74話 黒天の神子
ここは地獄なのか天国なのか……
深緑の森に乱雑に倒れたオークのミイラ達が勢いよく燃える。
そんな地獄のような場所に神々しい光が降り注いでいる。
こんな絵画があればさぞ高値がつくだろう。
ルティはそんな光景の唯一の天国要素である一筋の光を消そうとしていた。
もちろんそんなことを考えてるわけではなくルティの使う大規模魔法がそういうものなだけだ。
光を閉ざすように黒雲が蓋をする。
ときたま雲の隙間から雷光が漏れ出る。
黒天の神子になったルティは天候を操る。
作り出した雷雲は厚みを増して魔力を貯める。
「天より降せ『火雷ノ黒』」
黒雷がガハル目掛けて落ちる。
大樹にはさして効果はないとルティは思っていた。
落雷の威力は地面に流れるし、リオンの鎧炎巨人と打ち合えて、かつ炎も効いている様子がないことから燃やすことも表面への打撃も薄い。
しかし、それは大樹に対してであって落雷は大樹からガハルへと伝わり、皮膚を焼き、血液を沸騰させる。
それでも絶命には至っていない。
ダメージがあったのは大樹を体に幾重にも巻きつけて防御の態勢を取るガハルの姿から見て取れる。
火雷ノ黒は威力が高い代わりに連発はできない。
それにあれだけ完全防御の姿勢を取られると先ほどのようにダメージを与えることは難しい。
「『爆炎握撃!!』
オウカはガハルを守るように球体になった大樹を両手で思い切り握る。
手のひらから荒れ狂う炎が発せられ大樹を熱する。
「はぁ、はぁ、同胞を贄にしたのだ……ここで終わるわけにはいかない」
自分に言い聞かせるようにガハルは呟いた。
もはや勝つことは難しく、仲間もいない。
二人の敵から逃走する術を考える。
外の様子は森の草木からある程度知ることができる。
完全に自分を覆っている大樹の守りは鉄壁に等しい。
一つ目の選択肢は相手が諦めるまでこの状態で粘り続ける。
しかし、相手が諦める保証がなく50匹分のストックがあるとはいえジリ貧になることは間違い無い。
二つ目は攻撃をしている間にこの鉄壁を解いて逃げる。
ただし、この相手の気を逸らすだけの攻撃となるとかなりの魔力が必要となり失敗すれば次はこの状態にはなれないだろう。
三つ目は全てを諦め降伏する。もしかしたら情けをかけてくれる可能性もある。
いや、これはないだろう。
そんなに甘い相手には見えないし、群を率いていた長としてのプライドが許さない。
考えるんだ、考えるんだ……
ガハルは思考する。
考えて考えてここまでやってきた。
成功してきたのもひたすらに悩み考えてきたからだ。
命運を左右する難問に頭が溶けるように熱い。
心臓の鼓動が早くなり血液が沸騰しそうだ。
そういえば先ほどの雷は死んだかと思った。
まだ生きているのは天が生かそうとしているのだと確信している。
喉が乾く……
……!?
しまった、なぜこんなことに気づかなかったんだ。
大樹の中の空気が熱せられている。
このままでは蒸し焼きにされる。
考える必要がなくなった。
耐久は不可能となると攻めてチャンスを掴むしかない。
後先を考えずに攻撃に全力を注ぐ。
リオンとルティは揺れる地面を警戒する。
無数の大樹が地面から割って出てきて二人を襲う。
ルティは魔眼の力で相手の魔力の流れを見て大樹を躱す。
オウカは巻きついてきた大樹を逆に燃やす勢いで全身から炎を出す。
その代わりに両手の炎の勢いが弱まった。
ガハルはチャンスだと大樹の一部を開いてそこから抜け出る。
そして走る。走って走って走る。
森を抜け出て、後ろを振り返っても追ってはない。
逃げ切った!!
「あれって……」
ルティは顔を顰める。
「ルティ、油断するな。攻撃は続いている」
完全な防御態勢に入っていた丸まった大樹が開き、二人が見たのはガハルの変わり果てた姿だった。
心臓部分から全身に根が浸食して、大樹と一体化している。
すでに死んでいた。
タイミングはいつか分からないが死んでいたのだ。
ならばこの止むことのない攻撃は誰が仕掛けているのか。
昆虫や小動物など様々な生物が二人を凝視する。
何をするでもなくただただ見ている。
「きゃっ!!」
ルティは攻撃を回避している中で木の根が引っかかり躓きそうになるがなんとか避けることはできた。
オウカの視覚は巨人の兜の目の位置を共有している。
しかし、先ほどから視界が見えづらくなっていた。
舞い落ちる無数の木の葉が運悪く視界を遮ってくるのだ。
いや、運が悪いのではない。
森全体が敵になっていたのだ。
オウカとルティの依頼はオークの殲滅なのでクリアはしている。
森がこちらを攻撃してくるのは二人が侵入者だからで、周辺を攻撃することはないだろう。
つまり、あとは逃げるだけでいい。
だが、それができない。
二人はガハルとの戦闘で相当消費していた。
黒雲はすでに霧散している。
鎧炎巨人の熱もかなり低くなっている。
正直、無理な気しかしていなかった。
ここまで来るとデスペナを覚悟せざるを得ない。
ルティが諦めかけたその時、1匹の鹿と目が合う。
立派な角が生えていたが片方は折れていた。
大樹の攻撃が止まり、鹿の足元から木の根が生えて折れた角を補填するように形を整えた。
鹿は踵を返して森の奥へと消えていく。
無数の視線も消えて、濃すぎた緑が薄くなっていく。
森に突如突風が入り、密集しすぎていた葉が大量に舞い落ちる。
そのおかげで森全体に光が差し込むようになって、気づけば二人の足元に鹿の角が一本落ちていた。




