203話 隠密行動
「アンちゃん。私達、何やっているのかなあ?」
「エマ様。お静かに、回りをよく見ていて下さい」
帰らないって泣きついた所、アレク様に仕方ないという感じで役目を貰ったのだ。
信じられない位、地味な作業だが。
どちらかと言えば、あっちの方が良かったなあ……。
ああ。あっちというのは、どこかに行ったレダちゃんの別働隊だ。
それに対して私達の使命はこれなの?
なにやらアレク様から黒い箱を渡されて、カテドラル教会の尖塔に登って据え付けている。この中に何が入っていて、どのように使われるか、何も教えられていない。
全く信用されていないよね、私。
それにしても、この娘。
なんだろうなあ。アレク様の前では、なにやら甘えたり拗ねたりおどけた感じがあるが、離れるとずっと真剣な表情のままだ。いや、これが普段の顔なのか。
間者だから?
おっ!
箱の蓋を開けたので、覗き込もうとしたら、ぴしゃと閉められた。
「中は見ない。そういうお約束でしたよね」
おおぅ怖ぁぁぁ。すっごい表情、少し殺気が籠もってたよね。
「見てない、見てないよ……あっ!」
アンちゃんも気が付いたようだ。
下から足音が聞こえてきた。一瞬で手元を照らしていた魔灯が消える。
むぐっ!
口を押さえられて、何か布に包まれた。
10秒後、ギィィと音がして、私達の側の扉が開いた。
灯りを持ってる! 布の目を透かして光が見えた。
見えた。法服を着ている。男の聖職者!?
警備だ。
彼は数歩踏み出して、持って居る魔灯を巡らせた。来る!
マズい!
こちらにも光が当たった。
「異常なしっと」
はっ?
魔法の発動を解除した
どうしたことか、彼は私達を見咎めることもなく、扉が閉まった。
「ぷはぁぁ。ああ、寿命が縮まった」
「お静かに! この任務での魔法発動が最後の手段にして下さい。再開しますよ。周囲の警戒をお願いします」
「うん」
全く動じていないし。
アンは、こういう修羅場を何度も潜り抜けているようだ。
何か、箱の下に手を伸ばしている。
「私じゃなくて、回りを!」
まるで後ろに目が有るようだ。
慌てて警戒を再開する。
でもよく考えたら、アンは自分で警戒できているよね。
つまり……私、必要?
悲しくなってきたが、少しは役に立たないと。
空気が漏れる音がした。箱を開けたな。
我慢我慢。振り返られないわよ!
「エマ様」
「うぅん。見てないよ!」
「作業終わりました。戻りましょう」
「あっ……そうなんだ」
何事もなくカテドラル教会を出た私達は、さっき使った目立たなくなる布を自ら被り、裏通りを歩いている。
夜間外出禁止令の所為で人影がない。1度魔灯を持った兵達とすれ違ったが、こちらには気が付かなかった。
5分余り息を殺して歩き続け、アンちゃん達の隠れ家に着いた。
「ふう。無事帰って来れたね」
「ええ。ありがとうございました」
生返事だ。
アンは、さっき一旦点けた明かりを消して、カーテンを薄く開き、上の方を見ている。
「ねえ。アンちゃん。何見てるの? ここからだと教会は見えないよね?」
「見えませんね。ああ、私のことは呼び捨てで構いません」
「うん。じゃあ、アン。私もエマでいいよ。歳も似たようなものだし」
「はあ」
結局、私達って言うか、主にアンが箱を据え付けたけど。何のためにやったのか、この後どうなるのかさっぱりか分からない。
アンちゃんは知っているのだろうか?
アレク様ってば、思ったより独善的だよね。何かやろうって時は、大体内緒なんだよね。そりゃあ、さあ。その度に凄いって思わされるし、うわーって感じるけど。
先に教えてくれても良いじゃない。
アテにされてないって言うか。頼りにされてない感じがして仕方ない。
そう言えば、この子もアレク様から……私と似てるかも。
「アン。聞きたいことがあるのだけど」
「手短にお願いします」
「うっ、うん。あのね。アレク様に仕えていて、どう? 楽しい?」
アンは、カーテンを閉めた。
「楽しいか……ですか。考えたこともありませんでした」
はっ?
「間者だから?」
「まあ。そうですね」
「じゃあさあ、不満はないの?」
「不満? ですか?」
「そうそう。 アレク様ってさあ、基本的に優しいんだけど、ある所から中に入れてくれない境界みたいなのあるじゃない」
「ふふふ……」
「ん?」
「不満はありませんが、確かに境界はあります。エマ様は、それが不満なんですね」
げっ! バレてるし。
「そっ、そうと言えばそうかなぁ……」
「定員は超えてますから、望みはないですよ」
「はっ? 定員?」
「アレク様の寵愛対象ですよ」
「ちょ、寵愛って!」
「エマ様も、16、17歳なのでしょう」
「そうだけど……」
そんなにがっかりした顔しないでよ、アン。
「どうやら。寵愛の輪は、これ以上広がらなそうですよ」
「えぇぇぇ」
「ですから、その線は諦めて下さい」
「やだ! 諦めないもん!」
ふふふ……
あれ? 笑ってる?
「そうおっしゃると思いました」
「はっ?」
「アレク様がどうかではなくて、エマ様がどうしたいかで決めればよろしいかと」
分かった気がした
私は、不満だったんだ。迷う私自身が。
そう言おうとした時、アンは振り返り、カーテンを開いた
「来ました!」
アンは空を見ている。
「何が来たの……あれ? 何か空が、光ったよ。紅い……炎ような!」
ゴガァァアァアアーーーー…………。
「何? 何? あれ何の音?」
「王都の皆さんもそう思っていることでしょう!」
アンは意味深長なことを言った。
「また光った!」
空が紅く、数秒間夕焼けのように光り、後に再び低く雷のように轟き渡る。
しっかり見えた。やはり炎だ。
「あれは翼竜です」
「翼竜って、空飛ぶ魔獣階位の第6階位……」
ワイバーンは、亜竜とも呼ばれる魔獣だ。
亜竜は竜よりは弱いと言う意味だが、竜より強い魔獣は居ないのだ。しかし、竜は伝説とも実在を疑われるほどで、事実上最強。
何十人の弩兵か魔法師でもなければ、傷つけることすらできない。存在そのものが災厄だ。
「ですね、うふふふ」
「笑い事じゃないよ! アン! 何でこんな時に。折角アレク様が何か始めようとしているのに」
何を考えているの?
なんでこんな時にアンは笑ってられる……待って!
そう言えば!
「アンは、さっきから何度か空を見ていたけど、ワイバーンが来ること知って……知ってたのね!」
満面の笑顔だ。
考えられることは、ただ1つ!
アレク様!? アレク様があのワイバーンを!
私は、それがどういう意味を持つのか理解すらしていないのに、確信していた。
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