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135話 試練開始

 エルフのデルヌ領に来て1日目。

 基本菜食主義者と聞いていたので、晩餐は余り期待していなかった。が、精進料理に通じる美食に出会った。その日何度目かのエリーカ姫のどや顔を見せられたが、米飯と納豆が出てきたときは感謝すら憶えた。


 あまり食べ物の種類には拘りがないし、ユリが作ってくれる料理はみんな美味い。だから、この世界に来てから、ほぼ不満を持ったことはない。

 が、出てきてみれば、米飯は良いよなと思う。


 それから、きっちりレダとは別部屋にさせられた。

 だから珍しく独り寝だ。そうなるとうるさい奴が居る。無論もう1人の人格、アレックスだ。

 試練ってなんだろうね? 怖いことじゃないかな? かなり鬱陶しかったが、30分続いたところで、威圧して黙らせて寝た。


 2日目。

 エルフは、1日2食が習慣だそうで、朝食はない。

 事前に聞いていたので、持ってきたユリ特製のサンドイッチを食べて待っていると、試練の準備ができたとのことで、地下の部屋に移動した。

 壁に扉が見えるが、その前に供物が盛られた祭壇のような物が見える


「やあ、アレックス卿。おはよう」

「おはようございます。姫様」

 そうだ! お辞儀、お辞儀。


「ふむ。アレックス卿のお辞儀は堂に入っているな。尻が後に出ず、姿勢が綺麗だ」

「ああ、練習しました」


 したのは前世のガキの頃。場所は拳法道場だが。


──そう言えば1年前に、跪礼がなってないって、先生の電撃喰らっていたよね。


 はいはい。今では良い思い出に……なってないって!


「ああ、済まない。時間もあまりない。フィリアス、試練について説明してくれ」


 貫頭衣というのだろう。それを着込んだ神官らしき男が進み出る。

 

「姫殿下。いつもながら麗しい……」

「我々は十分待った。手早く頼むぞ!」

 どうやら、準備はこの男が実施していたようだ。


「あっ、はい。試練と申すは、慈しみ深く、燦然たる大母神様の金甌無欠たる英知を身を以て知る場所にございます」


 恍惚の表情でしゃべり始めたフィリアスに、姫の射貫くような視線が刺さっていたが。ようやく気が付いたようだ。


「うぅむ。試練とは、あそこに見える、扉より母神様の胎内に入り、突き当たりの祭壇にある、光の珠を持って帰ってくることです。ただし、入って1日を超えた場合、もしくは試練を受ける者が行動不能になると、排除されてこの扉前まで戻ってしまうことをお忘れ無く」


「はい」

「私も入ったことがあるが、まあ普通の場所では無いぞ」


「大母神様はエルフ以外を、いえ異教徒の覚え目出度くはございません。できますればお止め……ああ、申し訳ありませぬ」

 ザルタンが躙り寄ったので、神官は言い掛けた言葉を一旦飲み込んだ。


「そっ、それから、大事なことですが。試練を受ける物には、この腕輪を嵌めて戴きます」


 差し出されたのは、葛の蔓が捻れた輪だ。蒼い宝玉らしき物が填まっている。


「悪しき魔法を使われますと珠が弾け、その場合も排除されます」

「悪しき魔法とは?」


 質問したら神官に睨まれた。

「悪しき魔法とは、大母神様の御心に適わぬ魔法にござります」

「簡単に言えば、他者を攻撃する魔法だ。アレックス卿」


 なるほど。逆に言えば、攻撃が必要な状況になるわけだ。魔獣相当が襲ってくる可能性が高いな。しかしそれでも攻撃魔法は使えないと。そういう縛りプレイなのだな。


「ホホホ……。そう言えば、姫殿下は1度排除されましたなぁ……」

 そこまで喋って、神官が恐怖に戦いた。


「フィリアス、それは誰かと勘違いして居るな、なあ!」

「あっ、ああ。左様、勘違いにございました……失礼致しました」


 やはり、エリーカ姫は攻撃魔法も使えるに違いない。いけ好かない神官だが、少しは役に立ったな。


「あれだ、攻撃魔法以外もだ。魔力を1度に多く使えば、その宝玉が赤に変わってゆく。真紅となれば宝玉が崩れる前触れと心得るが良かろう」

「分かりました」


「食料は持たれたか?」

「こちらに」

 レダから、布包みと水筒らしき竹のような筒を受け取る。


「では、フィリアス。始めよ!」

「はっ」

 神官は、祭壇を横にずらすと扉を開けた。

 洞窟と見える横穴がある。

 しかし、神官が祝詞を上げつつ、房の付いた杖を降り始めると、周囲から仄かに光り始め、入り口を膜のように塞ぐ。


 あれは……。


「征かれよ! アレックス卿」

「では、行って参ります」


 不吉にしか見えない、とば口へ駆け込んだ。


 数歩進んで、あまりの生臭さに数十mで足が止まる。


──臭い! 臭い! 臭い!


 やかましいな! 分かったよ。嗅覚…………カットしようと思ったが、やめる。


──えーー、なんで?


[迂闊に魔力を使うと、まずいだろう!]


──もう、いや!


 ややアレックスの意識が遠のいた。肉体とのリンクを弱めて匂いに対処しようということだろう。まあいい。最低限は繋げているようだから、必要があれば呼び出せる。


 それにしても。

 振り返れば、今抜けてきた入り口は、まだ見えるが、先は薄暗く見通しは利かない。パッシブな感知も視界と変わらない。

 やっぱり、ここは亜空間だ。


 腕を通した輪の宝玉は、この暗さの所為か、僅かに赤味掛かって見える。線形リニアな指標なら、さほど許容される魔力は高くないだろう。

 とは言え、腕力勝負が苦手そうな姫が、達成できたのだ。まあ、何か裏が有りそうだが、取り敢えず気を付けよう。


 オーガが出るか、アスプが出るか。

 腹括っていくぞ。


 再び走り出す。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 行ってしまわれた。

 冥い試練の洞穴を見た。

 なんだかすぐに、アレク様が笑顔で戻って来られる気がする。


 私も付いて行きたかった。

 が、これは試練だ。そういう訳には行かない。


 フィリアスと呼ばれていた神官は、恭しくお辞儀すると、退がって行った。


「では、レダ殿!」

「はい。姫様」


「試練達成には、時間が掛かる。まずは別室に行って、茶でもどうか?」

 笑顔で誘われる……だが。


「あのう。できますれば、私は、この部屋に居させて戴きたいのですが」

「いや。この部屋は、まあ地下室にしては、湿気も少なく、まだそれほど寒くはないが……本当に時間が掛かるぞ。私の時はだなぁ……2回目だが、3時間かかったらしい」

 らしい?


「だからな、主人たるアレックス卿に忠誠を尽くす気持ちは分からないでも無いが」


「申し訳ありません。エリーカ様に置かれましては、何かとお忙しいと存じますので。私のみで結構でございます。どうかこちらで……」


 ふーむと息を吐いた姫様は、腰に手を当てる。


「さてさて。アレックス卿も罪作りな男だな。このような可愛い女子を心配させるとは」

「いいえ。心配などしておりません。これは私のわがままです。ただ、ここでお待ちしたいだけです」


 姫様は、軽く首を振ると、何度か肯いた。


「ターセル。ここに椅子と卓を持て。ああ。茶も、ここで喫す。急げ!」

 若い従卒が、小走りで広間を出て行った。


 数分で運び込まれ、姫様に呼ばれる。

 お茶は、パトリシアさんが淹れてくれた。


「では、罪作りな男の話でもしようか!」

「ありがとうございます」


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訂正履歴

2025/09/21 カーテシーの表記削除 (コペルHSさん ありがとうございます)

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