魔法の指輪
姉が死に逝くのを救えなかったロゼ。
心までも壊れかけた相棒を救えるのは・・・
俺の魔法?!
魔法使いが最期を迎える時。
天に闇が奔る・・・空に暗雲が流れるという。
魂を穢した魔女が、死を賜る時。
悪魔が魔女の魂を求めて現れるという。
穢された魔女の魂を己が手にし、その力を我が物とする為に・・・
ロッソアの戦車隊と互角以上に闘った中戦車。
たった一両で立ち塞がり、数多の敵と撃ち合って。
「味方中戦車に敬礼!」
誰言うともなく敬礼が贈られた。
小隊長に言われる前から送っていた。
訣別の挨拶として・・・二度と会い塗れぬ別れと知り。
誰かの声が歌を歌った。
戦車兵に捧げる唄を・・・戦車兵の歌を。
儚く消え去る兵の意気込みをうたった歌詞を。
魔鋼騎は燃え盛った。
敵弾に晒された車体のあちこちに開けられた弾痕から、煙と炎を噴き上げて。
車内に残された乗員の身体と共に、燃え堕ちていく。
自らを盾に、仲間を護った事を誇るかのようにして。
「うっ・・・・うううっ・・・」
誰かが嗚咽する。
誰かの魂を想い、泣いているのだ。
「姉様・・・さようなら。救ってあげられなくてごめんなさい」
むせび泣く声。
謝罪する魂。
だけど、いくら言おうがもう遅い。助けられなかったのは事実なのだ。
泣くロゼに、何も言えない。
それに今は感傷的になる時でもない。
「俺達はまだ戦っているのだから。いつ後を追うかも知れないのだから」
ずっと彼方の煙を観ているロゼに、俺は新たな誓いを刻んだ。
魔法を弄ぶ者に対しての怒り。
異能を持つ少女を、死地へと追いやった者への復讐。
魔鋼機械が持つ意味と、真実。
ロゼが言っていたように、魔砲は戦争に使ってはいけないというのか。
戦争に魔法を使えば、敵にも味方にも不幸を振り撒いてしまうのかと。
防衛任務を与えておきながら、救援も支援もして来なかった上層部に居る者達へ。
命令を発令した上級者達へ、俺の怒りは向けられていく。
その一番頂点に立つ者とは・・・
「俺はこの国を治める一族へも、復讐せねば気が済まない。
王侯貴族たる者へも、同じ思いをさせなきゃ気が治まらない」
フェアリア皇国の頂点に君臨するのは、言わずと知れた皇王。
俺はそいつも憎むべき者として覚えた。
その一族も、戦争を始めた者として捉えたのだ。
「いつか・・・戦争が終わったとしても。
必ずこの報いを受けさせてやる・・・代償を払わせてやる!」
敵も味方も無い。
死んだ者達の怨念が憑りついたかのように、俺は呪った。
「いつの日にか・・・俺が生き永らえていられたのなら。
仲間の命を奪い去った者達へ、粛罪させてやるんだ」
怒りの矛先は、自分達の国家を治めている者達へも向けられた。
「ルビ・・・アタシにも・・・手伝わせてよね?」
相棒は俺と意を同じくする。
俺と共に、悪意の中へと堕ちるという。
「ロゼ、君の姉さんはそれを願っていたと思うのかい?
君はアリエッタ少尉を救いに軍へ入ったと、言っていたじゃないか。
闘う事で心を貶めるのを停めに来たんじゃなかったのか?」
ロゼまでも道連れにしたくはなかった。
魔砲の力を持つ少女を、姉の二の舞にはしたくはなかった。
「そうね・・・でも。
でも、ルビの手伝いが闇を招くって言い切れないじゃない?
戦争をルビと共に闘い抜くのが貶めるのなら、アタシは受け入れる。
アリエッタ姉さんの仇を討つ事で貶められても、ルビと闘い抜くから!」
思いの丈を叫んだロゼが、俺にしがみ付いて訴える。
俺だってそう言って貰えるのは嬉しいが、巻き添えにするのは願い下げだ。
相棒の姉さえも救えなかった俺に、ロゼを護り抜く力があるとは思えない。
「せめて・・・ロゼだけは生きて帰してやりたい。
出来れば過去へと戻り、アリエッタ少尉も救い出してみたい・・・」
本当にそう思ったんだ、心の底から。
自分に秘められた力があるのなら、ロゼを護り、ロゼの姉を取り戻してやりたいと。
自分の眼前で悲劇が起きる時に、いつも心の中で感じていた。
もしも時間を遡れるのなら変えてみたい・・・運命を、
取り戻せるのなら・・・護れるのなら、俺に力があるというのならば。
時間を遡れる異能など、在りはしない。
あったとしてもそれがなんの役に立つ?
俺が神だというのなら、世界を変えてしまう事も出来よう。
人の俺が時間を遡っても、出来る事は僅かな事だろう。
出来たにしても、それが成功だと判るまで何回も繰り返す事になる。
無限の時の狭間に堕ちるだけじゃないか。
繰り返す時の中へ、堕ちるだけじゃないのか?
でも、たった一度だけでも戻れるのなら。
俺にタイムリープの異能があるのなら・・・
指輪が光っている。
俺の一族に伝わる魔法の指輪。
俺へ巡り返って来た魔法の指輪から、誰かの声が響いた。
「「授けられし者よ、我を使うか?我が力を以って己が運命を変えるのか?」」
重い声が頭の中へ訊ねて来た。
声の主は俺に問う。
「「一切の記憶は運べぬと知れ。決意を刻み込むのだ、変えたい現実を焼き付けておけ。
辿った先で何をするべきなのかを刻み込むのだ」」
声の主が指輪だと判ったのは、それが起きた時だった。
俺はロゼにしがみ付かれて立ち尽くしていた。
どう言ってロゼに反意を迫れば良いかと。
ロゼを巻き込まずに済む方法はないかと。
姉を喪った悲しみに暮れるロゼを諫めるにはどうすれば解決するのかと・・・・
「いかんっ!若いの達、伏せるんじゃ!」
俺とロゼに向けて軍曹が叫んだのを、耳にした・・・ような気がした。
俺の背に、爆風を感じたのは一瞬の事。
ロゼを庇って倒れ込んだことまでは覚えている・・・つもりだった。
やがて記憶が飛ぶ時、俺は想ったんだ。
ー 気が遠のく・・・記憶が途切れる・・・次に目覚めたら・・・あの場所へ戻ろう・・・
そう、あの時へ。
俺とロゼが敵に対して何も出来ずにいた・・・あの時へと。
蒼き指輪が輝を放った・・・
気を失う度に、違和感があった。
魔法の指輪を着けていなかったからなのか?
ポケットに仕舞っていただけ・・・だからなのか?
俺には元々異能が備わっていたとでも言うのか?
戦闘に出て、記憶が飛んだ後に感じた違和感。
デジャヴだとばかり思っていたが・・・
今度は違った。
今迄とは違う。
何故かは知らないが、俺は此処で何をするべきかを気付かされた。
曖昧な感じだが、一番にするべきなのは・・・
「ロゼ!奴を撃て!当たらなくても良いんだ!アリエッタより先に撃つんだ!」
どうしてこんな事を叫んだのか?
当たらなくても良いからなんて、どうして言ってしまったのか?
俺にも善くは判らない・・・が。
「ロゼの姉さんを救うには俺達の力で変えなきゃいけないんだ!」
だから・・・何を変えると言うんだ?
自分が分からなくなる、誰かに身体を乗っ取られでもしているみたいだ。
「ルビ?!アリエッタの方が、近いじゃない?」
ロゼが言う通り、こちらよりは中戦車の方がBT-7に近い。
言った俺も、なぜこんな事を言ってしまったのか分からなかった。
「良いから!撃てよロゼ!」
「了解!フォイア!」
もう照準は終えていたのか、BT-7目掛けて発砲した。
標的のBT-7は、アリエッタに向けていた砲塔をこちらに廻して来た。
アリエッタの中戦車に歯が立たないととでも思ったのか、先に俺達を撃とうとしたようだ。
「あっ?!撃たれる?!」
アリエッタは死に物狂いで砲塔を旋回させていた。
目の前に飛びだして来たBT-7が、ロゼたちの乗る砲戦車に向けて砲塔を旋回させているのを観たから。
「車長!いけませんっ、魔鋼機械が故障してしまいました!」
装填手の叫びも耳に入らなかった。
唯、妹を救いたい一心で。
「徹甲弾でも構わない!撃つわ!」
それがどんな結末を呼ぶかも知らず、アリエッタ少尉は命じたのだ。
魔鋼の機械が壊れた状態で発砲してしまうのが、どのような力を機械に及ぼすかも知らずに。
アリエッタの指先がトリガーに触れた・・・
「あっ?!やったのね?!」
トリガーから指を放して、アリエッタが歓喜の声を上げた。
照準器に映ったBT-7を観て。炎上して砲身を項垂らせた敵を観て。
「よしっ!良くやったなロゼ!」
間一髪だった。
俺達に砲身を向けて来た軽戦車は、会心の一撃を受けて炎上した。
「ルビ・・・アタシ・・・やったのね?」
75ミリ砲から砲煙が棚引く。
ロゼが放った徹甲弾は、BT-7に命中したんだ。
結果、俺達の手で撃破したのが最期の敵だった。
もう丘を越えて攻めて来た戦車はいなくなった・・・つまり。
「アリエッタも分ったでしょうね、アタシの腕を!」
半分喜び、半分はうしろめたい気でもあったのか。
ロゼは難しい顔を俺に向けて頬を掻いた。
「そうさ、ロゼの射撃術を少尉も認識しただろうしな。
向こうもこれで後退出来る・・・補給を受けに帰れるだろう」
中戦車に振り返り、俺とロゼは笑い合えた。
自分達でも、仲間を護れるのだと知って。
「車長!幸いでしたね。もうここらで引き返しましょう!」
装填手が壊れた砲尾を観て勧める。
「ええ、そうね。あの娘もやれば出来る子って分かったから」
微笑んだアリエッタが、装填手の勧めに頷き、
「ロゼッタも、戦車兵なのだから・・・砲撃して敵を撃てるのが分かったから」
姉アリエッタは自分に対して、いつまでも憎んでいた妹の成長を感じていた。
自分が護らなくても、ロゼッタは砲手としての務めを果たせるのだと知って。
「よし、今の内だ!全速で整備班まで帰るっ!帰ったら整備長をとっちめてやるぞ!」
車長アリエッタ少尉の命令で、中戦車は後退を始めた。
味方陣地へと、生還の道へと。
「帰って行くんだ・・・アタシを置いて。糞姉めぇ~っ!」
怒っているとは思えない口調で、ロゼが悪態を吐く。
「仕方がないじゃないか、敵も退き返したんだから。
今の内に補給を済ませる気だろ、多分・・・」
「判ってるわよ、そのくらいのことは!」
ツン状態のロゼが、俺が諫めたのに反発する。
「だったら、恨み言をいうなよな」
ツン状態の相棒に、いささか呆れた俺だが。
ー 何故だか知らないが、これで良かった気がするのは?
頭の中で喝采をあげている、もう一人の俺がいるんだが?
・・・気のせいだろうか?
気にはなったが、何がどうとは判らない。
胸の奥がすっきり晴れた気がしていたのは、ロゼの射撃のおかげだけでは無い気がしていただけ。
去り行く味方戦車を観て、置いてけ堀を喰らったのに。
何故だか気が和らいで感じられていたんだ・・・・
「ルビぃ?!軍曹が呼んでるわよ?」
最期の戦車を撃破した俺達に、軍曹が笑い掛けている。
「どうやら後方の陣まで引き上げるみたいね?」
残された小隊の指揮を執っている軍曹が、俺達にも後退しろと言っているみたいだ。
「若いの、ここはもう駄目じゃろぅ。
師団からの伝令を待ってはおられんから独断で後退するんじゃ。
敵の野砲が狙って来るのは明白じゃからのぅ」
徒歩で丘を下り始めた軍曹達が眼に入る。
「お前達は殿じゃ、砲を丘に向けたままついて来るんじゃぞ?!」
俺達を併せて17名と2両の砲戦車が味方陣地に引きあげる。
俺とロゼが放って撃破したBT-7の煙が目に入って来る。
「なぁ、ロゼ。俺達の運命が変わった気がするんだけど?
ロゼは何か感じないか?魔法使いなんだからさ?」
「はぁ?!何を馬鹿な事を言うのよ?
どこでどう変わったって言うの?アタシが命中させたのが運命さえも動かしたって言うの?」
俺がさっき覚えた違和感という物を訊いたのだが、ツン娘は自分が貶されたとでも思ったのか、
「そんなにアリエッタの方が頼りになるって思うのなら、
姉さんの戦車にでも乗ればいいじゃないの! ツーンだ!」
更にツン娘と化してしまった。
でも。
それでも。
どことなくだが、ロゼは嬉しそうに見えたんだ。
自分が放った弾で、誰かを救えたと感じているみたいに。
戦争に放り込まれてしまった自分を忘れているかのように・・・
蒼き指輪・・・
古から伝わるルナナイトの指輪。
ルビナスの指に填められてこそ、力を発揮する魔法のリング。
使った者の記憶さえも奪い、過去へと戻るという。
変えれるのか替えれるのかも判らない・・・異能の力。
使い方を誤れば、自らをも滅ぼしてしまう。
使うタイミングを間違えれば、死なずに済んだ者まで滅びを振り撒く。
指輪を持ち、指輪を使う魔法使い。
神をも嘲笑い、悪魔と為り得る・・・蒼き魔法の指輪を使いし者。
死を与え、生を享受させる者。
それは神ならざる闇、悪魔ならざる輝。
狼の名を授かりし少年は、己が力をどう示すというのか。
異能を持つ者は、まだ運命を知る術もなく闘うのみだった。
替えられた世界。
替えられた運命。
ルビの発動させた指輪が、変えたというのか?!
古から受け継いだ魔法の指輪。
今再び運命が変えられていく。
次回 作戦名は?!
敵が夜襲をかけてくるのなら、こっちもやってやろうじゃないか!




