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118話 とある革命

 ゼルクスの海軍工廠から帰って10日余り経った夕方。俺に届く手紙を、いつものようにレダと一緒に整理していた。

 先ずは、レダが鑑定魔法で、危険物の有無を一括で調べ、問題が無ければ、俺の知り合いかどうかで分ける。知り合いなら俺に回し、そうでなければ、レダが開封して文面を読み、必要と有れば俺に回す手順だ。


 届く手紙は、今でも半分以上、縁談の話だ。

 俺が仮婚約したのは、知っているだろうに。側室でいいのでよろしくってのもあるが、何考えているんだか。子爵……先は辺境伯かも知れないが、そんなにいいかねえ……と、読みながらぼやいていたら。


「アレク様。鏡をよくご覧になった方がよろしいかと」

 そうレダに突っ込まれた。

 悪かったな。女子っぽい顔で!


──うううう


 前の持ち主(アレックス)に悲しまれた。


 というか、そもそも、俺の顔なんか見たことあるヤツなんかごく少数だろうに。


「あっ!」

「ん?」

「いえ。カッシウス殿からです」


 これは、読まずに俺に回してきた。

 ペーパーナイフで開封し、読み始める。


 何々?時候の挨拶が長い……さて、お手紙を差し上げたのは他の儀に非ず。

 ここからだ。

 トーマス煉瓦殿よりお送り戴いた、煉瓦を貼り終えました。再来週の土曜日に試運転を実施すべく準備をしております。ついては、アレックス卿にもお立ち会い頂きたく。ご出欠をご回答願いたくか!


「おぉーーい。ゲッツ!」


 ◇◆◇◆◇◆◇


 土曜日。当然だがカッシウス製鉄研究所にやって来た。知らせてあったので、車寄せに社長が出迎えている。


「いらっしゃいませ。子爵様、レダ様、マルズ様に……えーと、こちらの方は」

「ああ、俺の先生で……」

「ランゼ・ハーケンだ」


 カッシウスが先生の容姿を見て、少しデレていたが

「ランゼ・ハー……黒き魔女様!」

 いきなり顔が引き攣る。


「サーゼルの谷で山崩れを食い止め、500人を救ったっていう」

「古い話を知っておるな」


「タマック村に押し寄せたワーウルフ1000頭を退けたというのは」

「……そんなこともあったな」

 興奮して喋っていたカッシウスの横で、社員が肘で小突く。


「ああ、申し訳ありません。ランゼ様。我が研究所にようこそ! 光栄です。子供の頃からファンでした」

「ああ、そうか……」


 先生の手を押し抱いた、カッシウスが興奮で紅潮している。

 一方先生は麗しく微笑んでいるが、結構引いている。

 

「ああ、すみません。早速、転換炉へ」

 俺達は移動した。


「右が転換炉です。内張を替えました」

「内部を見たいが?」

「もちろん、見て下さい。ではあの梯子で……」


 その言葉を聞かず、俺と先生は舞い上がる。


 とっ、飛んだ! 本当に魔女様だ! カッシウスが感嘆しているが、放っておこう。


 上空から、大きなカップ状の転換炉の中を覗き込む。

「ふむ。あれが、このように使われるとはな」

 内径1m程の炉の中は、俺がトーマス煉瓦製造所に試作させた煉瓦が、びっしりと隙間無く貼り付けられている。


「ふむ、建物とは違って、色んな形の煉瓦を使うのか」

 先生が感心したように呟く。


 降りて、カッシウスに向かい合う。

「いかがでした?」

「悪くない……ただ頼みが有る」

「はあ」


 俺は、作ってきた物を、魔収納から取り出す。

 パイプがいくつも生えた笠のように物に箱が付いている。


「子爵様、これは?」

「ああ、これは酸素循環吹出装置だ」


「酸素循環?」

「ああ、これを転換炉の空気吹き出しのパイプ状のランスに取り付ける」

「はあ」

「そして、転換炉から出てくる二酸化炭素をこの笠で集め、箱に導いて魔石で、酸素と炭素に分ける。そして、酸素はランスを通して、再び転換炉内部の銑鉄に吹き付ける」


「酸素ですか? これまでは空気を吹き付けていましたが」

「銑鉄内の炭素を除くには、酸素だけあれば良い。空気には20%しか入っていない。大半が窒素の空気をそのまま吹き付けていては、銑鉄を冷やすことになる」


「なるほど。分かりました。よくお考え頂きました。ありがとうございます」

 カッシウスは胸に手を当て、感謝の意を表した。


「では、俺が取り付ける」


 再び、舞い上がった。ふいごと槍の接続を外す。笠に槍を通して固定し、笠と箱の重さは鎖で昇降装置の鉄骨に繋いで支えた。

 作業は20分足らずで終え、昇降、送風の試験をして正常動作を確認した。

 上吹き酸素転換炉のできあがりだ。


「では、実際に銑鉄を入れてやってみますか。でも条件が変わることになりますが」

「それは我らが、見ておいてやる」

 先生が得意そうに答えた。


「それから、一部手順を替える。途中で一旦スラグを抜く」

 スラグとは、鉄鉱石や銑鉄を溶かしたときに出る、不純物が溶け込んだ物だ。比重は鉄より低いので溶けた鉄の上に溜まる。


「はあ……分かりました、子爵様。御指示に従いますので、お申し付け下さい。よろしくお願い致します。ランゼ様、子爵様」


 高炉の出銑口から、白橙色の液体が流れ出る。それを耐火材できた桶で受け、クレーンで吊り上げる。動力は、ゴーレムだ。傾いた転換炉の上まで持って来ると、桶を傾けた。目映く光り、無数の火花が散って、5トン程度の銑鉄が転換炉に流れ込んだ。

 炉の姿勢を垂直に戻し、吹き出し用の槍と酸素循環装置を降ろして、炉に蓋をした。


「コンプレッサ稼働!」

 俺が声で命ずると、炉内の空気が循環を始めた。


 感知魔法で中を見ると、ランスから噴き出す酸素の風圧を受け、溶融銑鉄の上面が凹みつつ強制対流を起こしている。そして、銑鉄中の炭素が燃えて、二酸化炭素と化し、笠を通して循環を始めた。炉の中の窒素は、瞬く間に外に放出された。

 予定通りだ!


「新しく付けた装置は正常に動いているぞ。カッシウス!」

「真ですか。子爵様!」

「ああ。できあがりの炭素量はどうする?」

「はい。では1%で」


 4%程有った炭素量がみるみる下がり、数分で3%を切った。


「よし! 手順を替えるぞコンプレッサ停止。槍を上げてくれ」

「はい。子爵様」

 カッシウスが、ゴーレムに命じている。

 スラグに燐が増えたので一旦外に流すのだ。


 転換炉を、さっきと同じ方向に、大きく傾けスラグを流す。


「よし、戻せ。そして槍も降ろせ!」


そして、再び酸素吹き出させ、数分を過ぎる頃、炭素量が1%を下回った。


「よし! 上げろ」


 笠が外れ湯気が吹き上がる。


「転換炉を傾けろ。出鋼だ! 」


 ゴーレムが、ハンドルを回して銑鉄を入れたときと逆に傾けていくと、炉の中程に空いた出鋼口から、勢いよく溶けた鋼が流れ出た。


     ◇


 2時間後。俺達は事務所の応接室で分析結果を待っていた。

 俺と先生の他は,レダが居るだけだ。ゲッツは別の部屋に行っている。


「アレク殿。聞きたいことがある」

「何ですか?先生」


「あの酸素吹き出しのシステムだが。なぜ二酸化炭素から酸素にする? 大気から窒素を除き、酸素を作った方が楽だし、必要な魔力量も少なくて済む」


 おお。科学者の顔になっている。凛々しいなあ。


「先生の仰る通り、大気からの方が楽です」

「そうであろう」

「ただ、出てくる二酸化炭素を使う方が、酸素の温度が高く、銑鉄を冷やさず反応効率が僅かですが高い。もう一つは、二酸化炭素を大気中に放散するからです」


「それの何がだめななのか?」

「今後転換炉が主体になった時に、二酸化炭素の放出量は膨大になります。それは環境に良くないとされています」


 前世日本の二酸化炭素放出量の内、約10%は製鉄で占めていたらしいからな。


「ふむ。そんなものかなあ」

 どうやら、こちらの世界の住人である先生にはピンと来なかったようだ。


 その時、ノックがあって、カッシウスが部屋に入ってきた。


「子爵様! 成功です。鋼中の燐や硫黄の濃度は十分低い物が出来ました。これは製鉄の革命です! この国で採掘される燐鉄鉱を使ったとしても、生産量を飛躍的に上げられます。コストも落とせます! 教えて下さい。何をどうやったんです? あの変更した工程は!」

 嬉しい半分、釈然としない半分という顔だ。


「酸素を溶けた銑鉄に吹き付けることによって、炭素が燃焼する。ただ、そのままでは燐や硫黄は一旦鉄から分離されるが、1500℃もの高温では、再び鉄に戻ってしまう。それを塩基性のマグネシア煉瓦に内張材に替えることによって、スラグも塩基性になる。それで燐や硫黄をスラグに溶け込ませたわけだ」


「なっ、なるほど。スラグに溶け込ませることができれば、流してしまえば良いと……すばらしい!」


「それだけではなく、塩基性の炉壁だから酸化反応が起こらず、痛みも少ない。炉が冷えたら中を確かめて見ろ」


 以前、カッシウスが使って居た転換炉は、内張に珪石シリカ、つまり二酸化ケイ素を使っていた。前世で大気圏再突入する宇宙船の外張り材に使われる程の耐熱性を備えているが、残念ながら酸性だ。だから、スラグも酸性となって燐や硫黄の溶け出しは少なく、流し出せなかったのだ。


「分かりました……が、何でそんなことをご存じなんですか? おそらく誰も知り得ないかと」


 確かに。当然この疑問は出て当たり前だ。さて、何と言って誤魔化すか……。


「私が答えよう……アレク殿の曾祖父は、おそらく知っていようが、聖サーペントだ。我々は祖師様と呼んでいるがな」

 はっ? 先生がそう呼んだのは、初めて聞いたけど


「はい。存じております」

「ここからは、公にしていないが、聞く度胸はあるか? 他言すれば、報いが有ると心得よ」


「誓って他言致しません」

「……そうか。祖師様は、知っての通り、大魔法師だったが、錬金術士でもあったのだ」

「錬金術!」

 はっ?


「そなたらが、信奉しているであろう、化学と冶金の偉人ノイマンもな……」

「……決して他言致しません」

「それでよい」


「うーむ。そうでしたか、なるほど。私どもだけでは解決できなかったと思います。ありがとうございます。本当にありがとうございました」


 先生がドヤ顔で振り向いた。貸し1つ追加な! そう言う表情だ。

 まあ良い。先人の努力を使わせて貰うのだ。それくらいはな。


「カッシウス。礼を言うのは早いぞ。高炉と下流工程まで合理化してこそ、革命だ」

「はい! そうでした。後は需要の目処が付けば」


「需要も何とかなるかも知れぬ」

「本当ですか?」

「ああ、船だ」

「船!!」

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