198話 戒厳令
「魔人殿……いや聖者様。お気を付けて」
ここ数日、対応してくれた司祭が見送ってくれた。
「司祭殿。お世話になりました。ありがとうございます」
「アレックス殿……」
魔人が礼を述べたのに驚いたらしい。
「今のは、セルビエンテの若輩者の御礼です」
「そうですか……また来られることをお待ちしております」
「では」
馬車に乗り込み、レダが扉を閉め、出立した。
「アンが乗っておりませんが?」
「大丈夫だ。その内、合流してくる」
警備兵が道を空けてくれ、人混みを抜けた。
「やれやれ」
「あなた……あれは?」
「ん?」
「槍のことです。あんなに力が強そうな大男でも抜けなかった槍を、どうやって抜いたんですか? 魔法ですか?」
「もちろん魔法は使っている。摩擦をなくすためにな」
「アレク様は、槍の穂先に振動を加えていた」
鋭いな、レダ!
「振動?」
「ああ1秒間に2万回揺らした。槍は細かく揺れて変形するが、岩は付いてこない」
超音波振動。超音波カッターだ。
前世では、プリント基板のパターンを切ったり、樹脂の切断するカッターナイフの刃を振動させるものがよくあったが、もっと大型の物もある。例えば洋菓子屋で使われていてギロチンのような刃で、ホールのケーキを切ったりするのに使われている。
「付いてこない?」
「ぴったり食い込んでいる物同士で、片方の形が変わり、もう片方が変わらなかったどうなる?」
「えっ、えぇぇと。あっ! 隙間ができます」
「そういうことだ。振動させることで、極微の隙間を作り摩擦を極限まで減らした。だからほとんど抵抗もなく抜けた訳だ」
「はあぁぁ」
「アレク様、凄い!」
レダがキラキラとした目で見てくるが、痛いな。知っていれば、どうと言うことはないし。が、まあ総主教猊下の注文通り、手で抜いたし良しとしておこう。
ちなみに切る場合は、摩擦が下がるだけではなく、刃先が超音波振動で非常に細かく変形することで、無数に小刻みに切りつけていることになる。つまりは切れ味が上がる。だからクリームを付着させず、スポンジを潰すことなく切断できると言うわけだ。
30分後。
人気が余りなくなった頃、馬車が止まった。
扉が開き、アンが乗り込んできた。顔がやや強張っている。
「アレク様、お話が」
「うむ。下で聞こう」
亜空間部屋に潜った。
アンを始め、ユリにレダもソファセットを囲む。
「では、報告致します。5日前大内海をディグラント船団が、ルーデシア沿岸へ向かうとの情報を得ました」
「ん? 5日前?」
遅くとも3日以内で情報が届くはずだが。
「はい。参謀本部より戒厳令が発令されまして、転移門の使用が停止されています。王都側から、接続を切られたと説明されていますが」
「では、ルーデシア国内は……」
「早馬、鳩、狼煙を使いましたが、丸2日掛かったそうです」
それでも王都から、ラメッタまでは800km程ある。
流石だが……。今ここでは、情報に距離の壁が立ちはだかっていると言うことだ。
「転移門を使えないのは、厄介ですが……それより……」
レダは、いつもながら淡々としたものだ。
「ああ、戒厳令を出したのが参謀本部なのが、問題だな」
戒厳令は、立法、行政、司法の三権の機能を少なくとも一部は停止し、軍の指揮下に入れることだが。国王、宰相が布告しない場合、不正──つまり、軍事クーデターの可能性が高い。
「国王、そしてストラーダ侯の身柄は?」
「王宮の行政府は閉鎖されており、王の健康状態不調を理由に、王室域への接触は停止されているそうです。宰相閣下以下、内閣は王宮内官邸に詰めているそうですが、王宮外の各公邸には戻っていないようです」
内閣が指揮を執るため、王宮に居るのはおかしくはないが……。
「体の良い軟禁だな」
「おそらく。あと、海防はヴァドー師が指揮を執っています」
老師は、仕える国王を助けに行くか、国防か2択で動けないと。
「サーペント家、セルレアンの上下屋敷は3日前の段階では無事ですが、予断を許しません。申し訳ありませんが、今のところ情報は以上です。続々と届く予定ですが……」
「いや、不要だ! このまま馬車で動く気はない。アン。黒衣衆の若い女性を2人ここへ用意できるか? できれば見目麗しければ言うことはない」
ユリの眉根が寄る。無視してアンが続ける。
「2時間お待ち戴ければ、見目麗しいのはなんとでも。しかし、若い男は用意しなくて、よろしいのですか?」
ふっ、読まれているな。
「21号」
壁際に立って居た、従者がソファに寄ってきた。
「何でしょう?」
御者をしているエピメテウスとは別のプロメテウスだ。番号で呼ぶ時は、特別指令を与える時だ。
「顔を俺に似せてくれ」
「畏まりました」
なかなか秀麗な顔から、みるみる色が抜け落ち、土気色に変わった。
そして変形していく。
最後に色が変わった時には、別人に変わっていた。
うーむ。俺は、こんな顔か。鏡で見る時と違って、少し新鮮だ。
はっ? はっ? と、ユリが、俺と21号の顔を頻繁に見比べている。
「嘘ぅ……」
「どうだ、ユリ? ……ユリ?」
「はっ! ああ。すみません。彼がゴーレムなのは分かっていますが……びっくりしすぎて。あなたにそっくりです。強いて言えば眼がなんだか違う気もしますが」
そこアンが突っ込む。
「そう思うのは、毎日じーっと見ている奥様だけです……あのう、終わったら、このまま私に数日貸して戴くことは……?」
「「駄目!!」」
ユリとレダがハモった。
貸したら何に使うつもりだ、アン。
「いいじゃないですか、少しくらい。本人じゃないし……はあ。では、手配してきます!」
アンが消えた。
2時間後。
ラメッタから2つめの宿場町に着いた。
アンが待ち構えている。
路地に止まり、2人の女性と入れ替わりに、俺達は降りた。
替え玉の2人は、急に依頼したとは思えないほど、そこそこ綺麗だ。雰囲気や髪の色をユリとレダに似せている。大したもんだ。
俺の影武者になった、プロメテウス=人型ゴーレム21号には、こう命令した。
国境の町アメニアに着いたら、転移門へ行け。
でも、使えないはずだ。
その時は、仕方ない、馬車で行くと宣言して、王都へ向かえ。
これで、魔人アレックスは、哀れ足止めを食って馬車の旅を続けていると見せかけることができる。
光学迷彩の結界を張って、街道から人気が見えなくなるまで離れる。
魔収納から飛行艇を2機取り出した。
「そっちには、レダが乗れ、ユリもな」
「行き先はサーペンタニアでよろしいですね」
「ああ、安全操縦でな」
「では!」
レダがさっさと乗り込む。
「ユリ!」
姫様抱っこして飛び上がり、後部座席へ座らせる。
「じゃあな」
「あなたも、お気を付けて!」
風防を閉めてやると、タキシングを始めた。
「アン、乗れ!」
そのまま、空中から自分の機に近寄る。
「ええーーー。私も抱っこして、乗せて貰いたいんですけど!」
「馬車より速く走れるやつには無用だろう」
アンは、ぶつぶつ言いながら身軽に跳び乗る。
レダ機は垂直に舞い上がった。
「さて、俺たちも行くぞ!」
「あのう、安全操縦で」
「どうかな」
両手を水晶球に翳し、軽く魔力を送る。
「うわっ!」
「うるさいぞ、アン! お前が飛び跳ねる時よりマシだろう」
「自分で飛ぶのと、飛ばされるのでは、違、う、んです、よ」
「喋るな舌噛むぞ」
1000m程上昇して、水平飛行に移る。
数km先に機影が見える。
可変主翼最大後退。デルタ翼状の迎角を75度まで後退させる。
1次全速。
ドンっと音がして、機は静かになった。音速を超えたからだ。
「さて、加速するぞ」
「ええぇ、もっとですか?」
水晶球に手を置き、魔力を込める。蓄魔石駆動から、俺の魔力を吸引する仕組みに切り替えた。
2次全速!
「うわっ、ちょっと! ひぃぃぃ、夢に見るぅぅ」
うるさいな。
一瞬でレダ機を追い抜いた。
30分で、サーペンタニアの館に着陸した。
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訂正履歴
2017/09/13 超音波振動の説明を詳細に変更+誤字脱字等細かく修正
2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




