111話 第1回国防評議会 (前)
第4章開始です!
アレックスの両親と、カレンが会ったようだ。俺の知らないところで。
釈然としないが、まあお袋さんも気に入ったようだし。良しとするか。
俺の誕生日パーティーも、それ以外も色々あったが何とか無事終わった。あとは、いくつか貴族の招きに応じ、宴や舞踏会へ出席している内に月日は流れた。
そして、暦は6月になった。
前世社会人になった時、もうあんな長い休暇はないんだなあと振り返ったが、転生して味わえるとはな。失業したら別だが。なかなか充実した夏休みだったと思う。
それから、俺も本格的に子爵になったので、スタッフを雇うことにした。主に経済系の執事だ。これは、副家宰のイヴァンに丸投げしたが、決まったようだ。
王都はまだまだ暑いが、学園が再開した。
パーティーに来なかった連中に、賞賛を浴びたり、仮婚約の件で親衛隊の皆に泣きつかれたりした。てっきり解散かと思ったが、続けるようだ。
そうこうしている内に、今日は6月10日だ。平日だが、学園には向かわない。
黒い石造りの建屋。ルーデシア王国軍参謀本部だ。
士官に案内されて、レダと共に評議会会場に入った。定刻の15分前だ。まだ事務局の職員しかいない。
大きい円卓に、椅子が並び、木彫りのプレートがいくつも置かれている。彫られているのは言うまでもないが、名前だ。
手近なのを見たら、名字のようだ……サーペント、サーペント……見回していると、あちらですと指差された。
肘掛けは付いているが、普通の椅子だな。
「本日の資料です」
俺と、レダにも紙の束が渡された。
パラパラ見ていくと、席表があった。
つらつら読んでいると。何人かが連れ立って入ってきた。評議員だろう
目が合った人へは、軽く目礼していく。半分くらいは貴族の礼服、残りは軍服だ。その中には例のゾディアック少佐もいる。
知り合いは、今のところ少佐だけだな。
開始5分前位になり、席がほとんど埋まった頃。二十歳代にみえる軍人が入ってきた。
あからさまに、こちらを睨みながら席に座る。
席表に拠れば、サムエル・ロッシュ大佐だ。侯爵家の分家で子爵のようだ。
まあ睨んでいるのは、彼だけではなく、軍服を着ている者達の多くだ。この前の王宮式典もそうだったが、尋常ではない物が伝わってくる。
もうすぐ刻限となった頃、若い士官が走って、議場へ入ってきた。
「評議員の皆様。申し訳ありません。議長のヴァドー師のご到着が、少々遅れております。しばらくお待ち下さい」
そう言って胸に手を当てて謝罪した。そう。師が、国防評議会の議長なのだ。
「ジジィめっ! おい、事務局!」
その声は、先程のロッシュだ。
はっと、呼ばれた男が寄っていく。
「年寄りも問題だが、初等学校のガキが迷い込んで居る、つまみ出せ!」
「はっ……そっ、そのような方はいらっしゃいませんが」
「ふん。見えないのか? あそこに、したり顔で座っているガキだ!」
指差したのは俺だ!
まあ、途中で気が付いたがな。
「あちらは、この度、評議員になられました、サーペント子爵様です」
「ほう……」
顎を突き出し、見下ろすような視線だ。
「国防評議会も落ちたもんだなあ。おい、お前。最近爵位を得て、いい気になっているようだな」
「サムエル! よさないか!」
ゾディアック少佐が見かねたようだ。
「やかましい、少佐! 同期だと言っても、今じゃあ、階級も違うんだぞ」
「この席では、同じ評議員だ。分かっているだろう!」
「ふん。おい。黙ってないで何か言って見ろ」
悪びれもせず、続ける。
俺か?
「そういう、あんたは誰だ?」
「なんだと、このガキ! 人に名前を聞くときは、自分が名乗ってからにしろ」
「名前は、さっき事務局の紹介があったが」
「ふん、減らず口を……ああ、そうだ良いことを教えてやろう。軍でお前がなんと呼ばれているかだ。ルーデシア開闢以来の卑怯者だ! どうだ、勉強になったろう」
軍人の何人かが、薄ら笑いを浮かべている。称号は、どうやら彼の独創ではないようだ。
「やはり魔法師という輩は、恥知らずのようだな。空を飛び、敵の矢も届かぬところから、こともあろうに石を落とすとはな。臆病者のやることだ、武人の誇り持たぬ卑怯者だ。悔しかったら、俺達のように槍で闘って見ろ、この優男が」
ふむ。低劣すぎて本気で相手する気が起きない。こいつ1人やり込めても詮無いが、このまま黙っていては、家名が傷つきそうだ。
「槍? 槍を使うのか?」
「おうよ! 長さ5m、重さ15kg。お前の細腕では振るえもしないだろうな、所詮魔法師にはな! ふはははは」
ゾディアック少佐は掌で額を抑えた。
俺は、同じように嗤っている連中の、席表にマークを入れる。
「5m……なぜに、そのように長いのかな?」
「何を言う。槍とは古来より長い物。そのようなことも知らぬのか? この素人が!」
まだ嗤っている。
「槍とは、剣で闘う者の届かぬところから攻撃をする武器。そうではないか?」
表情が固まる。一瞬空いて、ロッシュは立ち上がった。俺の言っていることを理解して激昂したのだ
「黙れ! 我を卑怯者呼ばわりするつもりか?」
「遠くから卑怯と定義しようとしたのは、他ならぬ、そちらではないか? それとも戦術を狭めようと扇動する利敵行為というべきかな」
「ふっははは。ロッシュ大佐。これは貴公の負けだな」
少壮の将官が、声を上げた。席表によると海軍所属だ。
「何だと、ドラン准将!」
「ああ、アレックス卿。卑怯呼ばわりしているのは陸軍の跳ねっ返り連中だ。海軍はそんなことはない。でなければ魔力砲など、予算要求できぬからな」
「ふざけるな!」
ロッシュがさらに激高しかけたとき。
「何の騒ぎか!」
腹に響く大音声。
ロッシュの大声に紛れていたが、ドアが開いてヴァドー師、いや議長が入って来ていた。相変わらず気配を消すなあ、この人。
ふんと吐き出し、仏頂面になって、ロッシュは腕組みして座り込んだ。
どうやら、この男にしても、分の悪い相手のようだ。
ヴァドー師も、そのまま議長席に着席した。
やや気弱そうな、事務局の軍官僚が立ち上がった。
「でっ、では。本年度の第一回国防評議会を、始めさせて戴きます。本日の議題につきましては、お手元の資料にまとめております。では、これよりは進行を、議長にお任せ致します」
老師は白い髭をまさぐりながら、ちらと振り返ると顎をしゃくった。
三十歳代の従者が、資料を読み始めた。
先ずは今年の軍事費、執行状況だ。
親父さんが、評議員になるならと渡してくれた資料に大体載っていた内容だ。
それも有って、頭は議題から離れた。
老師──
40年程前の南の隣国ドートウェル戦役にて、初撃で200m離れた重装歩兵500人を即死させ、1000人を戦闘不能に追い込む魔法、閃滅煌揮を2日間に3度放ち、老師ことヴァドー・シュテファニツアは英雄となった。その時の受けた称号が、白き魔人だ。
相当劣勢に追い込まれていたルーデシアは、この戦い以後ドートウェルに対し有利な講話に持ち込めた。陸軍は、老師に表だっては頭が上がらないのかも知れないな。しかし、内心では、俺以上に……。
それにしても魔力砲か。
この世界には、銃や大砲が無い。
誰も考えつかないのか? そう不審に思った俺が調べたところ、できない理由があった。火薬の燃焼速度が遅いのだ。木炭に硫黄に硝石を混ぜてできる黒色火薬相当の物はあるのだが、ゆっくりとしか燃えず、推進薬としては不適当……それが実用化に至らない理由だ。
幸か不幸か、魔法師に向いた世界と言えるだろう。
その中で、魔力砲は老師クラスの魔法師が発動した戦術級攻撃魔法に匹敵するらしい。魔力砲とは、魔力を特殊な魔石に蓄積し放つ砲。それが実用化されれば、恐るべきことが起こるが、その砲は相当重いらしい。船に乗せれば使えると見ているのだろう。
老師の従者が10分を掛けて読み上げ終わった。
手を挙げる。
「サーペント議員。何か?」
「質問があります」
「どうぞ」
「はっ。目下の敵はディグラント。彼の国と我が国は、大内海を隔ています。しかるに軍事予算は、陸軍が7割5分、海軍が2割5分と一致していませんが。どのような理由による物でしょうか」
素人が。そう、ロッシュの口が動いた。
「事務局から、変わってお答え致します。大陸8カ国軍縮会議での申し合わせにより、お手元の資料5に書かれているように保有できる軍船の排水量が5年前に決まっており、変更には総主教猊下の御裁可ゆえ守らねばなりません。海軍の予算は、それに依存した額になっています」
申し合わせで決めて、精霊教会も噛んでいるのか。
精霊教会は、我が国でも総人口の3割程度の国民を信者を持つ宗教。国教ではないが、権威は結構高い
「なるほど。ではその会議にはディグラントも加盟しているが、参考資料の数で信用できるのか?」
「ディグラントは……」
ヴァドー師は、手を挙げ重々しく口を開いた。
「ディグラントは、保護国とした国名義の船を使用している。実際には、その3倍は使っているだろうよ」
そういうことか。
「それならば、我が国が申し合わせを守っていては、大幅に不利と言うことではないのですか?」
「不利であることは、前々から分かっている。そして、我々評議会の分を超えている。議事を進行せよ」
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