希望の絆
遂に。
遂に魔女は真実を受け入れるのか?!
黒き霧が、輝に掻き消された。
金色の光は闇を討ち祓った。
ーーー オオオオーンッ ---
悪魔の慚愧なのか。
いいや、闇が退き下がる遠吠えだったのだろう。
娘は闇に染められた母の魂へ手を指し伸ばす。
救いを求める迷える者へ。
「あなたは?!あなたが?マリキアなの?」
闇に堕ちた魔女の瞳から、邪気が消えゆく。
「本当に、赤子だったマリキアだというのね?」
指し伸ばされた手を押し抱き、母たるオーリエが救いを求める。
頷いた女性が金の髪を靡かせて、母を見詰めて微笑んだ。
「あああっ!マリキア!」
感極まったオーリエは歓喜の叫びをあげて抱き寄せる。
「マリキア、さぞや辛かったでしょう、辛かったでしょうに。
こんな身勝手な母をどうか赦して!許して頂戴!」
我が子と再会出来た喜びに、オーリエの呪いは打ち消される。
「やはりあの時。あなたを手放さなければ良かった。
ロゼになんて預けるのではなかった。いっそ親子で死んでいれば・・・」
後悔に身を捩るオーリエに、マリキアの魂は首を振る。
「?!なぜ?マリキアは母と別れさせられたというのに悲しくないの?
ロゼに酷い仕打ちをされたというのに、母と一緒が善かったのでは無いというの?」
マリキアの反応に、オーリエは虚を突かれた。
「姉様、マリキアこそ一生を賭けて守ったのです。
ルナナイトの名を・・・そして繋ぐべき力を。
唯独り・・・どんなに辛くても、逢いたく想おうとも守り抜いたのです。
私の言葉に従い、戦争を続けるフェアリアには入らず。
継承者を作るまでは・・・
マリキアの子を育て上げるように言った、私との約束を果したのです」
姉の娘がどうして墓前に行けなかったのかの訳を教えるロゼ。
フェアリアからの追及を逃れる為と、継承者を絶やさぬようにマリキアに訓戒した。
「それが、私との約束だったのでは?
マリキアを生き永らえさせて、いつの日にかもう一度領地に帰れるようにと。
私が生きている間には叶えられませんでしたが、マリキアの孫の代になって漸く果たされたようです。
・・・皆が願った平和な時代になって・・・ようやく」
姉は本当なのかと娘を観る。
微笑み頷く娘の顔には、涙が流れ落ちている。
涙に嘘偽りがない事を悟り、母たる魔女は改めて自らの浅はかさに戸惑った。
「マリキア、ではあなたは?
あなたの一生は不幸では無かったというの?
ロゼに育てられたあなたは、この母をどう想っているの?」
オーリエは先立った自分に、娘は何を想うのかと問う。
「・・・お母様。恨んだり憎んだりする訳がないじゃないですか。
私は老いて死を迎えられた・・・誰も恨んだりしていないの。
お母様もお父様も、私の姿をご覧になればお判りでしょう?
この姿をお見せすれば、ロゼお母様が約束を守られた証でしょう?」
マリキアの姿が年老いた婦人に変わり、オーリエに生き抜いた証を立てた。
「お母様、私は愛する夫と二人の子に恵まれました。
独りはマーキュリアを継がせ、一人はルナナイトを名乗らせました。
勿論、指輪に選ばれた者をルナナイトとして名乗らせたのです。
此処に居るルビナスの先祖となった我が子は、やがてその子供に帰還させたのです。
・・・やっとフェアリアとロッソアの間に平和が訪れたから。
それを観てから・・・私は漸く死を得られたのです」
我が子の苦渋を知り、オーリエは涙ぐむ。
そこには恨みや呪いは消え果て、真の母たる魂だけがあった。
「マリキア・・・辛かったでしょうに」
闇が消え去ろうとしていた。
最早恨みも呪いも追いやり、子に因って罪が拭われていく。
「いいえお母様。辛かったのは私ではなくロゼお母様の方ですよ。
私を育てるだけに一生を費やされ、遂に独り身を貫かれた・・・
結婚はおろか、殿方に触れる事さえされず・・・私だけを育てて下されたの」
マリキアは再び姿を少女へと換えて、母に教えるのだった。
「ロゼが?!ならばルナナイト家とマーキュリア家は?!マリキアの子孫だというの?
私が滅ぼさんと願った子孫たちは・・・私の血縁だというのね?!」
「そう。二つの家に別れたけど、私の子供達なの。
このルビナスも、ロゼッタも。私の血が流れているのよ?」
マリキアの言葉を受けたオーリエは、己の浅はかさに悔いた。
「なんてこと・・・私はなんと愚かであったのでしょう。
調べもせず悔い改めもせず・・・愚かにも我が子の末裔を殺さんとしていた。
ああ、私は悪魔に身を任せていた事が呪わしい・・・自分を呪いたい」
本来なら護るべき子達だったのに。
恨みが眼を澱ませ、あるべき物を観ていなかった。
「お母様、もう誰も憎んだり恨んだりしなくて良いの。
私の居る天国迄来れるのだから、罪を犯す前に粛罪したのですから」
マリキアは母オーリエに微笑んだ。
「お父様もこちらへ来られますよ、だからお母様も。
闇を捨てて光の中へ・・・来られるのだから・・・神の御許に召されましょう」
「あああっ!許してロゼ。許してファサウェー様。
私の罪を、月夜の魔女と化したオーリエを・・・どうかお傍までお連れください」
娘の魂に因って、悪魔と化した魔女の魂は浄化された。
一番心に残っていた最愛の娘により、闇は打ち破られたのだ。
「勿論だよオーリエ。
やっと君に戻ってくれた。
どうして離すものか私の妻を、そして我が娘と永遠に暮らそう神の御許で」
騎士ファサウェーの魂が娘と共に迎えに来る。
「ああ、神よ。我が主よ。罪を赦したまえ、我が身を御許へ召したまえ」
娘に因って粛罪されたオーリエは、あるべき姿へと戻った。
赤髪は麗しく靡き、蒼き瞳は夫を求める。
身に纏った魔法衣は薄汚れた色から、清浄なる光の衣に戻るのだった。
「さぁお母様もお父様も。
神の御許で永遠の平安を・・・」
天に召される魂は、娘の導きで光となる。
身を光に包まれた夫婦は光に溶け込んで行く時に下界を観た。
そこにはマリキアの末裔たる男女が佇んでいる傍に。
「どうか・・・お幸せに。永遠に安らぎの中で」
ロゼの魂が地上に残されていた。
天国に召されるのを拒み、未だに果たせぬ想いを背負った姿で。
フェアリア戦車兵の少女に宿ったまま、見送る妹が見送っていた。
「ロゼ?!あなたも来るのよ!なぜ召されないというの?」
夫の魂に寄り添うオーリエに、妹の魂は微笑んで言った。
「約束ですから。
ファサウェー義理兄様との約束なの。
ルナナイトの血を絶やさないって・・・それは今も変わらなく続いているの。
ルビナスやノエルを必ず生き残らせてみせますから・・・それが私の約束。
そうする事が私の出来る罪滅ぼし・・・あの子を親から奪った私の罪滅ぼしなの」
マリキアを救う為とは言え、誰かも分からない子を墓場から奪った罪は深い。
あの子の魂は決して赦しはしないだろう・・・と。
理不尽を冒した罪は、永劫に渡って拭われはしないのだと。
「だから・・・私は神の御許へは行けないの。
この魂が消滅し、もう一度蘇れれば。その時やっと逢いに行ける。やっと許されるの」
「ロゼ・・・許して頂戴。愚かな姉を、妹に罪を被せた愚かな姉を!」
悲し気な姉を気遣うように、ロゼの魂は笑って見送る。
「勿論!許しますとも。だってこの世界にいればもう一度恋が出来るのですから。
やっとお姉様に遠慮せず、自分の想いを伝えられるのですから。
ロゼッタという娘と一緒に夢を追いかけられるのですから!」
それが本心なのかは、姉にも分かりようがなかった。
妹は最期まで他人の心を気遣っているだけかもしれないが、優しさは本当だと判る。
「ロゼ、そなたに感謝する。
ルナナイトとマーキュリア双家の守護を任せる。
魂が清められんことを切に願う・・・」
ファサウェーが消える前に言った。
「妹ロゼの魂に感謝を。
救ってくれた妹に陳謝と礼を・・・そして再び逢える日を待っています」
悪魔から解放されたオーリエの魂も、夫と共に消えて行った。
「ええ、姉様。いつの日にか・・・きっと」
魔女ロゼは、天に召された夫婦に別れを告げる。
「あの子も、きっといつの日にか天に還してあげなきゃ・・・」
ロゼは粛罪を誓う。
己が為に墓から奪ってしまった子への、罪滅ぼしを誓うのだった。
「で・・・っと。
私はこれで良い。だけど、この子をどうするかだわ」
ロゼの魂はレオンに宿ったもう一人の魂を見詰める。
怯えたように躰を丸め、伏せた顔。
赤毛を魔法衣に被せ、紅き瞳に堕ちたままの少女を観て。
「どうやら、出て来れなくなっちゃったのよね?ノエル」
ノエルの魂に呼びかける魔女ロゼが、どうすれば良いのかを一考して。
「そのままだと後々いろいろ問題があるわ。
身体を取り戻せたらいいけど、最悪の場合は<無>にされてしまう」
ふむ・・・と、顎に手を添えて考えるのは。
「ルビにも希望を与えてあげたいし、ノエルにだって輝を取り戻してあげたい。
どうすればいいのか・・・ノエルは兄と離れたくはないだろうし」
ふと、ルビの指輪を観て気が付いた。
「そういえばファサウェー様は天国へ登られたんだから・・・指輪の中には誰も居ないわよね。
もしかすると宿れるんじゃないかしら。ノエルだって姉様の末裔なのだから」
ファサウェーが居なくなった今、指輪には誰も宿ってはいない、からっぽだ。
思いついた魔女ロゼは、少女の魂に呼びかけてみた。
「ねぇ、そこのあなた。私の声が届くのなら宿ってみない?」
軽くかけたつもりだったが、少女の方から意外な声が。
「あのっ!もしかしてあなたも魔女なの?
だったらアタシが困ってるのをなんとか出来ないの?!」
「はぁ?!いきなり威勢のいい子ねぇ?」
ロゼが見た所、少女の魂は闇に穢されているようにも映ったが。
「アタシっ、ここから抜け出せないようにされているの!
悪魔の魂に因って誑かされて、この中に閉じ込められちゃったの。
今さっき、急に束縛が無くなって・・・話す事が出来たの!
だけど、抜け出す方法が分らない・・・なんとかならないの?!」
半分闇に冒された状態だが、なんとか自我は残されていると判る。
「何とかって・・・あなたはノエルなのでしょう?
ルナナイトの末裔である魔法使い、ノエル・ルナナイトなのでしょう?」
ロゼが悪意を退き下がらせようと名を教えた。
「ルナナイト・・・・ノエル・・・・そう。
そう!アタシはノエル!月夜に舞う魔法使い、ルナナイトのノエル!」
ーーー ポ ア ァ ッ ---
光がノエルを包んだ。
「やはり、オーリエ姉さんの呪法に澱まれていただけか。
だったら・・・この指輪を知っているだろう?それにこの子の事も」
ノエルの魂に向けて魔女の力を示すロゼ。
手の先から出た魔法で、ルビの指輪を指す。
「それは・・・アタシの指輪。
あの時確かに願ったのに・・・誰かに渡してくれと。誰かに・・・渡してと」
記憶が無くなったのか、記憶が混乱しているのか。
「ノエル、あなたは誰かに託したのね。
指輪を渡してくれって頼んだ・・・誰に?」
「分からない・・・でも、渡して欲しかったのは間違いないの。
とっても大事な人に、時の指輪を使って欲しくて」
ロゼは気が付いた。
ノエルの束縛は破けると。妹が求めている名を知っているから。
「あなたが求めるのは大切な人の名。
妹であったことを取り戻し、魔女の束縛から逃れるには。
指輪を渡したい人の名を思い出せば良いの・・・私は教えられるわ、今直ぐにでも」
闇の束縛から逃れたいノエルにとって、どうしても思い出せずに苦しんでいたから。
求め続けていた答え・・・指輪を渡したい人の名。
「教えて!そうすればここから抜け出せるの。
魔女に掛けられた呪いから抜け出せる!身体を取り戻せるようにもなるんだから!」
両手を指し出しノエルが叫ぶ。心から助けを求めて・・・
「ルビナス・・・あなたの兄、ルビナス・ルナナイト。
指輪の正統なる持ち主、あなたの兄ルビナスよ!思い出しなさいノエル・ルナナイトよ!」
--- パアァァッ ---
光が闇を破った。
少女ノエルは解放される。
魂の束縛が破れ、レオンの中から抜け出た。
「さぁ、妹よ。兄の元に宿るのよ。
二人を繋ぐのは時の指輪。あなたが宿るのは兄の指輪の中!」
魂の宿り先を教える魔女により、ノエルは跳び付く。
「ああっ?!生きていたんだねお兄ちゃん!」
指輪に宿るよりも、生きていた兄へ跳び付くノエル。
半ばだが、不完全だが約束はたった今果たされたのだ。
「お兄ちゃんお兄ちゃん!アタシの大好きなお兄ちゃん!」
ロゼは兄妹が再会を果たせたのを、祝福の微笑みで観ていた・・・
やっと。
魔女は騎士と天国へ召される。
恨みを解き、大事な者達と共に・・・
そして。ルビの元へ現れたのは・・・ちびっ子ノエル?!
さぁ、これがまた・・・ややこしくなる原因だった?!
次回 指輪に宿る娘
妹よ・・・おまえもか?!ツーンとデレデレ・・・ルビ女難の相が大有りだな




