26話 散歩(2) 遭遇戦
悲鳴にも聞こえる響き。
その直後に異変が起こった。
それは、倒れた1台目ではなく、まともに止まっていたはずの2台目の馬車だ!
荷台が大きく揺れ始めた。
嫌な予感が背筋を遡上してくる。
「イオ、ゾフィ。荷物は良い。道から離れろ」
「はっ?アレク様は?」
ギィィイイイギギイ…ギャアギギ…バリバリバリ。
轟音とともに2台目の馬車の外装が弾け飛んだ。
強大な気配!
「魔獣が出てくるぞ!!イオを抱えて逃げろ!命令だ!」
「はっ、はい!」
俺の…何かが切り替わった。
ゾフィは、高価そうな絨毯や食器など見向きもせず、イオを小脇に抱え一目散に俺から離れていく。物事の軽重がよく分かっているな。
耳を劈く駄目押しの破壊音!
中から何か出てきた!蒼い毛?
…青狼と感知魔法が告げてくる。
体長3m弱…第4階位の成獣だ。
肉食──
「隊長!伝令1人を城へ!弩隊の出撃を要請!残りは俺達が乗ってきた馬車で、通行人を伴って待避!!」
「はっ!御曹司は?」
「俺は…民を護る!」
俺は、アレックスの記憶が甦っていた。オヤジさんの。
『アレックスよ。貴族の仕事は何だと思う…そうだ。民を護ることだ、そのためだけに存在していると言っても過言では無い。おまえが魔法を学ぶのもそのためだ!』
そうだよな。
こんな綺麗な服を着て、良い物喰って!
民衆を護らなければ、ただの穀潰しだ!
病み上がり?
実戦未経験?
有事は待ってはくれない。
身体が熱く、頭は冷える──
─ 縮地 ─
昨日覚えた、新しい魔法。ざっくり言えば、高速走法を発動!
一気に距離を詰める。
まずは、やつの気を引いて、通行人を…えっ?
青狼は道端に居た通行人には、目もくれず、前の荷馬車に突っ込んで行った。
理由は分からんが、好都合だ。
まだ逃げ遅れている、5,6人を避難させよう。
年寄りの旅人を肩に担ぎ、道から離れようとしていると、未だ荷馬車を商人らしい男達が取り巻いて居る。なぜだ?
「おまえ達も早く逃げろ」
そう叫んだが、無視された。
この暖かい日和なのに、コートを着て口元を覆うマスクをしている。
何か怪しいな…。
魔獣は彼らの荷なのか…その時、グリウス叔父の言葉が頭を掠める。
『今回の密輸団は巧妙でな。お兄様も手を焼いておる…』
密輸団!こいつらがそうか!?
痛ってぇ…偏頭痛と共に思い出す。確か人の背を超える大型魔獣は、特別な通商許可が要る。
「御曹司、こちらへ」
兵と共に渋い髭面の隊長が戻ってきた。
カークスという名前だ。
「どういうことでしょう、あれは」
大きな青狼が、1台目の荷台を壊そうとしている。
あいつは牝だ。
ウォォォォーーーーーォォ…。
高く吠えると、別の高い吠え声が帰った。
1台目にあの牝狼にとって大事な物が…。
バギィ。
荷馬車の屋根が内から爆ぜ、何かが姿を顕す。
小さい。
黄土色の魔獣が飛び出してきた。
マンティコア…の仔?
そしてもう一頭、今度は蒼い毛。
青狼の仔だ!
むっ、背中がぐっしょりと紅い。事故の時に負傷したようだ。
1台目の積み荷は魔獣の仔達だった。
よし、これなら。
「まず、この老人を、遠ざけるんだ!」
はっと答えて、別の兵がおぶって待避していく。
声を落として答える。
「隊長、あれは密輸団だ」
「密輸団?!」
それに構わず、逃げなかった商人に歩み寄る。
「大型魔獣の輸送許可証を見せよ!我は、セルビエンテ伯ガイウスが長子!」
商人は、マスクの下で目を見開くと、俺から逃げるように後方へ駆けつつ、3台目の馬車に向けて何事か合図を送った!
5名の兵が戻ってきた
「やつらは密輸団だ。引っ捕らえよ!…いや、待て!!下がれ!」
捕縛を命じた刹那、段違いの悪寒が俺を圧した。慌てて撤回する。
「御曹司?どうされました!」
「後ろの馬車から離れるんだ!」
屋根が重力に引かれ、縦に割れるように開いた。
ギィーャ…ギィァァァアアア……。
暗緑色の角質化した皮膚、大きな嘴深い眼窩、そして額から突き出た角…。
ガーゴイルだ。
耳には違う音だが、脳はガーゴイルと理解する
その姿の禍々しさに、その聲で血が凍る感覚を味わう。
竜属亜竜目。
荷台に蹲り、翼を畳んだ姿すら怖気を誘う。
前世で見た石像に似た姿ながら、大きさが…見上げるばかりの巨躯。
「りゅ、竜だぁぁあ」
若い兵が叫ぶと、2人が逃げていく。
「御曹司を置いていくとは!後で営倉入りにしてやる」
後があれば良いが…。
されど逃げても無理はない。
戦士がガーゴイルは斃すには、強力な弩が必須!
並の槍では硬い皮膚が突き通せないからだ。
「俺達も引くぞ!」
「はっ!」
ヤツから目を切って背走するのは危険だ。街道から離れるように半身となって駆ける。
ガーゴイルが跳ね上がった!
狙いは…。
俺達じゃない?!
マンティコアを、一撃で膝下に組伏せた。
首元を凶悪な嘴で啄み肉を引き千切る。
哀れ幼獣は、真っ赤な血を盛大に噴き出させ、痙攣を止めた。
太い息を吐き、振り向いたガーゴイルは、顔が紅く染まり、地獄の使者に見えた。
「あいつら…逃げて行きますよ。御曹司」
カークス隊長は、密輸団の後ろ姿を指し示す。
「放っておけ!」
優先順位が高いのは、こっちだ!
この魔獣達を斃すまではいかずとも、見失っては領民の安寧が脅かされる。
周辺の民や街道の通行者の避難は問題ない。
後は、城からの兵を待って…。
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