第115話 ブルーな妊婦 ー長尾栞編ー
あれから2カ月で私の出産予定日が近づいて来た。
私は臨月となり体を動かすのもだいぶ辛くなってヒーヒー言っている。
夜はそばに遠藤さんがいてくれるようになり、皆も私を心配してくれている。
大きいお腹を抱えた華江先生とあずさ先生と奈美恵さんはセントラル総合病院に出かけている。
妊婦が別行動をしてもゾンビが現れず安全な事が確認できていた。
ただし必ず妊婦さんが3人以上で行動することをルールとしている。
誰が遠藤さんと同じようにゾンビを退けているのかが確定していないためだ。
ただこれまでの動きからおそらくは、妊婦全員が遠藤さんと同じ能力を得ていると考えられた。
そして医療関係者の3人は華江先生がレイプ男から摂取した細胞で、ワクチンを開発するためにセントラル総合病院の研究施設に入り浸っていた。
「ワクチン出来るといいですね。」
「私たちの子供はもしかしたらワクチンがいらないらしいんだけどね。」
私は瞳さんと一緒に食器を洗いながらお話をしていた。
妊婦の二人は軽い日常の家事をして、ガスタンクローリーを回収する作業やガスの補給作業など重労働は、遠藤さんと妊娠していない女性たちがやる事になっている。
「栞ちゃん辛くなったら言ってね。」
「いえ大丈夫です。瞳さんこそ休みたい時に休んでくださいね。」
お昼を終えてみんながガスの補給作業をしに行った。
「あの男はあまりよくないみたいですね。」
全身不随の男の事だ。
「ええ、やはり点滴と栄養の偏る缶詰などでは衰弱してきてるみたい。」
「私、あの部屋に行くの苦手です。」
「おそらく得意な人はいないわ。」
「医療関係者の3人も、そろそろお腹が大きくなっているので男の世話が辛いみたいです。」
「その分を遠藤さんや優美さんがやっているみたいね。」
「あの二人は本当に偉いです。」
「まったくだわ。」
そして私たちは食器を拭いてしまっていく。
「さて少し休憩しましょう。」
「はい。」
二人で椅子に座ってペットボトルから水をそそぐ。
「ふう。」
「水分はきちんととった方がいいわ。」
「そうですね。」
二人で落ち着いていると・・
「あのう」
「あ、里奈ちゃん。あゆみちゃんも。」
「えっと良いですか?」
「どうぞどうぞ、水飲む?。」
私が言うが2人の表情が浮かばない。。
「…ん?どうしたの?」
瞳さんが二人に聞く。少し表情が暗いようだった。
「私たちもできました。」
「え?もしかして?」
「はい。私とあゆみ二人同時に出来たみたいです。」
「そうなの!?それは大変だわ。皆にはまだ伝えてないのよね?」
「はい。」
そう優美さんの提案で次の子作りは、この二人で一度止めることにしていたのだ。
それがやっと妊娠したらしい。
「検査薬?」
「はい。陽性でした。」
「やっと進展するわね!これで栞ちゃんの子が無事に生まれれば一歩前進だわ。」
「本当ですね!」
瞳さんと私が喜んでいるが二人は複雑な顔をする。
「私たち本当に子供なんて育てられるんでしょうか?」
里奈ちゃんが言う。
それもそうだ。子供を育てる責任を背負う覚悟が出来ていたかと言うと・・そう簡単に覚悟が決まるわけがない。
私ですらそうだったからだ・・
「わかるわ。でもみんながいるから…」
私が何と言っていいか分からず詰まりながら言う。
「はい。でもこのまま皆がいつまでも一緒にいれるのでしょうか?」
あゆみちゃんも不安でいっぱいらしかった。
・・・私もだんだんテンションが落ちてきた。
でも彼女らの前でそれを出す事は出来ない。
「うん、こんな世界だもん。皆で助け合って生きていかなきゃ!命を繋いでいくために私たちはいるんだと思う。」
「実際のところ私は人類の未来とか・・そんなの考えてなくて、ただただ私と自分の子供の将来が心配になってます。」
「私もそんなに考えてない。」
里奈ちゃんとあゆみちゃんが落ち込んでいる。
「でも可能性の話なんだけどね、おそらくあなたたちは今から出産までの間、ゾンビを一切寄せ付けない体になったのよ。」
瞳さんが毅然と話し始める。
「はい。」
「それは、この世界では自由を手に入れたという証だとおもう。」
「はい。」
「いま妊娠していない人たちは、私たちを守るためにそれを一時待っている状態なの。」
「そうですよね・・」
「優美さん麻衣さん沙織さん愛奈さん翼さん未華さん。彼女ら全員がみんな自分の受胎する番を待ちながらみんなを守るのよ。」
「それは・・」
「17歳で子供が出来ちゃったのは確かに大変。でもね彼女たちの為にもあなたたちに同情なんてしていられない。あなたたち二人の為にみんなは譲ったの、それだけは忘れないで。」
「はい。」
「わかりました。」
厳しいようだけど瞳さんが言う事は正論だった。
正論だから納得ができるというわけでもないと思うけど、マネージャーとして里奈ちゃんを導いて来たという過去がある。
やはり彼女らを導いて行けるのは瞳さんしかいないかもしれない。
「まあだからと言っていきなり理解しろと言うのも無理があるわね。とにかく私はあなた達の妊娠をお祝いさせてもらうわ。」
「はい!」
「がんばります!」
もやもやする気持ちを振り払うように二人は大きい声で言う。
計画的に子供を産む。
つらい現実だがこれが私たちの生きる道。
彼女たちの生きる世界。
二人が安心して生きていける世界を作る為、私たちは進まねばならないと思う。
するとレストランの入り口に誰かが入って来た。
「あの。皆展望ルームに来て頂戴。」
華江先生がレストランにやってきて言うのだった。
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