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130話 エンドミル魔法

 政府、カッシウスと我が家の合意がなってから閣議があり、正式に政府からの出資が決まった。異例の速さだ。ストラーダ宰相閣下の政治力の高さが窺える。

 翌日、再び王宮に呼びつけられ、政府代理人、特別審議官に任命された。前世で言えば国家公務員相当だ。なんだかなぁ。


 あと、宰相府内に個室を宛がわれ、部下も4人付いた。1人目は、財務畑で40歳代のガレス。細身で小さい眼鏡をしている。2人目は、法務畑で30代のエレック。背が低いが厚みのある身体で、声が高い。3人目は、雑務系で若手……と言っても20代後半だが、赤毛のボース。


 最後の4人目は。秘書官のレダだ。

 名付けて宰相府新技術事業審議室。宰相直属の組織だ。


 もう一日学園を休んで、宰相府内の主な局長クラスの人を挨拶回りした。まあ概ね好評で良かった。

 翌日は、学園に登園したが、昼からは、専門科に出ることもなく、学園長と面談した。事情を説明すると共に、ストラーダ閣下と老師からの書状を渡した。


『若くして責任を持たされるのは大変ですが,大貴族ともなられる方には避けがたい責務なのでしょう。まして、アレックス卿なれば、女生徒を始めとして世の人々も放っては置かないでしょう。大変残念ではありますが……』


 そう言って俺とレダは、午後の専門科授業について自由参加を認めて貰った。

 結果として、午後は出ても出なくても単位は取れ、卒業に支障がなくなった。あと、職務と届け出れば、午前の学業の方も公休扱いとなる。短時間で良く決まったなと思ったが、50年程前に前例が有ったそうだ。

 まあ、老師様には逆らえませんと愚痴っていたが……。


 何となく、もう学園に行かなくても良いんじゃないか? 位の勢いだが、お袋さんが悲しむので、午前はできるだけ登園しようと思う。まあ専門科の方は、今までも持て余されていたし。


     ◇


「政府代理人はいかがですか? アレク様」


 新製鉄所建設予定地を見下ろす小高い丘で、横に並んだカッシウスが呟いた。

 カッシウスは貴族も嫌いだが、役人も好きではないらしいからな。俺が役人になったのが気に入らないのかも知れない。


「実感は無いな。まあ俺は俺だ。政府の代理人になったと言っても、やることを変える気はない」

「ふふふ……そうでしょうとも」

「んん? 俺は何かおかしいことを言ったか? カッシウス」


「いいえ。如何にもアレク様らしいです。とは言え、審議官と言えば、宰相府でも……5番目の役職ですからね」


 5番目なあ。

 ルーデシアの行政は、次官、次官補、官房長、局長、審議官だ。

 確かに5番目だな。

 人数にしても、俺の上は10人ぐらいのはずだ。しかし、俺は生え抜き(プロパー)じゃない。製鋼が軌道に乗れば退官することになるだろうし、皆もそう思っているだろう。

 それにしても官僚組織は、前世さながらに整備されている。数代前から歴代の王が貴族の力を削ぐために、官僚制度を整備したと聞いている。ルーデシアだけではなく各国の流行だったわけだが。


「お忙しくなりますなあ。少し心配です」


 ……ああ、そういうことか。


「まあ、ストラーダ候や学園には配慮戴いている。問題ない」


 そんなことよりもだ。


「今日は、ここが本当に新工場建設地として相応しいか、最終判断して貰うために、このラトバタ村一帯が見えるに来たわけだが。どうだ?」


 この場所が気に入ったかどうか,言って貰いたいものだ。


 ミュケーネ川の河岸段丘。

 感知魔法に拠れば、幅3kmで川に沿って10km程のだだっ広い土地が有る。一番低い場所は川面と余り変わらず、数mごとに高くなる段丘だ。低い草があるばかりで、建物もなければ、耕作地もない。下段に行く程、所々白い土壌が見える位が特徴だ。

 敢えて言えば、荒れ地だ。 


「そうですね。3年前に来てから変わっていませんね」


 むっ!


「来たことがあるのか?」

「もちろんです。アレク様。我が社の命運を懸ける土地を見ることなく、仮とは言え契約を結ぶわけはありません」


 道理だ。物わかりが良いとは思ったが。そういうことか。


「ええ、気持ちは変わりません。ここで良かろうと存じます」

「ここ()……か?」


「はは、まあそうです。王都から比較的近く、炭鉱か鉄鉱山の近辺で、これだけの広さの土地は他にはないでしょうから。さりながら、普通の工場ならばともかく、製鉄所を建てるとなれば、ここは造成と整地がまだ不十分ですね。このように段々と細切れになっている土地では、まともな建設はできません。もっとまとまった区画が必要です」


「そうだな。高炉と脱炭工程だけなら、最悪細切れの平地に置けば良いが……圧延工程はそうはいかんだろうからな」


 カッシウスは、ギロッとこっちを睨んだ。


「アレク様は……前から思っていたのですが、まるで将来有るべき現場を見たことがあるように仰いますな」


 ああ、見たことあるさ。

 赤熱する鉄の帯が、500m以上もある建屋のローラの上を何度も行ったり来たりして、徐々に薄くなりながら伸ばされていく様子、熱間圧延工程。


 焼けた鉄は結構見学順路から離れているのに、通り過ぎる度、放射熱を受けて熱いんだよな。


「そんなことはないけどな」

 有るとは言えない。


「ええ、分かっています。リプケン社にすらありませんからね。しかし、この前から話し合っている理想の製造工程を入れるには……先が思いやられます」


 前世で見た、あれだけの広さの建屋を建設するには、もっとまとまった平面の土地を造る必要があるな。それを今からこの世界にある技術、ゴーレムを駆使してやったとしても。金はともかく時間が掛かる。


 いや──


 風はこちらから川に向けた西風。


「レダ。何かあったら、カッシウスと彼らを頼むぞ」

「はあぁ。それでアレク様は?」

「ああ、ちょっと行ってくる。ああ耳を押さえていると良い」


 ─ 翔凰アルコン ─


 高さ10mまで舞い上がり、カッシウス達に手を振った。


 上級感知魔法の範囲を広げるだけ広げる。

 遮る物がないからだろう、前半球10km情報が流れ込んでくる。標高差最大25m。 地下構造も表面に見えて居た白っぽい石灰岩が、地下100m程まで続いている。


 手間が省けそうだ。


† アーーーーーーーーーー † ─ 遍照金剛(オンバジュラダトバン) ─


 最大展開──

 金色の球体光が、瞬時に俺を中心として半径300m大にまで広がる。


[やるぞ!]


──うん!


 翔凰を制御しつつ、地面すれすれに、そして上流から下流へ川に平行に飛行。


 金剛波連続剥離──


 光球から、薄皮が捲れるように光の壁が、川へ向かって放つ。


 グゴゴゴ……ガガガガガガガ…………。

 耳を劈く轟音が響き渡る。


 魔導周波数を調整した光壁は、大地に食い込んで石灰岩を削り、猛烈な土埃を上げつつラッセルしていく。


 それは一条に非ず。

 2波、3波…………、無数に連ね、光の刃が斜進陣の如く、次々と川に向かっていく。

 しかも、壁は進行方向に斜めだ。魚鱗のように重なり、続けざまに大地を削り取っていく。

 感知魔法に拠れば、ほとんどの場所では大地を削り、凹んだ部分では削り取った土が埋める。

 うまく行っている。


 無論、事前にシミュレーションはした。

 真っ直ぐ削り押せば、川でドン詰まったときに、削った土砂で堤防が築かれてしまう。この世界の製鉄には水利が必要だ。ならば敷地と川を隔離するのは愚策だ。


 ならばどうすれば良いか?

 土を斜めに押せば良いのだ。

 余った土は、川にも近付くが下流側にも押し込まれていく。


 予定地の端まで来た。

 概ねうまく行ったが、まだまだ。最終的な高さまで一気削ることもできなくは無いが、それでは、壁から土が溢れるだろう。したがって、削る高さは、数度に分けた。

 再度上流端にとって返し、この重労働をさらに2度繰り返した。


     ◇


 はあ、はあ、はぁ…………。流石に疲れた。


 魔力は一旦2割ほど減ったが、どんどん上限値に向けて自然補充されていく。

 人間離れしてるなあ、我ながら。


──そりゃあ、竜だし。


 まあな。

 遍照金剛を解除した俺は、削り取られた地面に降り立つ。


 ふう。

 悪くない。

 触ってみた地面は、研磨したように滑らかな岩盤だ。

 これなら硬化魔法を使うまでもないだろう。それが、工場の敷地分広がり、少し遠くは陽光を鏡面のように照り返している。


[できたな! アレックス]


──いやあ、削りも削ったりってところだね。鉋で削ったみたい。


 この世界にも鉋があるのか? と思った瞬間に前世とは違う鉋のイメージが浮かんだ。

 が、まあこの魔法は、鉋というより、エンドミル(※)に近い。


 さて、戻ろう。

 再び翔凰で、レダ達が居る高台に移動する。


 カッシウスと随行が地面にへたり込んでいた。

 降り立って近づくと、カッシウスが、俺を指差しながら、じたばたと退く。


「どうしたんだ?」

 案外失礼なヤツだな。


「あ、アレク様ですか? 本当に?」

「はあ? アレックス・サーペント以外の誰に見えるんだ?」


「カッシウス殿。ご安心下さい。あれは正真正銘アレク様です。悪魔とか化け物の類いではありません。私が保証します」


 おいおい……。


「そっ、そうですか。ああ。済みません。動揺しました」

「いえ。無理はないかと」


「はっ、はい。レダさん。ありがとうございます…………それで、何をされたんですか? アレク様」

「見ていたんだろう?」


「見ましたが、理解できないので、お聞きしています」

「じゃあ、近くで見てみると良い」


 うわぁーーーーーと叫ぶカッシウスの手を握り、宙を飛んだ。無論反対の手はレダの手を握っている。数秒で建設予定地に着地した。


 またカッシウスは、へたり込んだ。

「あっ、あのう。飛ぶときは先に仰って戴けますか? 漏らさなかった自分を褒めたいぐらいです」

「いやあ。言ったら、断ると思って」


「分かっていらっしゃるなら止めて下さい。でも驚きが重なって多少落ちつきました」

「そうか。それは良かった」


「腰は抜けたままですが……。それはともかく。地面がつるつるですね。魔法で造成と整地をしたと……しかも熱く、もなっていない」


「ああ。摩擦はなかったってことだ。魔法は便利だな」

「いやぁ。便利とか、そういう次元の問題じゃ……それに真っ平らなんですが。どれぐらいの広さがあるんですか?」


 感知魔法を再び最大展開する。

 

「広さか。3km×8kmってとこだ。標高差は……」

 標高差最大200m……?


 ああ、あそこも入っているのか。

 下流端の川沿いに、ちょっとした小山ができていた。こちら側は断崖絶壁になっている。そこを除外すると、


「平面度は2cm位だな」

「ははは……もう。建屋工事に移れますね。ものの数分で、やってしまわれるとは。以前から知っているつもりでしたが。改めてとんでもない方だったんですね……聖サーペント様の伝説が実話だったとは」


 すぐ横で、レダがうんうん頷く。どや顔だ。


「さて。政府からの金は、最短で2ヶ月後から出せる。建屋の設計を急いでくれ」

※エンドミル:ドリルに似た刃先形状が異なる刃物工具。フライスやマシニングセンターで使用する。回転させるとドリルと同じの軸方向のみならず、その垂直方向も削れる。加工物に回転させて食い込ませつつ、筆のように動かすと、運筆の軌跡に沿ってエンドミルの直径の溝幅で削ることができる。



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