう・・・うぇーん。」
私は思わず声を上げて泣いてしまった。
そして何も考えずに後ろの車の助手席から降りてきた女性に駆け寄っていく。
「栞ちゃん!」
「戻りなさい!」
麻衣さんとあずさ先生の制止を振り切って走ると、後ろの車から降りてきた女の人も駆け寄って来た。
そして私とその女性はしっかりと抱き合って座り込んでしまった。
「なっちゃーーん!!!うえぇぇぇぇぇん」
「しおりぃぃぃん!!!わぁぁぁぁぁぁん」
そう。
親友のなっちゃんだった。
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