125話 待ち人
セルビエンテに帰郷し、成績表で一悶着有った夜。
先生と同衾するはずだったが。
マルズと打ち合わせをしていて遅くなり、寝室に行くと既に先生は寝ていた。
しめしめ。
そうっと、そうっと起こさぬように、ベッドの隣に入って、俺も寝た。
◇
「アレク殿! アレク殿!」
うううう。
「アレク殿、起きろ! 起きるのだ!」
「何ですか、先生。まだ夜中の……2時ですよ。明日の朝にでも……しますので……お休みなさい」
「何を卑猥なこと言っているのだ! 出掛けるぞ!」
「はぁ?」
先生に叩き起こされ上に、理不尽なことを言い出した。言い出したら聞かないし。
余人には黙って出掛けるというから、久しぶりに自分で着替えた。
「それで、どこに行くんですか?」
「そう怒るな。サーペンタニアだ」
「サーペンタニア? この時刻という事は……遺跡ですか」
「分かったら行くぞ!」
「うーーむ。借り完済で良いですか?」
「それは帰ってから協議だ」
シュッ!
先生は黒いローブ姿で飛び立った。
「はいはい、分かりましたよ」
─ 翔凰 ─
15分も飛ぶと眼下にサーペンタニアの湖が見えてきた。
月明かりが、反射してとても綺麗だ。
数ヶ月前にも同じように飛んだが、あの時は湖に飛び込んだった。もう、肌寒しやらないけどな。
湖を突っ切り丘に差し掛かる。
──あそこだね
ああ。
肉眼には全く見えないが、ビーコンのような魔力波動が届いている。
急減速して降り立つと、先生以外にも人影があった。
「アイザックさんに、アリシアさん。こんばんは」
なぜか、戸外に出ている。思念体にとって戸外は厳しい環境ではなかったか?
「あぁ……813号の曾孫の……」
「アレク殿です」
「そうだった。久しぶりだな、アレク殿」
「こんばんは。相変わらず綺麗ね、男なのにね」
あー。アリシアさんには、先生とまとめて嫌われているようだ。
「えーと。お二人がここに居るのは、俺を待っていたわけではないですよね?」
「うーむ。何も言っていないのか? ランゼ」
「言うと、来ないかも知れないからな」
うわっ、ヤバい用件確定。
「それで、ご用は?」
「ああ、君も待っていたけれど、待っているのは君だけではないと言うところかしら」
「誰が来るんです?」
「自分の目で確かめると良い」
「はあ」
思わせ振りだな。
それから、数分間沈黙が流れ。
「来たな」
ぼやっと青白い明かりが、空で動いた。注視すると、数秒でほんの点だったそれは、爪程の大きさとなり、さらに近づいて来る。微妙に形が見えてきた。しかし、朦朧としている。
しかし、魔法感知には感がない。どういうことだ……。
なんだ、あれ? 馬?
一応翼っぽく見える部位もあるから、天馬?
──竜だよ!
はあ? 竜?
──僕も初めて見るけど、伝説の通り竜だ!
アレックスが確信を持っているし、この世界の竜なのだろう。
「竜?」
「ああ、そうだ。アレク殿」
100m程まで近付いてきた。ぼうと蒼く自発光している。
馬っぽいが、首は長く、尾も太い。足先も蹄ではない。
前世で言えば麒麟のようにも見えるが、竜なのか……。
うっ!
それが手の届かんばかりの距離で、一瞬目映く光った。
気が付くと、そいつが地に居た。
人の形となって。
──超越者よ、約定の期限だ!
音声とは異なる波動が、頭に直接響いた。無論アレックスではない。
竜……超越者と知って、それを見下せるのか。
蒼いスーツのような装束に身を包み、荒れ地に佇んでいる。
──どうした! 月の一周期を待ってやったにもかかわらず、黙秘か?
アイザックは沈黙したままだ。
──我らを愚弄する気か! 竜魔法を使えるのは、そなたを置いて他におるまい?
竜魔法?
──先代との友誼もあれば、容赦してきたが。手切れと致そう!
念が届くや否や、恐るべき勢いで魔力が膨れ上がる。
一気に吹き飛ばすつもりか。
俺は魔法を備える。
その時──
「竜人よ! とんだ思い違いをしているぞ!!」
先生?
「アレク殿、合図したら共鳴させるのだ……」
はぁ?
──何が言いたい、第3の超越者よ!
「お前達が言う竜魔法が使えるのは、アイザックのみではない!」
──貴様!
先生が手を振った。
[ままよ! アレックス!!!]
† イェル イェル ヘゥストェイ ディルダム †
── † イェル イェル ヘゥストェイ ディルダム †
神威を我が手に ─ 鉤爪紫電 ─
── 神威を我が手に ……
痛ぁぁ。
共鳴魔法は、発動しなかった。アレックスが、詠唱を中断したからだ。
その所為で結構な反動が腕に来たじゃないか。
[どうした?]
──アレク! 竜人を視て!
蒼い竜人は、両膝を地に着き両腕を頭上に挙げていた。
なんで命乞い?
彼は、届かない魔法に気が付いたか、瞑っていた眼を開き、俺を視た。
「誰……いや。どなたですか、あなたは?」
「えっ?」
「竜魔法──我らは原初魔法と呼んでいるが。最近使って居たのは、このアレク殿だ」
「アレク殿と言う御名か……」
あっ、あれ? 音声。
何時の間にか、竜人が念話ではなく、口を利いている。
状況がよく分からない。
「申し遅れました。ゼルバヴォルフと申します。アレク様」
はっ? 何で俺……何で様付け?
「あっ、ああ。どうも。こんばんは」
素で挨拶してしまった。
「アレク様。あなたは竜なのですか?」
「はっ?」
俺が竜?
何を言っている?
それ以前になんで俺に謙っている?
「ここにいる、アレク殿は、私が生み出した者の曾孫だ」
アイザックが、ぽつりと呟いた。
──何をしたのだ、超越者よ!
「話そう。百年程前。私はある命題を抱えていた──」
我を超える者を生み出せるか。
優れた遺伝子の配合を何百万と試した。
自らのそれも混ぜた。
「だが、劣化は免れることはなかった──」
──滑稽だ。超越者は霊体だ、霊体に遺伝子はない
「確かにな、肉体を失っては完全な複写は出来ない。素体から採ったがな。そこで、俺は竜を混ぜることにした」
──竜を?……どうやって手に入れた?
「それは、アレク殿を前にして言うべきではない」
──ふん! それで?
「残念ながら、竜の要素は顕現しなかったのだがな。どちらかと言えば私が訊きたい。何をどうしたのだ。ランゼ!」
「忘れたのか、アイザック。竜に雄は居るか? 雌は居るか?」
「雄? 雌だと……ふっ、ふふふ、ふっははは。これは私としたことが」
「それが、アイザックが造った813号から3代が人間で、その末のアレク殿が竜となった所以だ」
「認めよう。アレク殿は、竜であられると」
「では竜魔法使用の咎は?」
──竜が竜魔法を使うことに、咎などありはしない
「いかがされる? アレク殿」
「はっ?」
「身共はここを去るが、一緒に来られるか? 他の竜とも」
決まっている。
「いや、俺は竜として生きるつもりはない」
「失礼致した。考えれば、性急に答えを出すことも有りませんでしたな、必要があれば我を呼ばれよ。では、これにて」
蒼い竜人は、跪いて挨拶すると、再び朦朧たる光竜へ姿を戻し、空へ消えていった。
「アレク殿!」
「はい」
アイザックに向き直る。
「今まで黙っていて悪かった。恨んでくれて良い」
言葉が出なかった。実感がないし、俺の身体でもないし。
「お暇しよう」
アリシアと共にすうっと姿が薄く。
待ってくれ! 訊きたいことが限りなく……
消えていった。
「先生」
「なんだ、アレク殿」
「俺……俺達が……いつから知っていたんですか?」
「共鳴魔法を初めて使った時だな」
「竜とは、なんなんです」
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訂正履歴
2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




