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129話 毒を以て毒を制す

 ストラーダ宰相閣下の執務室での会談は続く。


「話が横道に逸れたが、借款に戻そう。投資の1/3と発言したそうだが、そちらで用意できるのは、5000万デスクぐらいか?」


 背筋に冷たい物が走る。


「ご明察にございます」

「そうか……随分貯め込んだものだな」

 閣下は、ダイモスの方を見遣る。


 確かに。前世なら700億円ぐらいだからな。


「はあ。ウチには優秀な金庫番が居りまして」

 ダイモスの額から汗が吹き出している。


「それは、良いとして。サーペント家は、先代、先々代と事業を成功させている家ゆえ、今回も堅いと見て、訳も分からず勝ち馬に乗りたい者が押し寄せるであろうよ。ただそなた達が資本の半分を確保できず、それらが多くを占めれば、有象無象の発言力が強まる。より短期の成果を強く求められよう」


 むぅぅ。そこまでは思い至っていなかった。

 ウチの家がやる気を見せれば、投資集めがはかどるだろう。そこまでしか考えていなかった。


「はい。考えが足りませんでした」

 左胸に手を当て、謝意を表する。


「アレックス様」

 ダイモスが思わず声を出した。


「ふふっ。素直が美点となるのは、若者の特権だな。羨ましい限りだ……そうは言っても時の砂は戻りしない。年寄りは年寄りの仕事をしないとな」

「はあ……」


「そこでだ。宰相府で謀った結果がまとまった」

 早!


「承ります」

「借款の件、結論から言えば、政府としては認めない」


 認めない! ……厳しくなったなあ。資金集めの困難さを思いやる。


「なぜ駄目かというと、製鉄業は大産業に発展する可能性が高いからな。カッシウス製鉄とサーペント家が力を持ち過ぎるという意見が大勢でな」


 むう、そういう話か。俺は努めて冷静を心掛けたつもりだったが。


「そんな顔をするな、アレックス卿。話はそれで終わりではない」

「と、仰いますと?」

「借款は駄目だが、出資はさせて貰う」

 ん?


「出資?」

「ああ、出資の結果、儲けが出れば配当は貰うが、損をしてもカッシウス製鉄に責を問わぬ。その代わり……」


「その代わり?」

「経営には関与させて貰う」


 そういうことか。金も出すが口も出す。

 単に金の貸し借りではなく、製鉄所の一部は国の物となる。そうなれば、この事業をある程度は掣肘できるし。カッシウスと俺の家の力を押さえられるという訳だ

 しかし、それは……彼は独立心が強いからな。国の関与は嫌うだろうな。


「お言葉ですが。今のご提案にカッシウスが同意するかどうかは、分かりかねます」

「で、あろうな」

 織り込み済みか?


「その話の前に、金の話をしよう。政府としては、単独で過半数を握る気はない。そうなれば官営となってしまうからな。したがって、総投資を1億5千万デクスとして、限度は7000万デクスだ。そして、サーペント家とセルレアンで5000万、残る3000万ぐらいはカッシウスで何とかなるであろう?」

「おそらくは大丈夫でしょう……」


 金は何とかなるが。


「この場合の問題は、政府、国がどの程度口を出すか? ということであろう」

 くう。押さえてくるな、閣下。


「はい」

「そこでだ、政府としては、この件の全権を委任する代理人を置きたい」

「代理人?」

「ああ、そうだ。とても優秀な」


 誰が代理人となるかは分からないが、政府の意を受けていることは間違いない。俺や、それ以前にカッシウスと諸般意見の摺り合わせが難しそうだ。

 だが、まあ。こちらに否やはない。


 閣下の少し口角が上がる。


「そのお顔は、人選が済んでいるようですが?」

「ああ、交渉はこれからだがな」


 ふむ。ならば。

「では、我らはその代理人が決まりましたら……」

「いやいや。待て待て」

「はあ……」


「その代理人の候補とは、他ならぬアレックス卿。そなただ」

「私……私ですか? 閣下」

「カッシウス製鉄の人間以外で、かつセルレアン伯爵領自治体以外の者で、この件に1番精通しているのは、そなたであろう」

「確かに建前としては、その通りです」


 ううむ。確かに、俺は独立した……ことになっている。

 俺の館もこの前から格安ではあるが賃貸になったし。結構怪しいが、建前としては俺はサーペント家所属ではなく、俺自身の子爵家所属だ。

 まさか、そこまで考えて叙爵したとか?


「そうであろう。そして、この辺りの人間関係で1番の危険人物は、そなただからな」


 はぁ?


──よく分かってるね

[おい!]


 否定を補強しようと振り返ると、ダイモスもレダすらも俺と目線を合わせようとしない。


「どうやら、そちらの2人は、私と同意見のようだな。あはっはは……」

 それを見た閣下は、爆笑し始めるし。


「ああ、済まぬ、済まぬ。久しぶりに大笑いしたわ……まあ、それはともかく。その危険人物を抑え得るは、そなたをおいて他には居ない。そう結論が出たのでな、頼むぞ」


 俺を俺が抑える?

 意味が分からないのだが。


「釈然としない顔だな。確かにアレックス卿は、常人にはできないことを、恐るべき速さでやり切る……暴走とも見える行動力がある。その癖、父である伯爵殿をよく立て、周りの者を守り、危機と見れば畏れず立ち向かう責任感も同居して居る。前者を遅滞なく抑えるのは後者しか居らぬ。どうだ良い人選であろう?」


 俺が俺自身を監視するのだから良心が機能すれば見落としはない……信用されているのかされていないのか。そう考えていると、さらに押してきた。


「代理人と言ってもだ。まあ無官では格好も付かん。宰相特別審議官でどうだ?」


 審議官? 役人じゃないか。

 俺は学生なんだが。あと、閣下のご推薦で国防評議会もやっているし……そう言いたいところだが、俺以外が代理人になった場合を考えると……。頭が痛い。

 

「ああ。特別が付けば、宰相府に勤務する必要は無い。まあ月に数回は来て貰いたいがな。格としては局長と課長の間ぐらいの役職だ。ちゃんと棒給も支給するぞ」


「分かりました。カッシウスが受け入れたならば、お引き受け致します」

「ふふふ……何を言っている。そなたが承諾させるのだ。もはや国としても重要事業になっていると心得よ」



 ◇◆◇◆◇◆◇


「そう言ったわけで、カッシウス殿どうだ?」


 王宮を辞した足で、レダとダイモスを連れてカッシウス製鉄の社長を訪ねている。


「あっははは……これはこれは。流石はストラーダ候。政府の代理人がアレク様とは……傑作です。しかし、名案ですな」


「そうかぁ?」

「そうですよ。アレックス様が、お引き受けされるのなら、当方に否やはございません。ただし……」


「ん?」

「サーペント家に余りご無理をして戴くわけには、私どもでも5000万程は用意できますし」

「だが、その後の運転資金もな」

「ご心配なく」

 ダイモスが身を乗り出す。

「では、当方が3900万、御社が4100万でいかがか?」

「はい。ダイモス殿、お心遣いありがとうございます」


 カッシウス製鉄の発言力を高くしておこうと言うことだ。


「これで決まりですかな」

「ああ、最終的には閣議で決まるそうだが」


「それにしても、アレク様がお役人ですか……ふふふ」


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訂正履歴

2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)

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