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175話 魔人の初仕事

 今日は、魔人の初仕事だ。

 王都から転移してきたのは、ルーデシアの南西の端──アンテルス辺境伯領。地名で言えばラグン地方だ。南に行けば、ラグン砂漠を挟んで隣国ドートウェル。東隣はブルジュー地方で、学園で模擬戦を戦ったメドベゼ先輩の家の領地だ。


 ゲートを抜けると、ラグンヒルと書かれた看板が掛かっている。領都の名だ。来る前に見た地図ではその名の通り台地だったが。


「失礼ですが。魔人アレックス閣下でいらっしゃいますか」

 40歳位の略礼服姿の男に声を掛けられた。


 後ろから来た、男装のレダが前に進み出る。

「如何にも。手前共は魔人の一行でございますが。そちらは?」

「はっ。失礼致しました」

 取り巻き合わせて8人が、俺に跪礼した。


「アンテルス家副家宰のリンガスと申します。わざわざお運び戴きまして、心より感謝申し上げます」

 副家宰とは地方領主の公的家臣のNo.2だが、トップの家宰は普通王都に詰めているのが慣例なので、領地で言えば最上位だ。

 両脇をピンと跳ね上げたカイゼル髭が立派だ。伊達男なのだろう。


「お出迎え、ご苦労に存ずる」

 レダが応じた。


 人目が有る場所では、魔人と言うか伯爵は、貴人である態度を採らないといけないらしい。基本は、直に口を利かないことになる。

 勿体ぶるのは性に合わないが、実際大貴族だから仕方ない。逆にフランクな態度を取ると、対応する者が困るとは、家令のシュナイダーの言だ。まあ、粗相が有ったら害が及ぶとか思うのは想像に難くない。


「はっ。では、我が主人の元へご案内致します。どうぞこちらへ」

 セルビエンテと同じく城内に転移門があるので、まもなく広間に通された。


「おお、新しき魔人殿……これは驚いた」

 立ち上って、こちらにやって来た。

 身なりからいって辺境伯だろう。

 歳は30歳代そこそこ、親父さんと同年配だ。造作は彫りが深く男前だ。背は俺と同じぐらいだが、体格ががっちりしている。


「遠いところまで来て戴き、ありがたい。それにしても、ご母堂セシリア殿にそっくりですな……おお、失礼した。当地の領主アントニウス・アンテウスと申す」

 ああ、そうですか。お袋さんと。それはそれは……などと、魔人は世間話をしない。


「アレックス・サーペントと申す」


 味も素っ気も無い挨拶で応じる。

 辺境伯は、少しむっとした表情を見せた。


 それはそうだろうな。

 俺は魔人と言っても、爵位は同じ伯爵だ。老師ほどの重みがあれば、話も違うだろうが、彼にしてみれば、俺は息子程の若造だ。そいつに、居並ぶ家臣の前で偉そうな顔をされて面白いはずはない。

 そう言えば、辺境伯は、男爵家の生まれで婿養子だったな。ならば、なおさらだ。面子が大事だろう。


 後は、地方領の三役の残り、家令、軍事責任者と挨拶した。さらに、ルーデシア駐屯軍のトップ、ケネス大佐とも顔を合わせた。要するに国軍だ。ドートウェル国とは戦争中ではないものの、休戦状態だから、国軍が駐屯している。


 いずれも慇懃に挨拶してきたが、こちらは横柄にならない程度に醒めた表情で返す。

 そもそも愛嬌振り撒く必要が無いのだ。


 というのも、魔人の招請には対価が掛からないことになっている。それどころか、国の公職以外の役目に就くのは良いが、必要経費を除いて俸給や謝礼を支払ってはいけないことになっている。

 つまり、我が家、セルレアンの軍事顧問料は、ヴァドー師へは支払っていなかったと知って少し驚いた。


 そうなっているのが、なぜかと言えば、金で魔人を雇うことを許せば、王以外の意向が優位に成りかねないからだ。まあ、だからこそ、国は魔人に多額の俸給を出しているとも言えるが。


 ならば、依頼し放題になるかと言えば、そうはならない。

 まずは、魔人は国王または指揮選任者の指示以外は、依頼を拒否できる。

 そればかりか公益にならないことを依頼したり、何らかの方法で強制すれば、最悪は罪に問われることがあるのだ。なお、企業や貴族、領主は、宰相府に話を通す必要がある。魔人がやると言えば、その限りではないが。


 それはともかく。

 こんな辺境まで引っ張り出されたわけだし。

 まあ、俺が仏頂面をしているのも当然だが、理由はそれだけでない。


 そのピリピリとした雰囲気を見かねたのか、リンガスが割って入った。


「御館様。依頼事項につきましては、私共でお願い致しますので」

「うむ。くれぐれも失礼の無いようにな、リンガス。それではアレックス卿、よろしく頼みます」

「あい分かった」


「でっ、では。魔人様、こちらへ」


     ◇


 早めの昼食を饗応された後、馬車に乗って1時間。丘陵を下って、ラグン砂漠の際へやって来た。

 感知魔法は、事前に地図で視た通り、遙かな砂漠を認識している。

 遙かに霞んで見えないが、砂漠の端、山地までは250km。隣国のドートウェルとの曖昧な国境までおよそ100kmか。


 過去に、この地では、幾度か戦火が繰り広げられた。

 最近のは40年前、老師が活躍したドートウエル第5戦役だ。さっき会った辺境伯も生まれる前のことだ。この砂漠の際まで攻め込まれていたそうで、さっき副家宰の説明に拠れば、ここから東に50km弱行ったところが主戦場だったそうだ。


 それはともかく。

 俺への依頼事項は、ここ数年、この砂漠北限に巣喰い始めた魔獣を駆除することだ。被害については分かっているだけで25人が行方不明になっている。

 ここには領軍もあれば、ドートウェルに備えた国の駐屯軍もある。そちらで魔獣ぐらい軍で始末しろよとも思うが。


 戦力を揃えている駐屯軍は、対隣国以外は任にないので、手を出さない。


 そのため、領軍で当たったそうだが……。

 まずは魔獣は普段砂の中に生息しているため、攻撃が効かない。それに既に数名の殉職者を出している。死因は、毒物吸入による中毒だ。


「魔獣は、人間を捕食したことに味を占め。この辺りでの目撃証言が多数ございます」

「そうか」


「魔人様」

 ルーデシア国軍の士官制服を着た男達が近寄ってきた。

 一番前の男は、駐屯軍首席指揮官のクロヴィス中佐だ。軍人に似つかわしく無く肥満体で、砂漠ながらさほど暑くもないのに、額の汗をしきりに拭いながら歩いて来る。隣にいるのは、首席幕僚のオゥエン少佐、そして、輜重責任者のロコン大尉だ。


 戦い方を見せてやるので、大尉以上は付いてこいと命令して来させたのだ。

 彼の背後には、国軍の将校と兵士が20人余り居るが、後者は可搬式の野営舎を建て始めている。

 多数の荷車を牽いてきたが。これか。ここに来るのを相当嫌がっていたが、案外手回しがいいな。

 

「それでは、我らはあちらで拝見しております」

 愛想笑いを浮かべているが、要するに高みの見物というやつだ。

「そうか、我の戦い方を、よく目に焼き付けよ!」

「はっ!」


 内心と相反する良い返事をして、丘を登っていく。

 あちらを向いた顔は、さぞかし苦々しい表情を浮かべていることだろう。


 それを見送っている時だった。


 ヴォォォォオオ……。


 地から響くような音と共に、砂が10m近く吹き上がった。ここから、200mと離れていない。


「あれ! あれです。魔人様!」

 誰かが背後で叫んだ。


 まあ随分と都合良く出現したな。俺達の気配を感知したのか。それとも、別の条件が整ったか。


「皆の者、下がっていろ!」


 吹き上げた砂の合間から、長さ2m程もあるクワガタのはさみのような角が見えた。

 眉根に魔力を込めると、勝手に上級魔鑑定が立ち上がって、砂の中が見通せた。


 ヒュージ・ドゥードル(蟻地獄)か。

 確かに依頼された駆除対象だ。


 付いて来た領軍兵士が動きを慌ただしくする中、俺はそこにノコノコと歩いて近付く。

 餌を見つけたと勘違いしたのか、砂から巨大な半身を乗り出してきた。


 昆虫型の魔獣だ。

 虫なのに魔獣とはこれ如何にと、矛盾を感じなくも無いが、少なくとも見た目には違和感はない。

 全身毛むくじゃらで、頭と胸に比べ腹が異様にでかい。前世の薄羽蜉蝣(カゲロウ)の幼虫にかなり似ている。サイズが500倍は違うが。

 虫は嫌いじゃないが、その6本脚をワキワキと動かす姿は、気持ち悪い以外の感想が持てない。

 脳裏のアレックスも静かなところを見ると、同じなのだろう。


 指呼の距離まで近付いた。

 敵の攻撃──


 頭上から、鋭利な脚が飛んでくる!

 家の柱ほど振り下ろしを避けると、もう片側の脚が一閃。頭を振り下ろしざまに、巨大な角で挟み込こもうと唸りを上げた。


     ◇


「あんな、のこのこと……」

 隣に居る、リンガスが途中で口を押さえた。


 アレク様は、レダが見ても、無造作にしか見えない足取りで砂へ踏み入れていく。大きな魔獣が至近に居るにも拘わらず気配も消さず、光学迷彩も発動させず。


 ああぁぁ。


 おぞましくも巨大な虫が、その上半身を地上に出現した。

 太い脚が、うなり上げて、アレク様を襲う!


 馬や駱駝でも一撃で葬るだろう。

 人間ならば、かするだけでも致命傷となる。

 それが、何度もアレク様の頭上から幾度も振り降ろされる。


「うわっ! うっ……あっ、えっ?」


 うるさいな。

 背後にいる副家宰や従者達が、あまりのことに情けない悲鳴を上げている。


 よく見なさい。

 ブスブスと詮無く砂に穴を穿つだけだ。杭の雨の中をアレク様は残像を引きながら、悠然とステップを踏む。


 体術か? 魔法か?

 おそらく両方だろう。見ている者をうっとりさせるほど華麗に避けていらっしゃる。優美な曲を舞うように。


 だが、少し離れたところから、砂が吹き上がり、2匹目。そしてさらにもう1匹と現れた。

 増えた個体の脚も、アレク様に殺到する。3倍の速度と密度で襲い来る。雨霰と振り降ろされ、避けようがない必殺の攻撃となる。


 だが、アレク様は──

 ただ合わせる曲が転調にしただけのように、それをも克服してしまわれる。


「従者殿、従者殿!」

 私のことか。


「何か?」した

「だっ、大丈夫なのですか!? 魔人様は」

「リンガス殿、閣下は笑っておられますよ」

「へっ?」


 さて、私も始めることにしましょう。


     ◇


 いや、楽しい。


 仕損じれば命を落とす、このひりひりとした殺気は快い。

 例え、それが虫の物でも。


 有り余る魔力で、押しつぶすのも爽快には違いないが。肉弾戦はそれを上回る愉悦をもたらし、自然と口角が釣り上がってくる。

 戦闘狂と罵られても返す言葉がないな。


 敵の必殺撃を紙一重で躱す、空気の焦げるような匂いが堪らない。

 当たらない自信が有ろうとも、戦慄が背筋を漂うしな。


 おっと、もう2匹増えたか。

 流石に少しは真剣に避けないとな。翻ったローブが風を孕み膨らむ。

 やはり、肉弾戦には向いてないよな、魔法師の装束は。


 突き刺さってくる巨大な脚杭達も増えたが、所詮は虫! 連繋しないようでは、我をおびやかすには至らぬ。

 故あって反撃しないのが、まあ良いハンデだ。もっと来いと思いつつ、もっと翻弄してやるかと、機動力強化に向けて縮地スォーデ魔法への魔力注入を上げていく。


 ちっ!

 目の端レダが動き出すのが見えた。

 もっと楽しみたかったが。

 まあ、早くしないとユリの作る料理を食いっぱぐれるからな。


 輝く剣よ! 何者も切り裂く刃よ! ─ 遷光剛フォトンブレード ─

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訂正履歴

2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)

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