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私が悪魔に堕とされるまで ※一方、世界には滅びの隕石群が落ちる  作者: 緑名紺


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1 転落人生


10/13に投稿した短編の文字数が多すぎて後悔したので、分割して投稿し直します。

短編は検索除外になっております。ポイントを入れてくださった方、申し訳ありません。

改めてよろしくお願いいたします。


 


「――その時に思ったのです。この天空に神なんていない。こんな世界、終わってしまったほうがいい、と。天空神も、あの男も、絶対に許せません!」


 慣れない飲酒でふわふわ体を揺らし、ふにゃふにゃになった呂律のまま、私は自分の身に降りかかった悲劇について語っていました。


 とても他人様には聞かせられないような恥ずべき内容。仮にも貴族の子女として育っておきながら、なんたる醜態でしょう。

 それでも口を滑らせてしまったのは酔っていたということもあるし、聞き手が常に耳心地の良い相槌を打ってくれたから……。


「大丈夫、きみは何も悪くない。崇高なる我らの邪神はきみを歓迎するよ」


 この世のものとは思えぬような華美な美貌を持つ男性は、優しい微笑みを浮かべてボトルを傾けました。

 空になっていた私のグラスにまた赤ワインが注がれていきます。


 きっと相手が紳士であれば、もう飲まないように止めてくれるのでしょう。

 だけど彼にそのような良識を期待するのは筋違いというもの。

 人の不幸話を聞いて微笑んでいる時点で、紳士とは言い難いのですから。


「…………」


 お酒のせいだけじゃない。

 生物としての本能的な恐怖が私から冷静さを奪っていました。


「さぁ、フィア。続きを聞かせて? もっときみのことが知りたい」


 愚かにも再びグラスを手に取った私に対し、目の前の美しい悪魔はくすりと笑いました。






 全てが狂い始めたのは今から四年前。

 当時十四歳の私は、凡人なりに幸せな人生を歩んでいたと思います。

 とある平和な王国の貴族の一人娘として生まれ、十分な教養を身に着ける機会を得て、優秀な婚約者との縁に恵まれ、何一つ不自由のない生活を送っていました。


 病床の祖父から遺言を聞き、その遺産を受け継ぐまでは。


『フィアンメッタ、私のかわいい孫娘。お前にだけは知っておいてほしい。人類はもうすぐ滅亡する』


 祖父は天文学者でした。

 独自の望遠魔術と観測技術によって、約十年後、この星に隕石群が衝突することに気づいてしまったのです。

 隕石は腐食属性の魔力を帯びており、衝突すれば瞬く間に空と大地と海を汚染するとのことでした。


 祖父の死後、隠されていた研究資料を読んで、私は途方に暮れました。

 とても信じられない。

 こんな未来、信じたくない!


 だから私は祖父と同じ手順を踏んで、真実を確かめました。

 すなわち望遠魔術を習得し、天文学についてなりふり構わず学び、恐ろしい腐食の隕石群の観測を試みたのです。


 ……結果は、私にさらなる絶望をもたらしました。

 私では祖父ほど正確な結果を出すことはできませんでしたが、隕石群の到来が真実だということだけは確認できました。


『このまま何もしなければ、人類を含めた脆弱な生命体は全て死滅する。だが、邪神様の封印を解き放つことができれば、あるいは――』


 祖父は私に生き残る道を示していました。

 子どもでも知っているこの星の創世神話です。

 古代、強力な毒によって人類を支配していた邪悪な神――六枚翅をもつ妖精女神(ティターシャイン)

 かの邪神は、天空神によって翅を燃やされましたが、蛹に戻って討伐を回避。そのまま地中深くに封印されました。


 天空神様の教えに背き、悪しき行いをすれば地の底から女神に誘惑され、人ならざる者へ変えられてしまう。

 邪神を信仰する者が増えれば、いつか力を取り戻し、その封印は解けるだろう。

 ……そんな言い伝えが世界各地に残っています。


 受け継いだ祖父の遺産の中には、有名な秘密結社〈妖精幻翅〉の会員証がありました。

 神話の時代から世界の裏側で暗躍しているという謎の組織。

 有名な秘密結社、という言葉は自己矛盾を起こしていますが、それ以外に言いようがありません。


 曰く、

 妖精女神を信仰してその復活を目論んでいるらしい。

 世界各地で陰謀を企て、悪逆の限りを尽くしているらしい。

 邪神より寵愛を賜った凶悪な人ならざる者たちが所属しているらしい。


 世界中の国々が条約を結び、結社の構成員を捕らえんとしているのもまた有名な話。

 まさか祖父が悪の秘密結社に所属していたなんて……ショックでした。


「おじい様は、私に人間をやめろと……?」


 そう、祖父が示した隕石群から生き残る方法は、邪神の力で人間を超越した存在になることでした。

 まともな発想ではありません。

 封印から解き放たれた妖精女神が、信者を隕石群から守ってくれると本気で信じているのでしょうか。

 どちらにせよ邪神の封印が解かれれば、ほとんどの人類は猛毒によって支配されるでしょう。


 私は信じない。

 信じるべきは、天空神様です。


 人類文明が発展にするにつれ、いくつか宗教が生まれましたが、全ての原点は天空教。

 もちろん私も敬虔な天空神徒です。


 邪神の力に頼らずとも、きっと天空神様が隕石群から我々を守ってくれる。

 ……もしも守ってもらえなかったのなら、それまでのこと。

 家族や友人、愛しい人たちとともに潔く死を受け入れよう。みんな一緒なら怖くない。


 苦渋の選択の末、私は祖父の研究資料を見なかったことにしました。

 誰も訪れないだろう領地の森の洞窟に、研究資料と秘密結社の会員証を埋めて隠しました。

 朽ちてなくなるのならそれでもいい、と言わんばかりに乱暴に。


「ごめんなさい、おじい様……」


 大きな後ろめたさを抱えながら、絶望の未来に蓋をしました。

 だけど、見えていなかったのは目の前にある現実の方だったのかもしれません。






「さようなら、フィアンメッタ。すまなかった」


 私の未来の夫となるはずの青年は、ほんの少しだけ申し訳なさそうな顔をして去っていきました。

 他に好きな女性ができたそうです。

 彼の説得に応じて、私はお互いの合意による婚約解消という形でお別れしました。

 ……揉めたくなかったから。


 それで終わったならば少し泣くだけで済みましたが、彼は未来の婿養子という立場を利用して、我が家からありとあらゆるものを奪っていきました。

 彼は実直な人柄で大きな野心を隠していたのです。


 あっという間の没落でした。

 身に覚えのない不当な契約や起こるはずのない事故の賠償によって、我が家は土地と財産を失い、信頼の失墜とともにやがて爵位までも返還することになったのです。

 誰も助けてはくれませんでした。


 身内以外にこのような工作ができるのは、父の仕事をすでに手伝っていた元婚約者の彼しかいない……。


 貴族家の次男だった彼が独立して事業を始めたと聞きました。

 その資金は一体どこから?

 事業の提携先に我が家の債権者の名が連なっていたのはなぜ?

 縁を切られた友人から、最後に彼がありもしない我が家の醜聞を語っていたとも聞きました。そうやって我が家を周囲から孤立させたと思うのは考えすぎでしょうか。


 ……彼を告発することはできませんでした。

 私たちを陥れたという決定的な証拠は見つからず、彼の優秀さを最悪の形で思い知らされることになったのです。


 遠縁の援助によって、私たちは小さな家を貸し与えてもらいました。

 しかし生活はままなりません。

 父はお酒に溺れ、母は心を患い、紹介された商店で私一人が働いても十分に両親を養うことは難しく……。


 二人は毎日のように私を責めました。

 私に女としての魅力がなかったがために彼に愛想を尽かされ、裏切られ、このような破滅を迎える羽目になったのだ、と。


 ……そうなのかもしれません。

 私は祖父の遺産の信憑性を確かめるために、たくさんの時間を使いました。

 彼からの誘いを断ったことも一度や二度ではありません。

 そして、滅びの未来を両親や彼に告げようか、国や教会に危険を訴えようか、毎日毎日悩み続けていたのです。

 きっとひどい顔をしていたでしょう。

 同年代の女の子がキラキラと輝くような青春を送っていた時期に、暗い研究室で人類の滅亡の未来について考えて葛藤していたのですから。

 彼が私から不吉なものを感じ取っていても不思議ではありません。


 もしも私が魅力的な女性であれば、こんなことにはならなかったのでしょうか。

 婚約解消の申し出を素直に承諾しなければ、両親に本当のことを話していれば、祖父の遺言を信じて秘密結社とつながりを持っていれば、もしかしたら……。


 全部、私のせい……。

 徐々に、慣れない労働と自責の念から私の心身も蝕まれていきました。


 降り注ぐ不幸はまだ止まらず。

 やがて遠縁からの援助がなくなり、私の給金が酒と薬代に消え、明日食べるものにも困るようになると、父は惨めな暮らしに癇癪を起こして心臓麻痺で急死し、後を追うように母も川に身を……。


 一人ぼっちになって呆然とする私のもとに、父の友人を名乗る男が訪ねてきて、下卑た顔で借金の返済を迫ってきました。そんな話知りませんでした。

 両親の葬儀にすらまともにお金を使えなかったのです。払えるものなど何もありません。

 返済を待ってくれるように頼むと、ならばと男は私を「夜の街に売る」と言い出しました。

 その前に味見すると手を伸ばされ――。


「っ!」


 どこにそんな力が残っていたのか、私は手あたり次第に酒瓶を投げつけて威嚇し、とっさにその場から逃げだしました。


 どうしてこんなことに……。

 何も分からないまま走り続け、気づけば見知らぬ町をさまよっていました。


 そこでとどめです。

 天空教の教会を見つけ、助けを請おうとした私は、信じられないものを見ました。

 新進気鋭の青年実業家と大司祭様の愛娘の結婚式が、盛大に執り行われていたのです。


「まぁ、なんてお似合いなのかしら!」

「新しい時代を感じる光景だな……」

「若い二人に天空神のご加護があらんことを!」


 元婚約者の彼が、神官の美しい娘と天空神の像の前で誓いの口づけを交わしているのを、呆然と眺めました。

 最上の幸せを噛みしめるような笑顔が目に焼きついて離れない。


「――――っ!」


 私は声を上げることもできず、その場からも逃げだしました。


 気持ち悪い。

 もう吐き出すものなんてないのに、ずっと吐き気が止まりません。


 治安の悪い路地を通り過ぎる時に、ごみ箱をあさる浮浪者の男の舌打ちが聞こえました。


「世の中クソだな。神なんていねぇ……」


 ああ、本当にそう。

 心の底から共感する。


 私は熱心な天空教徒で、その教えを遵守してきました。

 清く正しく善行を積み重ねて生きれば必ず幸せになれる。

 天空神様はいつでも地上を見守っていてくれる。

 そう信じて生きてきたのに!


 私は素晴らしい人間ではなかったかもしれないけれど、少なくともこのような不幸に見舞われるほど悪いことをした覚えもありません。

 父と母もそう。遠い記憶にある二人は貴族にしては善良で、実の娘を詰ったことなんて一度もなかった。


 なのに、私たちから全てを奪ったあの男が天罰も受けず幸せそうに笑っていた!

 こんな世界間違ってる!!!


 何日もかけてかつての領地を目指し、祖父の研究資料を隠した洞窟へ。


『生きなさい、フィアンメッタ。私が許す。魂を邪神に明け渡してでも、何を犠牲にしてでも、お前だけは生きて幸せに――』


 祖父と最期に交わした言葉。

 それが私に残されたたった一つの希望であり、免罪符でした。


「はい、おじい様。必ず生き残って見せます。どんなことをしても……」


 天空神なんていない。

 いたとしても無能。

 私は金輪際そんな神を信じない。

 天空神を信じる全ての者が滅びの隕石を浴びるのを、笑いながら見てやるんだ!


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