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170話 詐術

 審判本部──


 第24ラウンドが終わった時、この大広間は静まりかえった。

 騙された……詐術だ!

 ここに居る人間に、今の状況になると分かっていた者が居ただろうか。


 少ない戦力をさらに分散。

 素人らしい稚拙な戦術と見下げていた。しかし、数ラウンド程前まで、私があざ笑っていた戦術は、審判員、監査員を圧している。


 第2軍は分団して敵主力の横を擦り抜け、寡兵と見せかけて釣りだした後、分軍団を伏兵として使い、一挙に第1軍の2部隊を壊滅させた。


 鮮やか──

 認めたくはないが……そうと言う他はない。

 ただ、その種が分かれば、2度とは使えぬ作戦。だからこそ、詐術。


 敵、いや対戦者だけではなく、全てを視ている者達をも欺くか。

 見知らぬ戦術を、劣ったものと勝手に解釈していた。しかし──

 自軍の損耗をほとんど出さず、敵兵力にして22%余りを撃ち減らした。勝利条件まで、あと8%。目前だ。


 やはり。

 第2軍の行動は、全て意味がある、計算づくと考えるべきだ。

 ならば……戦譜を見直す。そうか! 主軍団と分軍団で速度が違っていたのは、待ち伏せの時間差を付けるためだったのか。もう、何もかもが疑わしい。

 この寡兵もそうか?

 兵数を絞って熟練度を上げ、後方に騎射できるようにしたのも常識破りだ。当たり前だが、追撃は圧倒的に有利だ。通常後方には撃てないからな。

 だからこそ第1軍も追跡したのだろうが……。

 いや、待て。

 そう言えば、第2軍の本軍団。会敵してからの速度が……まさか、わざとゆっくり移動したのか。追跡を誘うために。

 ぞくっと寒気が走った。

 

 部隊の動きが全て見ていた我々にして、分からぬことばかりだ。第1選手はどう思っていることだろう。いや、まだ知らないのか。

 そうか。このままではまずいことになる。


「ああ、君! 新たに伝令役を立ててくれ」

「はぁ」

「第1選手への分軍団全滅の報は、第30ラウンドまでは届くことの無いように。それと第22ラウンドで発した伝令役同士がと接しないようにくれぐれも注意してくれ!」


     ◇


 対戦者の部屋──


 第30ラウンドが終わった。


「伝令! 伝令です。報告します。第23ラウンドにおいて、我が分軍団は追跡中の敵から攻撃を受けました」


 くっ!

「それで!」

「同ラウンドで魔法部隊が壊滅!」

「壊滅? たった1ラウンドで、700の魔法兵がか!」

「はっ、はい。行軍中に4部隊以上から一斉に矢による攻撃を受けましたので……反撃もままならず。1回の魔法攻撃も繰り出せませんでした」


 信じられん。4隊以上だと……いや、おかしい。

「矢と言ったが、弓兵にそんな機動力があるはずが」


 弓兵は、歩兵の移動能力以上は出ない。最大でも1フェーズ当たり2HEX。しかも、連続では無理だ、そこそこの熟練度かつ軽装であったとしても1ラウンド平均で4HEXと言うところ。ならば、第23ラウンドの段階では、戦域マップの中央付近にしか到達できないはず。だからこそ、我が軍団も兵科で分けたのだ。

 我が軍団と遭遇していないのだ。迂回して居れば、まだこの辺に居てしかるべき。分軍団と遭遇するはずなどあり得ない!


「いっ、いえ。敵は騎兵です」

「ちょっと待て、騎兵?!」


 そうか、騎兵ならば、その移動速度も納得がいく……いや。

「先程矢の攻撃を受けたと言ったではないか、それなのに騎兵なのか?」

「あっ、はい。事実です。騎兵ではありますが、主武装は弓……です」


「そんな……」

 確かに騎兵に弓を持たせることは、ルール上も可能だ。弓兵に対しては高い機動力が得られはするが、騎射は高い熟練度が……必要なコストはいくらだ。非常識だ! ありえん。


「あっ、あのう。まだ報告が……」

 あっ、そうか。

「すまん。続けてくれ」

「はい、次の第24ラウンドにおいて、歩兵部隊が壊滅し、分軍団は全滅しました」

「馬鹿な!」


 してやられた……。


「その後、敵は?」

「いっ、いえ。小官は、このことをお知らせするため、敵から逃れるのが精一杯で」

 分からないか……。


「ああ、ご苦労。下がって休むが良い」

「はっ!」


 さてどうする。

 実戦ならば……

 主軍団の機動力を上げるため、糧食の多くを分軍団に持たせていた。

 要するに、この状況は長続きしない。

 ……友軍がやられた恨みで、士気をギリギリ保っている内に撤退すべきだ。


 しかし、退くわけにはいかん。幸い、これは演習に過ぎんからな。


「陣形を再編するぞ!」


     ◇


 アレク軍団の部屋──


 第30ラウンド。そろそろ敵選手も分軍団がやられた伝令を受ける頃だろう。

 それで、敵は退く……わけはない、これは実戦ではないからな。


 今のところ我が軍は勝っている。

 ただし、我々斃した部隊──歩兵部隊と魔法部隊は大したコストが払われていなかった。ならば残存する部隊はそこそこ精強で、最大部隊数8から逆算すれば、まだ6部隊が残っている。

 兵数で言えば、我が軍団をまだ上回るだろう。つまり勝ち切ってはいないのだ。


 ならば、これからどうする。


 今は、15時少し前。時間切れまであと2時間余りだ。

 このまま決着が付かなくても、損耗率で判定勝ちを拾うことができるはずだが。

 そんなのは俺らしくない。軍馬の休養も十分とは言えないが……征くとするか。


     ◇


 審判本部──


「これは、正面衝突ですかな?!」

 ん?

 隣の監査員に話しかけられた。


「ああ、このまま行けば、そうなるでしょうね」


 北上する第1軍(参謀)は方陣。2列縦隊の6部隊。

 南下する第2軍(アレックス卿)は、再び魚鱗陣、1、2、3列の6部隊か。


 部隊数6、兵科は騎兵と同じだが、兵数が違う。第1軍は、900から700だ。しかし、アレックス卿の軍は、部隊にコストを掛ける余りに兵数が少ない。一律500だ。

 つまり第1軍は2部隊が斃されたといえども、全兵数で言えば4800。対する第2軍は3000。1.6倍もの差がある。

 もちろん勝利判定は、あくまで損耗率だ、兵数は関係ない。しかし、攻撃力と防御力には、残存戦力量が当然影響する。正面からぶつければ、まだ勝負は決していない。


「第33ラウンド、行軍による索敵、接触は有りませんでした!」


 ホールに審判員の声が響いた。


 さあ、もう指呼の距離だ。


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