164話 当日談
「失礼致します。宰相閣下、お呼びだそうで」
宰相執務室に、四十絡みの男が入ってきた。
ストラーダ候は、ソファに座ったまま手で挨拶を返す。
「ああ、アトリウス。やっぱり登庁していたか。ああ、こちらはアレックス卿だ」
「初めまして。会計検査院の主幹をやっております」
「アレックス・サーペントです。我が審議室の検査の折りは、お手柔らかに」
「ははは。そうは参りません。それで、閣下。どんなご用件でしょうか。
「さあ、知らぬ。呼んで欲しいと言ったのは、彼だ」
閣下とアトリウスが俺の方を向いた。
「そうですね。どこかしっかりとした床の広い部屋で、人の来ない所はないですか?」
「どうだ?」
「うーん。そうですね。物納用倉庫で開いている建屋がありますが。そこでいかがですか」
「閣下もご足労戴けますか?」
「ああ、いいが。高いぞ!」
閣下は、時々見せる人の悪そうな表情で笑っている。
10分後。王城の外郭に回って殺風景な煉瓦建ての平屋に入った。
壁際の魔法灯が煌々と照らす空間。
「うーん。冷えるな」
「すみません。倉庫なので火気厳禁です」
「ああ、大丈夫だ、コートを着込んできて良かったな。とは言え、あまり長居はしたくないのだがな。アレックス卿」
「はい。では」
煉瓦を漆喰で塗り込めた床の上に、俺はある物を出庫した。
「こっ、これは、なんだ?」
銀白色の金属塊を井桁に組んで積み上げた、高さ2m程の小山が現れた。
「ミスリルの純度99.9999です」
「ミスリルだと!」
「それ一つで100kg程在ります」
ふーむ。ストラーダ候の眉間に皺が寄る。
「審議官殿。これは、どの程度の量が」
「ここに出したのは、20tonです」
「お待ち下さい。1kgの時価は……15デクスとして、全部で30万デクスですか。ふーむ。結構な財産ですな」
ほう。これで俺の子爵の俸給3年分の価値か。
「ちなみに、これはどういう素性の物なのですか」
「本日、午前に魔人認定の検証会がカルマーン演習場でありまして。その課題を達成する過程でこれを手に入れました」
やっぱりかと閣下は、吐き出した。
「手に入れたと言うのは? もう少し詳しくお教え下さい」
「バシレウス岩塊と岩を壊せという課題で、それを分解した時に出てきた物です。さっき言い掛けましたが、まだ他に沢山あります」
「なるほど。それは、お気の毒です」
「ん?」
「軍の演習地は、国有地です。そこから産出された物とすれば、それは国の財産。つまり私どもに御返納戴く必要があります。別にあるものも全てです。もちろんそうされますよね? ええと。その検証会は、公務ですか? 公務であれば何も有りませんが、私事であれば、産出および精製に通常であれば費用が掛かりますから、これについては、財務省歳入庁とご協議戴ければと存じます」
一気に捲し立てたな。
「それ、なんだが……」
「閣下、いかがされました」
冴えない表情に、主幹が聞き返す。
「うーむ。ミスリルは、全てアレックス卿の物だ!」
「なんですと?」
「バシレウス岩塊については、魔人認定の検証に際して壊すことになるため、事前に彼に無償で譲渡した。まさか、ミスリルがそこまで含有されているとは、誰も知らなかったからな」
アトリウスは小刻みに首を振った。
「ふーーむ。分かりました。しかしながら、譲渡の正当性を記録するため。審議官殿、全体の量をお教え願いますか?」
「ああ。11500ton強だ」
「なんと、ここに出した分の500倍以上も……それは巨額ですな」
「はぁぁぁ。まあでも、卿がやらなければミスリルも出てこなかったわけだからな」
「ざっと1億7350万デクスになりますね。相場が変わらなければですが」
「ああ、閣下」
「なんだ? アレックス卿」
「ミスリル。いえ、産出物は大部分お返しします」
「なっ、なんだと」
「まあ、先程のアトリウス殿が言われた経費分位は戴きたく存じますが」
閣下は目を見開いた。
「貴公、気は確かか?」
「ええ、確かだと思います。元は国の物ですし。私は政府代理人ですから」
「1億7千万デクスなのだぞ!」
「閣下。冷静に願います。アレックス卿。私の私見ですが、一般に採掘業者の取り分は5割程度です。ただそれほど時間も掛かってはいないので、幾分割り引いて戴きたいところですが。逆に精製も済ませて戴いているので、それを考えれば余り変わらない気がします」
「確か無償譲渡で利益を得た場合は、課税されますよね」
「はい。分離課税かつ累進税率……この場合は、最高税率4割が課税されます。時価で評価し、経費は認められますが……」
「分かりました。私の取り分は5割とし。さらにその4割を物納で納税することにしましょう」
「待て、アレックス卿! それでは国の取り分は都合7割ではないか。良いのか」
──ええぇ。ちょっとアレク!
[あまり、欲を掻くな。5千万デクスも入れば十分だ]
「はい。結構です。閣下」
「ふっ。わかった。では、私もやるべきことやるとしよう」
それは? と、訊きたかったが、閣下は目を瞑って頭を振っていたので、言い出せなかった。
「で、この先どうすればいいかな」
「余りにも大量にありますので、後日財務省担当と話しまして、お引き渡し戴く日を決めたく」
「わかった」
「ところでアレックス卿」
「なんですか? 閣下」
「その1万ton余りのミスリルはどこに置いてあるのだ?」
「私の魔収納に入っていますが」
「ははは、冗談はよせ!」
冗談ではないが。
「それはともかく、この件は暫く、関係者以外には箝口令を敷いて戴くと助かります。特に軍関係は」
3日後、会計検査院と財務省との合同監査会に出席し、ミスリルの返納と納税を実施した。手元には3500ton余りのミスリルが残った。
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