第119話 遠征先で追われる女子3人 ー長尾栞編ー
私達の暮らしはだいぶ落ち着いていた。
華江先生のワクチン開発はまだ時間がかかるというが、研究のおかげで私たちに備わった能力も確定していた。
妊娠中は体内に遠藤さんのDNAを保有しているため、ゾンビに対して遠藤さんと同じ能力を保有するとの事だった。
そして生まれてきた子供が男子だった場合は、遠藤さんの能力を引き継いでいるという事。
女子の場合はなぜか同じ能力は無いという事だった。
その原因まではまだ解明されていないそうだ。
その結果、私たちの行動範囲がかなり広がっていた。チームになってバラバラに動けるようになったことは大きい。
「それじゃあ。回収作業に行って来るわね。」
「はい。」
「無事に帰るのを待ってます。」
あずさ先生が言うと里奈ちゃんとあゆみちゃんが答えた。
他のメンバーは既に出かけている。
臨月の二人の為にホテルには華江先生と奈美恵さんが残る事になっている。
女子高生二人は、いつ陣痛がきても良いようにホテルから出ないようにしているのだった。
「今日は隣県付近まで行くので遅くなるかもしれない。」
「気を付けてくださいね。」
私が言うとあゆみちゃんが言葉をかけてくれる。
私達はそれぞれのチームに分かれて、生存者の確認と物資の回収のために遠方まで足を伸ばすようにしていたのだった。
唯人が男だったためゾンビに対して効力を発揮し、半径1キロにゾンビが入ってこない。
私が行くチームには私と息子の唯人あずさ先生麻衣さんの4人。
麻衣さんは妊婦なのであまり無理をしないようにする。
あずさ先生の子供は残留組に預けて男児の唯人を連れていくことになる。
目的は離れた場所に回収可能な業務用スーパーやエネルギーの会社があるかの確認だけなので、大量に物資を回収するのは後日となる。
「唯人君も頑張ってねーお姉ちゃんまってるよー。」
里奈ちゃんが唯人に声をかけるとキャッキャと笑っている。
どうやら里奈ちゃんの事を好きなようだった。
私達は4輪駆動7人乗りのアロフォードというワゴン車に乗り込んで南西に進んでいく。
ガソリンの残量も考えつつ問題なく帰ってこれる範囲となる。
「こうやってバラバラに動くのはまだちょっと怖いですね。」
「そうよね・・遠藤さんがいないと少し不安。」
私と麻衣さんが話す。
「華江先生の研究結果では唯人君がいて妊娠中の麻衣さんがいれば、間違いなくゾンビは消えるはずだから安心して良いわ。これまでの回収作業でもある程度実証されているしね。」
あずさ先生が私たちが安心できるように言う。
「本来なら高速に乗った方がいいんでしょうけど、高速道路上に大量に車があって逆に動けなくなりますよね・・」
麻衣さんもやはり不安なようだ。麻衣さんは妊婦なので女子だけでの行動は怖いと思う。
「もちろん日帰りにする予定だけど、万が一車中泊になっても大丈夫なように食べ物も積んであるわ。」
「今日が遠藤さんとの別行動3回目だけど慣れないです。」
私が言うとあずさ先生が答える。
「わかるわ私もよ。でもみんなも頑張ってるし何とか乗り切りましょう。」
「はい。」
「ですね。」
そして車は今まで行った事の無い場所まで進んで来た。
「このあたりも変わらず荒廃してるわね。」
「本当ですね。人の気配もないしきっとゾンビが蔓延していたんですよね。」
「だとすればやはり華江先生の研究結果は間違いないという事になりますかね。」
「ええ遠藤君と離れてもゾンビを見る事が無いものね。かなりの確率で問題ないと思うわ。ただ何事においても100%という事はないから注意は怠らないように。」
「ですよね。」
都市内から出ると少し道路が走りやすくなってきた。
車は散乱しているのだが道路が広いのと車の数がそれほど多く無いので、車をよけずに走る事が出来るからだ。
「だいぶ進んできましたね。」
「そういえば私の大学の時の彼氏が、こっち方面に実家があるって言ってました。」
私が唯人君の事を思い出す。
「そうなのね。こちらもかなり荒廃してしまっているわね。日本中がこうなってるのかしら。」
「インターネットも電気も止まってますし、そうじゃないですかね?」
「遠藤君が言うにはこちらにも郊外型の巨大業務用食品スーパーがあるらしいわ。こういう世界になってから2年近くなるから、食べ物の消費期限を十分注意するように言われたけど。」
「はい。少しくらい過ぎた物なら大丈夫なものもあるらしいですけど、5年とか10年保存の物もあるからギリギリなら持ってこなくていいって言ってました。」
「商品を回収しなくてもスーパーが無事な事が確認できればいいだけだから、見つかったら本部に戻って報告しましょう。全員で回収しに来ることになるわ。」
「良い結果を持ち帰れたらいいですよね。」
それから2時間ほど走っているとようやくその巨大業務スーパーの看板が見えてきた。
「あ!ありましたよ!」
「本当ね。遠藤君の記憶力に感謝ね。」
「業務用スーパーのマニアですから彼。」
「面白い趣味よねー。」
「まったくです。」
「うふふふふ。」
みんな遠藤さんが好きだった。彼の変わったところもチャーミングに思える。
業務用食品スーパーに入っていくと、駐車場には車が散乱していた。
「ああ結構車がありますね。入れますかね?」
すると入口に車が突っ込んでいた。
「あら?どうやら入り口は車が突っ込んでしまっているらしいわね。」
「本当ですね入れますかね?」
「ちょっと行って見ましょう。ん?いや…車から排気ガスが出てませんか?」
麻衣さんが言うのでよく見ると車から排気ガスが出ていた。
今の今まで走っていたという事になる。
私達に戦慄が走る。
そうあのレイプ男の思い出がよみがえったのだ。
「ひっ引き返しましょう!」
「そうね!」
そして私たちが業務用スーパーから引き返そうと車をぐるりと回した時だった。
排気ガスを吐き出している入り口に突っ込んだ車がバックしてきたのだった!
「あ!車が動きだしました!」
「は!早く逃げましょう!」
あずさ先生が慌ててハンドルを切った時、駐車場に停めてある車に接触して縁石に乗り上げてしまった。
「ばっバックバック!」
「え、ええ!!」
私達の車がバックしようとしたとき、ちょうどスーパーの入り口に突っ込んでいた車が方向転換してこちらに向かって来るところだった。
「車が来ましたよ!」
アロフォードは縁石から抜け出してようやく走り出すのだった。
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