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197話 伝説の聖槍

 控室が用意されているとのことで、警備の手配が出来るまで、暫し待つ。

 気が付くと、アンは消えていた。きっとまた良からぬ事を企んでいるに違いない。


「あなた。疑うわけではないのですが……」

「ユリ、そう心配するな」

「でも、抜けなければ面目丸つぶれですね」

「ちょっと、レダ!」


 ユリが眉を吊り上げたが、レダはどこ吹く風という顔だ。


「それにしても。聖下は、なかなか可愛い顔だったな」

「あなた……もう。そうね。あんな私達と変わらぬ歳、しかも、女だったなんて」

「男だったら、夜這いには来ないですけど」

 俺とユリは、レダを見た。


「なんだ、気が付いていたのか」

 ユリは、驚きすぎて、口をパクパクさせている。


「アレク様を見た聖下が脅えていたので、理解しました」

「ちょ、ちょっと! それは、どういう意味? 教会に泊まった夜?」


「ああそうだ。横でユリが寝てたから、ちょっと脅して帰らした」

「私、眠ってたんですか?」

「起こすと、悪いかなと思ったから、結界張ったけどな」


 むすっと、ユリの機嫌が悪くなった。


「ユリ奥様。大丈夫。何も無かったわ!」

「レダ、見てたの?」

「見ては居ないけど、10分も掛からず出て来たから」


「そっ、それは……何も無かったわね」

 ユリは真っ赤にはなったが、納得したようだ。


 30分後、警備が手配できたとのことで、昨日来たばかりの、その名もロムルスの槍塚公園を馬車に乗って訪れる。


「やっぱりか!」


 今朝、教会前広場に集まった群衆には及ばないが、通りに面した公園の周りが、巡礼客でごった返している。


「アンがまた……」

「喧伝したんですね」

「ああ。あそこにドヤ顔で立ってるぞ」

 野次馬達に紛れてアンが立っている。にこやかに笑っていたが、隣に立っていた男に話しかけられ、すっと人混みに紛れた。


「ああ居た。でもドヤ顔って面白い言葉ですね」

 おっと。

「本当にドヤ顔だわ」


 警備兵が人々を分け、赤いカーペットは敷いてはないが、槍の所まで通れる様になった。


「あっ、あのう」

「どうした? ユリ」

「私、ここで待っています」

「私は、付いていきますけど?」

「任したわ! レダ」


「うん。じゃあ、そうしようか」

 ユリは恥ずかしがり屋だからな。無理させるのもよくない。


「行ってくる!」

「あなた、お気をつけて」


 人波を縫って、柵の中に入る。思いっ切り注目されているんだけど。あまり時間は掛けられないな。

 改めて槍を視る。

 岩から斜めに3m弱の槍が突き立っている。枝は樫の木だ。比較的若い。3年で接ぎ替えたられるそうだ。


 昨日、ここへ来たとき。

『こういうのって、普通剣だよな』

 そう呟いたところ、ユリやレダに、普通って他にどこにあるんですかって、突っ込まれてしまった。


 さて、やるか。


     ◇


「あいや、待たれい!」


 公園に魔人が現れたとき、私は矢も楯もたまらず、叫んでいた。

 

「ブメオ小隊長、何用だ!」

 顔見知りの上級司祭様が、手を広げて私を静止する。いつも警備している私としても彼の行動は当たり前だ。

「今日は非番です」


 落ち着け。

「なっ、名にし負う魔人が挑めば、ロムルスの槍も抜けるかも知れません」

 声が震える。


「それで!?」

「今一度、本官に機会を与えて頂きたく」

 未練だ。


 この間の冬至の日、俺はもう何度目になったか、聖槍ロムルスの引き抜きに挑んだ。しかし、びくともしなかった。しかし、諦めきれない。


「アレックス卿は、聖王聖下、総主教猊下のお声掛かりにて引き抜きに挑まれるもの。邪魔立てはならぬ!」

「司祭様! そこをなんとか!」


「ああぁぁ。司祭殿!」

 魔人に遮られた。くう……駄目か。


「はっ」

「どうぞ、先に試されるが良かろう」

 なっ!


 まじまじと、彼を見た。若い。

 男にして息を飲むほどの美貌。まだ10台半ばの歳だろう。

 伯爵、そして横に侍らせている妻か……従者だかは、見たこともない美女と来ている。


 魔人アレックス……様が、先にやって良いと、小官にやってよしと言ってくれた。

 余りの大差に嫉妬すら憶えないが、この際、感謝させて貰おう。


「まっ、魔人殿がそう仰るのであれば……小隊長に3分の時間を与える。始められよ!」


「はっ!」

 こうなればこっちの物だ。

 柵を跨いで、芝生に踏み込む。


 魔人は余裕の笑みだ。ありがたいが、その整った顔を引き攣らせてせてくれよう。

 脚を開き腰を入れ、槍の柄を両手で掴む。

 一気に全力を込める!


「フンングゥーーーー。ウウウウウゥゥウムムム」


 はあ、はあ、はあ……。堅いぃ。

 何年も、何回も挑んでも変わらぬ剛さよ。


 …………。


「フンガァァァアア…………」

 汗が頬を伝って墜ちていく。

 びくともしない。


「ブメオ……時間だ!」


 むぅぅ。いや、駄目だったが機会をが与えられことに感謝して敬意を表するべきだ。

「……はい」


 今回も跳ね返された。

  懐から取り出した手拭いで、槍を拭き清めた。

 そして、軍礼して数歩下がる。


「お待たせ致した」

 魔人は、涼しい笑顔で肯かれた。


「で、では。魔人殿」


「方々! 槍とこの岩が鳴く故、耳を押さえるが良かろう」


 はっ?

 何を言っている。槍が鳴く?

 集まった巡礼客の半ばは嗤い、半ばは言われた通りに両耳を押さえた。


 魔人と呼ぶのが憚られる細い優男は、ローブを翻すと長い腕で槍の穂の根元、けら首を右手で摘まんだ。そして左手で枝の3分所を握った瞬間。


 キィィ・キキィィ・キキ…………。

 耳が痛くなる程の甲高い音が、間欠的に響き渡った。

 皆、顔を顰め、嗤っていた者も一様に耳を押さえる。

 

 それが数秒も続いたろうか。

 ゆるっと動いた?

 えっ?


 魔人はまるで力を込めても居ない風情で、ずるっと槍を引いて、あっと言う間も無く抜き切った。


 嘘だ!

 馬鹿な、あり得ない。何百年も、何人も抜くことはできなかった槍が。

 木の柄が折れることはあっても、穂は微動だにしなかったのに。


 いつの間にか、人々は大歓声を上げ、手を打ち鳴らした。


「聖者アレックス!」

 誰かが叫ぶと、怒濤のように連呼が始まった。


「聖者アレックス! 聖者アレックス! 聖者アレックス…………」


 その熱に浮かされて、いつしか俺もそう叫んでいた。


     ◇


 ほう。穂先に刃こぼれひとつ無い。

 数百年、屋外にあったのに錆びても居ない。何か秘密があるのか?

 後で分析してみるかな。


 一通り振ってみる。


「佳い槍だ。暫し借り受けるぞ!」


「聖者アレックス! 聖者アレックス! 聖者アレックス! 聖者アレックス! …………


 いや、そう言うの良いから。

 そう思ったが、レダがうるうるした目で見つめて、肯いた。


 仕方ない。


 俺は腕を上げて歓呼に応えた。

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