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75話 2代前の確執

 次の日。

 俺は馬車を仕立てて、アミタスの丘にある爺様の館に来た。

 今日はフレイヤも一緒だ。それにメイドのユリと従者イーリアも乗っている。それに御者はゾフィだ。


「良く来たな! アレックスきょうにフレイヤ!」

 卿って!


「兄妹揃って大きくなって! アレックスさんは、子爵に成ったのね。おめでとう!」

「ありがとうございます」


 爺さんは破顔してるし、婆様もニコニコ笑っている。


──なんだか。この前よりお爺様は、凄く喜んでいるような


 確かに、この前はうたた寝してたからな。この喜び様は少なくとも俺が爵位を受けたからないではない。


[そりゃあ、野郎よりは女の孫の方が可愛いだろう]


──ぇぇええ。やっぱり女に生まれれば良かった


 おいおい。


「暑かったでしょう。早く中にお入りなさい。すぐ冷たいメロンを切って上げるからね」


 おお、婆さんは優しいな。

 フレイヤが爺さんの手を引いて中に入る。


 館の居間に入ってソファに腰掛ける。ユリとイーリアは台所に回り、ゾフィは馬を馬車から外して厩に入れていることだろう。


 冷たいお茶とメロンを出して貰って、4人で食べる。やや白っぽい果肉の品種だ。なかなか甘くて旨い。ユリにも分けてやりたいが、ここでは無理だ。


「フレイヤは、娘らしゅう大きくなったなあ」

「そうですね。あなた」


 ここ1年位会っていなかったようだ。


「幾つになった……ああ、学園に入園したと言っておったから15? 16歳か?」

「15歳でございます」


 爺さんは顎をまさぐる。

「儂が15の頃は、メロンなど見たこともなかったな」

「昔は何を食べて見えたのですか?お爺様」

 その話に乗るか、フレイヤ。


「うーん、ナップだな」

 梅?

「梅ですかぁ」

「ああ、よく食べた物だ。少し甘くて酸っぱかった……な」

 爺さんは、なぜだか顔を少し顰めた。酸っぱさでも思い出したか。


「それはそうと、15歳と言えば……そろそろ縁談を進めぬといかんな。無論ガイウスの意に合わせるが」

 突然の話題替えだ。


「えっ?」

 フレイヤは、目を見開いた。

「なんだ、好きな男がおるのか?」

「いっ、いえ。そのようなことは」

「遠慮致すな。このエウリアとはな、駆け落ち同然に一緒になった。好きな男がおれば、そなたもそうすれば良い。幸いアレックスも本復した」


「はあ。ですが、まだ早いです。ねえ、お兄様」

 なぜ、俺に振る?


「あ、ああ。そうだ学園に誰か居ないのか?」

「居ません。お兄様の意地悪!」

 身を捩って背中を向けられてしまった。


 うーむ。フレイヤは、結構本気で怒ってるぞ。なんでだ?


──バカだね。アレクは!


 はあ?


「ところで、アレックスには、ハイドラ侯爵家より縁談が来ていると、ガイウスから聞いているが」


 おっと。

 あっちを向いていた、フレイヤがものすごい勢いで振り返った。


「ああ。カレン・ハイドラ準男爵と申して、パレス学園の同級生でして」

「やはり手が早いな。ふむ。で、どうなのだ」

 やはりとは何だ。心外だな。


「ああ。いや、もう少し為人ひととなりを知って、判断しようかと思っております」

「そうか、どうやら憎からずは思っているようだな。儂は口出しする気はない。お前の父と、よく話し合え」

「はい!」


「さて、そうね。フレイヤさん、今から手伝ってもらえるかしら?」

「はい、御婆様」

「お嫁に行く日も近いかも知れないから、サーペント家伝統のミートパイの味付けを教えておかないと」

 はあ……と、フレイヤは婆さんに連れられて行った。


「さて、アレックス殿」

「はい」


「こんな年寄りの所に来る前に、夏だ。海で泳いだらどうだ!」


 いや、昨日行ったんですってば! 海! 3時間程居ましたよ。

 そう言っても、信じないよね。この肌じゃ。全く灼けてないし。


「はあ……」


「で、何か儂に話したいことがあるのだろう?」

 気を取り直せ。


「はい。王都の上屋敷にある古い館ですが。そちらに曾御爺様の隠し部屋を見付けまして」

「ふむ」

 あれ? 反応が薄い。


「余り驚いていらっしゃらないようですね」

「まあ、どこかにあるとは思っていたからな。蔵書があれだけあったにも拘わらず、亡くなってから調べると、さほどなかったからな」


 やっぱり鋭いな、この人。


「どこに有った? あの怪しい廊下か?」

 こちらをぎろっと睨む


「その通りです……ただ、そこまで察しを付けられているなら、なぜご自分で調べなかったのですか?」


「ふっふふ。その部屋を誰から隠したかったと思う? 父バシレウスは」


「あなたから隠したかったと仰りたいんですか?」


 笑っているような、引き攣っているような。


「そうだな。もちろん、まずは儂だ……それだけではない。魔法にそれなりの才能がない者に遺したくなかったのだろうな、親父は」


「うーん」

 確かに。爺さんに譲る気なら隠す必要はない。が。


「一度行ってみませんか? その部屋に残留思念体という物が残っていまして、曾御爺様のように話すことが出来ますが」

 俺の方を再び睨むと口を引き結ぶ



 蝉の声が聞こえてくる静寂。1分程の沈黙のあと、ようやく口を開く。


「いや、やめておこう」

「そうですか」


「お前は、あの魔女に育てられたこともあって、素晴らしい魔法師と聞いておる。だから、その部屋で見付けた物は、おまえの物とすれば良い」

「ありがとうございます」

「いや、父の意思だろうからな」


「……もしかして、あの館をそのまま残していたのは、そういう理由だったんですか?」

「まあ、そう意識したわけでもないがな」


 ふむ。


「それを伺って、とても気になることがあるのですが。よろしいですか」

「ああ」


 俺は一度唾を飲み込んで続けた。


「曾御爺様は、あなたから見て、どんな人物だったのですか?」

「何十冊と父を扱った伝記が出ておる。それを読めば良かろう」

「いいえ。あなたがどう見ていたかを聞きたいのです。


 爺さんは、瞑目する。

「もう一人のおまえも聞いておるのか?」

「はい」


「ふむ。ならば……父なあ。一言で言えば恐ろしい人であったな」

「へぇ」

「厳しいとか粗暴とかでは無いぞ」

 危うく伝記とは違うなと思い掛けた。


「そういった面では、優しく穏やかな父だった」

「では、どういう……」

「そう先を急ぐな。儂に兄弟姉妹は、何人居ると思う?」


──3人


「3人と、言っています」

「そうだ。そして儂は、父が60歳の時にできた子だ。2歳違いの姉と後は妹2人」


 それはまた頑張りましたね、とでも言えば良いのかな? 確かに、この世界では、高年齢かも知れんが。どちらかと言えば母親が何歳かの方が問題だろう。


「ただし、それは生きている者の数でな……」

「はっ?」

「儂は五男だ」


 五男って!


「別に、兄が4人、姉が8人居るはずだったが。皆3歳に成る前に他界した」


「ううむ。そう言えば、確かお妾さんが沢山と……」

「そうだ。正妻2人に、妾も10人は居たはずだ。初めは父と同じハーフエルフばかりを選んでいたが、なかなか子ができず。できても流産、早世続きでな」


 うーむ、何か優生学上に問題があったのだろうか。


「40歳を過ぎて人族を娶りだしてから、ようやく姉が3歳を超えてな、儂が初めて育った男子というわけだが、結局魔法師として父の眼鏡に掛かったのは居なかったわけだ」


「英雄色を好むと伝記にありましたが」

「それもまんざら嘘でもないだろうが、何とか自分の魔法師としての後継者を作りたかった訳だ。歪んだ執念、妄執と言っても良いだろうな。そして、故郷のサーペンタニアに妻達と沢山の隠居館を作って85歳で引っ込んだ、今は誰もおらぬし、館も1つしか残っていないがな」


「……サーペンタニアとは、そういう所でしたか」

「ああ、領主としてもな、とにかく執念深い人だったな」



「まあまあ、随分話が弾んでますね。あなた!」

 祖母さんが戻ってきた。


「いや、もう終わった」

 うーん、まだ訊きたいことはあるのだが。


「そうですか? ではお昼に致しましょう。アレックスさん。この人の手を引いて食堂に行って頂戴」


「はい。お婆様」


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