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154話 成り上がり者

 復活祭の参賀が終わった。自爆テロは危ういところだったが、まあなんとかなった。

 お袋さん達と共に本館へ戻り、爺様が待つという第4応接室へ向かう。


 ここか。

 この廊下は通ったことがあるが、この部屋は入ったことないな。


──知ってはいたけど、私も入るのは初めて。


 ふーん。そうなのか……。ノックして扉を開ける。

 アンが付いてきた。


「アレックス、参りました」


「ああぁ。アレックスちゃん、もう大丈夫なの?」

 ソファからお婆様が立ち上がりかける。眉が下がって凄く心配そうだ。愛称もちゃんになっているし。


 その奥には爺様と従者に、本館メイドが3人侍っていた。

「ああ、お婆様。そのままで居て下さい。すぐそちらに参ります」

 大股で近寄る。


「ご心配を掛けました。魔力を一気に使ったものですから、少し反動が出ただけで……もう、何でもありません」

「そうなの? あなたが、ばったり倒れた時は、本当にびっくりしたのよ。でも、この人が、大丈夫というものだから。少し、安心していたのだけど」


「お婆様。申し訳ありません」

「いいのよ。私達を助けてくれたのでしょう。でも、少し前まで病人だったのだから……」

「はい。何事に拠らず慎重に行動します」


 ん?


「失礼ですが。大奥様」

 アンがお婆様に声を掛けた。


「何ですか?」

「奥様が、恐れながら大奥様にお越し戴きたいと」

「セシリアさんが? なんでしょうねえ……分かりました。参りましょう」

「ご案内致します」


 俺が軽く会釈すると、お婆様はアンとメイドに伴われて応接を出て行かれた。


「んん。アレックスと話がある。そなた達は外せ」


 爺様に命ぜられて、従者とメイドも居なくなった。


「アンとお爺様はどういう繋がりなのです?」

 御爺様がアンに目配せした直後に、お婆様に話しかけるお袋さんが呼んでいると言い出した。おそらく嘘だな。


「ふん。そのような事どうでも良いわ……」

 答えないつもりか。大凡の想像は付いているが。


「……それにしても、エウリアも見る目がない」

「はっ?」

 お婆様が?


「殺したとしても、地獄からでさえ舞い戻りそうな男を、心配するだけ無駄というものなのだがな。ははは……」


 まあ、否定はしないが。


「お褒めに預かり恐縮です」

「で? 前にも襲われたと聞いているが?」

「はあ……はい。学園の演習林とか、この前はゼルクスでしたか」

 正直、演習は大分前だし、ゼルクスは全く歯ごたえがなかったからな。その後のエルフの試練の洞穴の方が印象深くて、忘れかけてる。


「ゼルクスと言えば海軍工廠にでも行ったのか。完全に狙われているな。そして今日か」

「はあ、皆様を巻き添えにしてしまい、申し訳ありません」


 爺様は、ギロッと俺を睨む。

「アレだけ派手にやっておるからな、狙われるのも仕方ないな」

 はあ? 派手にやっているつもりは全くないのだが。


「まあ、我が家系でなければ、ここまで狙われることもないだろうしな」

「それは、サーペント家が成り上がりということですか?」


 曾爺様さんの功績と、この爺様のお陰で今のサーペント伯爵家がある。

 しかし、それはルーデシア王国500年の歴史から見れば、ほんの最近のことだ。古来の貴族から見れば新入りの成り上がりと見られている。ただ爺様が政治家だったこともあり、知り合いが多い上級貴族には却ってわだかまりが少ない。


「あとは、儂に対する反感が残っているのだろう」

「そうでしょうね」


 政府代理人を始めてすぐ、ふざけた陳情に来た年配の伯爵をすげなく追い返そうとした時に、流石は狐の孫、やり口がよく似ていると捨て台詞を吐かれたことがあった。

 誹謗に頭が来たわけではないが、やり口がというのが気になって、少し調べてみたのだ。


 この爺様は経済に強かったそうで。新進の政治家と官僚と共に、先代王肝煎りの元、規制改革と税制改革を容赦なくやったようだ。

 割を食ったのは、一部の大貴族と同じく一部の子爵以下の貴族らしい。


 大貴族の方は、企業に土地所有や専業の縮小、構成人員の上限撤廃などで、収入源が減った。子爵以下の領地を持たない貴族は、納税義務が皆無だったが、庶民のみが対象だった消費税を適用された。もちろん普通の消費も負担は負担だが、他人の消費を貴族が代行することで旧消費税を逃れ、見返りとして手数料を取っていたのだが、それができなくなったのだ。

 それで、国庫は潤いかなり財政は再建されたそうだ。

 サーペント辺境伯領は、曾爺様の頃には港町セルビエンテとサーペンタニア付近だけだったが、爺様の功績で倍増し今のセルレアン全体に広がった。


 それから30年以上経っているが、未だに我が家が成り上がりと疎まれるのは、そのやっかみもあるだろうし……貴族の不正を是正の首謀者は当時の国王だったが、憎しみは論理ではなく、理不尽な偏り方をする。その辺りは狐と呼ばれた、この爺様に責任が皆無ということはないだろうが。


「ふん。お主が狙われる責任が、儂にもあるからなあ。この爺にもできることをやってみみせよう。殴られたら、殴り返すのが我が家の流儀だからな」

 

 何をする気だ、この爺様は? 親父さんの何十倍か黒そうだから……。


「なんだ、反対しないのか? まあ孫に言われたとしても、好きにやるが」

「孫?」


「うむ。認めよう。そなたは少なくとも家族を、そして兵達を守り切った。よくぞやった! 我が一族に違いない」


 はあ……。


「あの魔女の係累の娘は、よくはやってくれたが、あれだけでは防ぎ切れなかったのだろう?」


 相変わらず鋭いな。


「お爺様に、お認め戴き光栄です」

「ふん。調子に乗るな……さてガイウスも待っておろう。行くが良い」

「はっ」


 胸に手を当て略礼すると、第4応接を辞した。後から聞いたところによると、この部屋は、爺様の執務室だったそうだ。


 さて、親父さんは……やはり西郭の辺境伯軍本部に居るようだ。感知魔法が教えてくれた。さて行くか。


    ◇


「アレックス様がおいでになりました」

「ああ。入れ」

 親父さんの声が中から聞こえた。


 中に入ると、先生も居た。

 大勢で、作戦卓と呼ばれる大型のテーブルを囲んでいる。普段はセルレアン領の地図が広げられているが、今は。


「アレックス殿……大丈夫そうだな」

「はっ!」


「うむ。よくやってくれた。ランゼ殿」

「んん?」

従妹殿レダと言い、アレックス殿の育成といい、改めて感謝申し上げる」


 先生は、親父さんを見て、俺を視た。

「まあ、レダはともかく。アレックス殿の対応は褒めるべきだろうな」


 おっ?


「これが……」

 そう言って、テーブルの真ん中に鎮座した、霜がびっしりと覆った白い球体を指差す。

「……破裂しておれば、これを魔収納から取り出した者と、制止した者も命はなかった」


「御曹司。御礼申し上げます! それと、衛兵にあるまじき暴挙。申し訳ありませんでした」

 タウロス将軍が軍礼を俺に捧げた。

「それは、私も同罪にございます。御曹司、申し訳ありません」

 軍政責任者のイヴァンも胸に手を当てた。


「アレックス殿。それについては、下手人である少尉のドートレスが、軍監殿の強い推薦で一月程前に着任した者であったのでな。状況を鑑みて3ヶ月の減俸とした。それでよろしいな」


 軍監……か。それはともかく。


「無論です、父上」

 両名を罰しては、確実に存在する自爆テロの黒幕の狙いの一端に乗ることになる。

「本人と軍監殿は、別途尋問しておる」

「わかりました」


「まあ、それよりもだ!」

 先生が遮る。


「この魔道具はなかなかの物だ。先程言った物理攻撃の他、魔力の衝撃波を発して、魔法師の機能に障害を負わせる機能を持っておった。アレク殿が魔力を持って封じ込めねば、あそこにおった魔法師……まあ、アレク殿は大丈夫であったろうが、それ以外はな」


──やっぱり、ヤバかったんだねぇ


 そりゃあそうだろう。


「ランゼ殿、それ以外の者はどうなっておりましたか?」

「良くてで一時的、場合によっては一生魔法が使えなくなっていたかも知れぬ。アレク殿が、それをどこまで察したかは分からぬが、そうだな千人の魔法師が1年に消費する魔力を、一瞬で使ったわけだ」


 うううむ。

 魔力の件は、誇る気にもならない。

 ほとんどは俺は発した魔力自体を集約するために使った、ゴリゴリの力業というか、効率が悪すぎる行為だったからな。もっと一瞬の判断力と魔法の発動速度を磨かないとだめだ。それにしても、レダはともかく、カレンはヤバかっただろうな。


 千人が1年……。誰かが呟いた。


「と、言うことは」

「そのような魔道具がおいそれと入手できるものではない。この黒幕は厄介な相手であろうな」


「わかりました。王国政府にしかと通報致します」

「そうだな、それについてはヴァドー師を頼るとよかろう。それから、ハイドラ候爵も利用するのだ」

「ですな」


 軍監は、親父さんの部下ではない。

 王国軍参謀本部査察部付だ。よって直接処分を与えることはできない。

 自爆テロ犯ドートレスと共に任を解かれた軍監達が、王都に召喚されたと聞いたのは、それから3日後だった。

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2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)

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