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179話 招かざる忠告者

 短い休暇が終わり、宰相府の仕事が始まった。


「失礼します」

 宰相府審議官室の個室。いつものように陳情客をあしらって、11時と言う時間になった。やっと一息付いていると、法務担当のエレックが入って来る。後ろからレダも付いて来た。


「報告致します。2週間前に開始して昨日締め切りました、石油資源開発に対する調査事業に対する募集の件ですが……」


「うむ」

「はい。有効応募数は1件でした」

「ほう……」

「応募は3件ございましたが。調査の上、資金量などで資格有りと認められたのは、クレメンス商会のみです」


「ふーむ。1件だけか、俺もまだまだ人望が足らないと見える」

 言いながら、右頬を撫でる。


「ご冗談を、閣下」

 魔人となって以来。ここの皆は閣下と呼ぶようになった。レダを除いて。


「ルキウス商会は……来なかったな」

「はい。親会社ですからリプケン社のことを恨みに思っているのでしょう。当初の想定通りではありますが……」

「まあな」


 そう。ルキウス商会は、我が国屈指の企業集団、その中核企業だ。そして、製鉄のリプケン社は、その構成企業の一つだ。


 イアソンのクレメンス商会に、事業面で仕切らせたかったのは、無論だが。ルキウス商会にも、その重要さに気が付いて欲しかったのも嘘ではない。

 今回は、調査事業では有るが、この後に来る開発事業で、かなり有利になる。


 冷やかしで、応募させないよう一企みして、俺が直接責任者を受付するということにしたのが効いているかも知れない。つまり応募者は、自動的に俺の面接を受けることになるわけで、ざっくりいうと俺に頭を下げざるを得なくなる。

 ルキウス商会としては、憎き俺に頭を下げてまで、取りに行く事業では無いと判断したのだろう。一通り文書で石油製品の情報は開示したが、正直需要が立ち上がっていないからな。将来性を低く見たのだろう。


「したがいまして、クレメンス商会、そして土地を提供戴くタウンゼント候爵家、技術提供のデルヌ族……いや、デルヌ商会に国の4者を入れて、企業体を作ることになります」


「わかった。募集の時と同じように、結果を官報で発表してくれ」

「はい。早速手配致します。では失礼致します」

「ご苦労だった」


 エレックは、胸に手を当て略礼し、部屋を辞して行った。


「レダ。エリーカ殿とイアソンとの顔合わせを手配してくれ」

「それなのですが」

 微妙な表情だ。


「どうした? 下打ち合わせをしていたよな」

「それが、アレク様から直接の依頼が必要と仰られていまして」

 何を考えているのやら……。


「ふむ。卒園式で会うだろうから、頼んでみよう」

「ありがとうございます。では、お茶をご用意致します」

「頼む」


 さてお茶が来るまで数分掛かる。なにげなく手に取った冊子は、石炭事業についてだった。パラパラとめくる。


「あのう。アレク様」

 一旦引っ込んだレダが、また入って来た。

「ん……」

「お客様です」

「ふーむ。誰だ?」

 見ている資料が、なかなか面白かったので、声だけで答えた。


「……だぁぁぁれぇぇぇ…………?」

  

 レダの声が、突如に引き延ばされて低い声音になった。ぎょっとして、顔を上げると立ったまま固まっている。彫像のように。


「どうした? レダ!」

 咄嗟に腰を浮かすと、一瞬だが立ちくらみのように平衡感覚が崩れた。身の回りに異常を感じる。


「失礼致します」


 男の声だ!

 恐るべき霊圧(プレッシャー)の波涛が押し寄せて来る。

 レダを回り込んで、足元まで覆う時代掛かったコートを着た男が入って来た。


「ゼルバヴォルフ!」

「はい、アレク様。お目に掛かり光栄に存じます」


 アイザックの遺跡に来た、人の形をした竜だ。

 そいつは、腰を折り略礼する。


「貴様! レダに何をした!」

 面を上げた、竜人を睨み付ける。


「いいえ。このお嬢様には、何もしておりません。ご安心を! 私とアレックス様の時の歩みを少し早めたに過ぎません」


 むっ!


 よくレダを見れば、とても長い周期ながら、呼吸もしていれば、鼓動も打っている。

 さっきの目眩めまいは、時空の歪みによるものか。


「ふん。手を出せば、只では済まさぬからな」

「そのような気は元よりございませんが、肝に銘じます」

「それで良い。何の用だ?」


「はい。我が主、斉竜せいりゅうからのご忠告をお伝えすべく、参りました」


 忠告?


「……話を聞く前に、その斉竜とやらについて教えて貰おうか、ただの竜のこともな」


「はあ、お話ししましょう。竜とは……竜以外の何者でもありません。人間が言う思念体の概念に近いものではあります、次元は異なりますが。薄々認識されているはずですが、あなたも竜。ただ、殻に囚われているようですが」


──殻?


「はい。アナタのことですよ」

 むっ。

 俺の方を向いているが、その焦点は俺の後ろにある。


──きっ、聞こえるの? 僕の声!


「ええ。なんと、お呼びすれば良いか存じ上げませぬが。アナタには大変期待しております。この世界のために」


 アレックスのことが感知できるのか?

 どこまで見えて居る?


「失礼致しました。お答え致します。斉竜の前に、竜を! 竜とは、様々な執着を省いていった者です」


「省いた?」

「はい。極々純粋な存在です。純粋に近いが故に、無と有を行き来でき大いなる力を発現致します」

「完璧な純粋では無いのか?」

「ええ、執着を全て無くせば、この世と一体となり、個として存在できません。よって、少しだけ残っておりますが」


 ふむ。


「それから、竜として生まれた者も、別の存在から竜に成った者も居りまする。なかなか一口では申せないのが竜です」


「分かったようで、分からないな。その執着とは、肉体のことか?」

「ご明察。肉体とは生への執着そのものです。それを捨て去れば、執着の大部分が無くなります。ただ執着は、その者それぞれゆえ」


 むう。

 禅問答のようだ……いや、仏教の概念に近いのか。

 いや、先入観を持たず、今は訊こう。


「では、斉竜は?」

「はい。主、そして他の斉竜3柱も、極限までに純粋な存在と言えましょう。残る執着は唯ひとつ、この世界の安寧にございます」


 安寧……。


「話を総合すると、俺が安寧を壊すと言いたいのか?」

「はい。竜たる者、すべからく安寧を希求して居りますが、力が大きいほど、時に揺らぎが大きくなります。斉竜とはそれをも整えた者。しかし、その間際こそが最も危険──そのように主は見ております」


 間際か。

 

「しかも。アレク様は歩みが余りにも速く。怖ろしゅうございます。ここまで魔力と魔界強度が一時ひとときに強くなれば、その反動も出るが必定。いかがでしょうか」


「いいや、特に」

「ならば、よろしいのですが」


「それが忠告か?」

「はい。さらに口上がございます」

「拝聴しよう」

「力に溺れ、自らを見失うことのないよう。我らが誤れば星を砕くなど易きこと。そうご自覚されよ。とのことでした」


「いささか大袈裟に思えなくもないが、主殿へご教戒感謝すると伝えられよ!」

「畏まりました」


 言葉が消える前に、空間的違和感が消えた。


 レダが、数度瞬きした。まともな速度で。

「申し訳ありません。お名前を伺っておりませんでした」


 お客様? お客様? と言いながら、戻っていく。


 ああは言ったが。


──僕がなんとかしないと


 アレックスだけの問題では無い。

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訂正履歴

2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)

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