市街無血開城?!
魔法が間に合わなかった。
BT-7の射撃光が、側面点視孔を覗く俺の眼に突き刺さったから。
時の指輪に願ったのが、一瞬遅かった・・・もう間に合わない。
砲弾が飛び来る・・・俺達に向かって。
魔法を呼ぶ俺の頭が、真っ白になってしまった。
点視孔から観えるのは絶望の光弾・・・
音のない世界に飛び込んだかのように、緊張感が聴覚を奪い取った。
そして今度は点視孔を見詰めた瞳から、光弾さえも・・・
・・・・?!・・・・
ー いや、待て。そんな馬鹿な?!
光弾を消し去ったのは、鋼色の壁。
突然目の前に鋼色の壁が現れたんだ、敵弾から俺達を護るように。
ガキィーン!
壁に敵の弾がぶち当たった衝撃音が、鳴り響いた。
ガラララッ!
どこかでキャタピラが抜け落ちていく破壊音が鳴っている。
「いかん!身代わりになってくれた中戦車に、もう一撃を喰らわす気じゃぞ!」
耳に車長の叫びが飛び込んで来る。
「ルビ!そのまま旋回を続けて!」
同時にロゼの悲鳴にも似た叫びも聴こえて来た。
停まった思考を取り戻し、身体が勝手に動いていた。
全力で旋回し続け、敵に車体を向け続ける。
「撃っ!」
旋回中でもロゼが撃った。
分からなかったが、照準器に敵が入ったのだろう。
射撃音が車内を震わせた。
旋回を辞めて前方スリットを観る。
ロゼの放った魔鋼弾の効果を知る為に。
その時になって初めて何が起きたのかが分かった。
斜め前方至近距離に、味方戦車が擱座している。
煙も噴かず、タダ右転輪のキャタピラを抜け落とした状態で。
「撃破・・・確実」
撃って来た軽戦車BT-7は、ロゼの放った弾で燃えている。
車体正面を75ミリ砲弾で撃ち抜かれ、延焼して果てていた。
「直ちに救援するんじゃ!搭乗員の脱出を手伝え!」
敵弾を防いでくれた味方の救出を命じたハスボック准尉が、真っ先に飛び出していく。
「ルビ!アタシ達も手伝いに行こう!」
言われるまでもない。
ルビに続いて操縦席を後にした俺が、キューポラから飛び出した時見たのは。
「大丈夫かのぅ?!怪我人は居るのか?」
擱座した中戦車に向けて、ハスボック准尉が声を掛けていた。
車体は何処と言って破壊されたようには見えなかった。
敵の弾が当たった右側面の足回りがこわれたようなのだが。
「幸いでした、敵弾は車内まで貫通されなかったので。
搭乗員は誰も負傷せずに済みましたので」
中戦車の指揮官が、ハスボック准尉に答えて来る。
キューポラから現れた女性士官の声を聞いたロゼと俺が眼を見開いた。
「アリエッタ少尉?!」
「姉様!」
俺達を救ってくれたのは、魔鋼騎乗りであるロゼの姉アリエッタだった。
「良くやったわ、ロゼッタ。上出来よ」
苦笑いするアリエッタ少尉が、破壊されたBT-7を指し示すと。
「突撃砲で旋回射撃してみせるとは。なかなかの腕前ね二人共」
キューポラから出てくると被害確認の為に右舷に降り立った。
「あらまぁ、これだけで済んだなんて。どこかに幸運の女神でもいたのかしらね?」
45ミリ砲弾は偶然にもキャタピラを直撃し、数枚のパネルを切っただけだった。
「ホント、後数センチ上か下だったら。こんな物じゃ済まされなかったかもね?」
右舷側に駆けつけた俺とロゼに、苦笑いを贈って来る。
「姉様!何を呑気な事を言ってるのよ?
どうして敵弾を遮るような真似をしたの?!」
自分たちの身を捨ててまで、こんな危ない真似をしたのかと問い詰めたロゼに。
「そんなの、決まってるじゃない!勝手に体が動いたってだけよ」
「はぁっ?!姉様、理由になってないからソレ。
姉様が命じたの?アタシ達の盾になれって?!」
苦笑いを浮かべるアリエッタに妹が問い直す。
「少尉は命じられておりませんでしたよ。私が一存で突っ込んでしまいました」
操縦手ハッチから銀髪の少年兵が、事も無げに割って入って来る。
「でも、ウチ達は止める気なんてありませんでしたがね」
無線手ハッチが開き、少年兵が金髪を覗かせて笑う。
「だって仲間が絶体絶命だって分かっているのですから!」
砲塔側面の装填手ハッチから、親指を立ててもう一人が現れる。
「だって、車長は魔鋼騎士だから。
BT-7の弾に晒されたって、弾き返してくれると思いましたので」
最後に砲手がそう言って結んだ。
5人の搭乗員全てが、当たり前の事をしたのだと教えて来た。
俺もロゼも、固い結束力で闘う者達に敬意を払う。
感謝とお礼を込めて、頭を下げていた。
「ありがとうございました!」
「アリエッタ姉様、今度も感謝しかないです・・・」
不思議な事に、アリエッタ少尉はピンチになればどこからともなく現れて助けてくれる。
「幸運の女神って、もしかしたらアリエッタ少尉の方かもしれないな」
何と無くだけど、ロゼの姉であるアリエッタが窮地を救ってくれる訳が判った気がした。
「アリエッタ少尉はずっとロゼを護っている。
軍に入ったのも、戦場で助けに来るのも、みんなロゼを心から愛しているからなのではないのか」
俺はこうも思った。
ー 魔法使いの姉妹には、気が付かない内に互いの窮地を知らせる何かがあるのかもしれないな?
特に想いが強い姉アリエッタには、妹に危険が迫った事を感知する能力があるのではないか?
ー もし、本当にそうだとすれば。
ロゼとアリエッタ少尉が同じ車両に乗ったのなら、この戦争を無事に切り抜けられるかもしれない。
姉妹が手を携えられたのなら、二人の力を併せられれば。
「不思議なのは部隊が違えども、二人は同じ戦場に居る。
俺が初めて闘いを経験した時からずっと・・・同じ場所に居るんだ二人は」
何故だかは知らないが、今迄ずっとそうだった。
運命が惹かれ合っているのか、それとも偶然の重なりなのか。
「ルビナス、なにをボケっとしておるんじゃ!
お前も手伝わんか、修理を終わらせるんじゃ!」
考えに集中していたのか、ハスボック准尉の叱責でやっと我に返った。
「え?!修理ですか?」
間の抜けた答え方だった。
俺の前で准尉がキャタピラの修理に執りかかっている。
「そうじゃ!一刻も早く直さねばならん!」
「あっ、はい!」
撤退途中であったのを思い出した。
救援に来てくれたアリエッタ車を、残して行くには忍びないとでも言うのか。
准尉は工作兵上がりの腕前で、さっさと修理に掛かっていた。
重いキャタピラパネルを外し、欠損部分を取り付け直して。
「良いかしら准尉。今しばらくは防いでくれますよ中隊長が。
ですから、無理に急がずとも良いのですからね」
アリエッタ少尉が手助けしてくれながら教えて来る。
「え?!援軍がまだ他に来てくれているのですか?」
手を休めず訊いてみると。
「ラポム中隊長が5両を率いて来てくださいましたから」
アリエッタ少尉が手前の建物の陰を指す。
そこには、味方の中戦車5両が現れていた。
「新型の4号。しかも長砲身75ミリを載せたF型ですよ」
新色の迷彩を施された5両の中戦車は、敵から観えないように遮蔽物の陰で待機している。
俺達を狙って現れるであろう敵に備えて、砲身を街の外へ向けていた。
「やったね、ルビ!これで撤退出来そうだね!」
修理を手伝っていないロゼが、にんまりと笑っている。
「そう思うのなら、手伝え!」
「そうよ、ロゼッタだけ手伝っていないのよ?!」
姉と俺の意見が合致した・・・と、言うか。
「早く手伝わんと、今夜の食事当番はお嬢ちゃん独りでやって貰うからのぅ?」
准尉にまで言われてしまいやがった。
「そ、そんなぁー!やりますっ手伝います!」
慌ててロゼが手を出して来る。
皆で手分けして修理作業をこなしていく。
そこには戦闘中なのに、どこかしら和やかな雰囲気が流れていた。
搭乗員や俺達3人が、汗を流している間も無線機に取り付いていたムックがハッチから顔を出して呼んだ。
「車長!無線を傍受しました!
味方歩兵隊は市民の避難を完了したようです!
みな、健在で後方にさがり終えられたと、報告しています!」
ムックの声に、ハスボック准尉が細く笑んだ。
俺もロゼとタッチを交わして頷き合った。
「それじゃぁ、この街は明け渡したって問題ないってことよね!」
「無血開城って、一番いい事だよな!」
市民の誰もが助かったというのが、俺達の勲章でもあったんだ。
街の盾となって闘い、みんなが逃げ果せたのだから。
「よし、もう護るべき者がいないのなら、一刻も早くアタシ達も帰ろう!」
ロゼが手を振り上げる。
「そうね、中隊も一緒に後退するから。
原隊までは同道しましょう・・・ね、ルビナス」
アリエッタ少尉が俺の手を取って微笑んだ。
「え?ええ、まぁ、よろしくお願いします」
どう言って良いのか分からなかったが、味方と同道して貰えるのなら心強かった。
そういう意味でお願いした訳なのだが。
「むにゅぅっ、また手を繋いでる・・・」
ジト目で睨むロゼが呟きやがる。
俺の背中に痛い目力を感じるのですが?なんでしょうか?!
修理を終えたアリエッタ車に護衛されつつ、俺達は後退を始めた。
幸いなことに敵襲も無く、市街地を抜け出す事に成功したんだ。
ラポム中隊長指揮の6両と俺達の3突は、味方が集結している20キロ先の村を目指していた。
草原地帯を越えようと窪地に入り込んだ時の事だった。
それまで、敵の気配なんて感じられなかったし、街からはもう5キロは離れていたんだ。
それなのに・・・・
「右舷後方より、近づく物があります!」
装填手ハッチに出て見張りを行っていたロゼの叫びが耳に飛び込んで来た!
魔法は使わずとも済んだ。
なんとか両車とも、怪我人を出さずに済んだのがなによりだった。
修理を終えると市街地から撤退する。
防衛戦を闘い終えたルビ達。
その姿を追う者が?!
果してそれは?
次回 追跡者
君は人の恨みを甘くみてはいないか?戦争に私情を挟む者がいるのを忘れてはいないか?




