169話 会敵
対戦者の部屋──
時刻は、もう2時(3時間経過)だ。
なぜだ。なぜ、会敵しない?
どこに行ったのだ、アレックス卿の軍団は? 裏を掻かれたか?
第28ラウンドまで進み、演習上の設定では、すでに2日目の昼近くになっている
それに、ここ5ラウンドくらい、時間が掛かっている。何か私が知らない場所で何かが起こっているとみるべきだ。
「伝令です!」
大きな声で、審判役が入ってきた。
「おお、何があった!」
「はい。報告します。第22ラウンド、つまり6ラウンド前に、分軍団は第2選手の軍団と遭遇しました」
「それで!」
「はっ。はい。索敵できた敵は騎兵2部隊でしたが、目前で回頭して逃げました」
むっ!
「なんだと? 逃げただと」
「はい。逃げました」
「それで?」
「移動速度もそれほど速くありませんので。第23ラウンドでは、ご指令書通り追跡を始めたはずですが、小官は軍団を離れましたので分かりかねます」
ちぃ……。思わず睨んでしまったが、彼に非は無い。
「ご苦労、指示を待って原隊に帰投せよ!」
「はっ!」
ふーむ。焦るな焦るな。まだ裏を掻かれたどうか、決まっては居ない。
我らを遣り過ごすしたのは、うまく行ったかもしれんが。分軍団が居るとは予想外だったのか?
アレックス卿の意図通りなら、なぜ逃げた?
歩兵より、騎兵の方が索敵範囲は広い。目線が高いからな。それが目前で回頭。
そうか、魔法部隊が嫌だった……? しかし、それ以外には……示威行動?
分からん。
分からんが、この状況を活かすべきだ。
「180度回頭進路を北北西へ!」
◇
アレク軍団の部屋──
時系列は少々遡った、午前11時半。第19ラウンドだ。
1ラウンド当たり5分程度か。なかなか良いペースだ。
まあ、会敵していればこうはいかない、行軍だけだからな。
覆面の審判役が入ってきた。
「伝令!」
来たか……
「報告します。第13ラウンドまで、我が分軍団は会敵せず。順調に北上しています」
よしよし。6ラウンド前までは無事か。
「ご苦労。その時点での位置は?」
「こちらです」
南北軸に頂点をもつ6角形のステージ。その西縦端の下角から少し北上したところだ。
うむ。予定通りだ。
想定される現在の分軍団場所を示す駒より、結構南だからな。
「他には」
伝令役は、メモを見る。おっ、途中で何か有ったな。
「第16ラウンドに、南進していく砂埃が見えました。場所はほぼ中央です」
南進していったか。この伝令は敵が通った後を見た、そう言う設定なわけだ。
「どのくらいの部隊数だ?」
「そっ、そこまでは分かりかねますが、かなり大きな土埃でしたので」
「わかった。下がって休め」
どうやら騎兵部隊が、おそらく4部隊以上だろう。
ならば、やはり敵の留守居部隊が、この辺りに居るはずだな。
演習ではもうすぐ日没時間だ。
第20ラウンド。
我が主軍団は北上を続けている。6角形の戦域の中央を通り抜け、北隅に向けて狭まる地域にも進入している。敵に分軍団が有るとすれば、いや有るに違いないが、そろそろ出会しても不思議ではない。
進行役が入ってきた。
「会敵、索敵共にありませんでした。第20ラウンドの戦闘フェーズは省略されます。部隊の行進を致します。第21ラウンドの行軍を封じ手にして下さい。昼食休憩に入ります」
ふう……。大して何もしていないが、少々疲れた。
ユリが持たせてくれた料理を食べることにしよう。前回は、昼前に終わったため、後で食べることになったが。
レダの入室は許されなかったので、料理が既に乗った皿をいくつか魔収納から取り出し、作戦卓とは違うテーブルに並べる。始める前にレダから渡されていたのだ。
そうか、レダも、どこかで食べているのだろうなあ。
あぁ……旨かったが、会議室で一人で食べさせられて……そうか。こっちに転生して来て以来、1人で食べることなんて無かったからな。屋敷ではメイド達が付いているし、学校や出先ではレダが付いているしな。
食事後。試合が再開した。
敵がこの辺りに居る。その予測は、当たっていた。
進行役の審判員が入ってきた。
「第21ラウンドですが、行軍中に敵を発見しました。第2フェーズです」
「詳細を!」
駒が戻される。
「はい。ここに、歩兵部隊。そして、その西に魔法部隊です。それぞれ兵力は700です。そして停止しています」
「魚鱗に陣形を再編成して停止。ラウンド終了だ」
魚鱗。部隊を△字状に並べる陣形だ。まあ3部隊で魚鱗と言うかは知らないが。
「はっ、はい!」
戦わないんですか? そう言う疑問が覆面を貫いて目が言っていたが
進行役は素早くメモすると、部屋を出て行った。
数分後。進行役が戻ってきた。
「第21ラウンドでは、先程申しましたように索敵はありましたが、会敵はありませんでした。戦闘フェーズは省略されます」
部隊の属性が更新されている。この時点で、両軍に被害はない。
敵の魔法部隊は、まだ6HEX先。こちらはまだ彼らの索敵範囲に入っていないはずだ。
「我が軍は、替え馬を実施する!」
替え馬とは、帯同してきた乗馬して馬に乗り換えることだ。ただし、フェーズを消費する。
「替え馬は実施されました。それでは第22ラウンドに移行します。行軍先をお願いします」
「こういう経路で行軍先はここだ」
一旦敵に近づき、方向を変えて遠ざかる。最後に西に4つ離れたHEXを指し示す。
「てっ、敵前回頭? まさか、逃げるのですか?」
「ああ、逃げる」
俺は口角を上げる。
第22ラウンド終了。
進行役が動かした敵の駒の行方を見る。良い子だ! ちゃんとこちらを見つけて付いてきている。
「そして、この地点に我が分軍団を発見しました。ここです」
主軍団より南に居る。お誂え向きだな。
行軍速度を落とす。
第23ラウンド。行軍フェーズ
進行役が何か言いたい顔だ。
「移動終了しました。会敵中です。このまま、ラウンドを終わりますか?」
「主軍団行軍のまま、魔法兵部隊に騎射だ!」
俺の6部隊は、騎兵隊でしかも、全てに弓を持たせてある。それが満を持して弓を射る。
「えっ? 後ろ向きになりますが」
そう。我らの主軍団は逃げて先行しているのだから、指示した敵魔法部隊は後方に居るだ。しかし、我が騎兵部隊の熟練度を限界まで上げたのは、正にこれを狙っていたのだ。
進行役は、部隊の熟練度を見ている。メモで計算している。
「かっ、可能……攻撃可能でした」
驚いた表情のまま、部屋を出て行く。
数分後、進行役と共に副将役と軍監役が部屋に入ってきた。このラウンドから合流するのだ。要するに分軍団が本軍団に近付いたので、再び俺の直接指揮下に戻ったのだ。
「こちらにいる分軍団も、敵魔法部隊に射かけました。都合敵の被害は敵魔法兵400減。敵魔法部隊は壊滅しました」
部隊は30%損耗すると、機能的に成り立たなくなるとされている。今回は兵数700の所400がいきなり減った。分軍団が、伏兵となり攻撃を受けたのと、後方騎射を受けたのが効いたのだろう。
そして、兵数半数以下となったため壊滅となったわけだ。
「対して友軍の被害はありません」
そうだろう。歩兵はともかく、移動中に魔法兵は攻撃できない、そう言う設定だ。射程が長く、攻撃力も高く、移動力も歩兵並以上にある魔法兵の大きい弱点の一つだ。止まっていなければ魔法を撃つ集中力が得られにくい。それは現実でもその通りだ。
「ご苦労だった!」
「いえ。驚きました。あんなにうまく行くとは。外縁を回り込む時、分軍団が攻められた時は同じことをやれと指令を受けて居たわけですが。こうなると自分の手でやってみたかったですな」
「ダル……うぅぅん。副将! それ以上の言動は……軍監として見逃せませんぞ」
副将役は、掌を上に向けてやれやれという仕草だ。
「アレックス卿、指揮権をお返しします」
「演習盤でうまく行っても、戦場では分からないがな。次ラウンドで歩兵部隊を掃討するぞ!」
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