33、逃げられない2
「サリーは考えすぎなんだよ。それよりサリーの気持ちは? 俺のこと大嫌いではないんだろ?」
ニヤリと笑ったヨシュアの顔が憎たらしい。
ずっと一緒にいたからサリーネには解る。この顔は完全に勝ちを確信した時の顔だ。
(嫌いな相手にキスなんて許すか!)
心の中で盛大に反論するも、結局悔しいけれどサリーネはヨシュアのことが大好きなのである。
「大好きです……けど」
素直に認めるのは癪に触ったので、ちょっとだけ反抗的な言い方をしてみたサリーネだったが、ヨシュアはギラリと金色の瞳を輝かせた。
「よし、言質はとった。すぐに結婚だ!」
「私にだけ言わせてズルい! って、えええ? 結婚? すぐに?」
サリーネは不服を言うも、結婚というワードに驚きを隠せない。嬉しいが早すぎる状況についていけない。
しかしヨシュアはひょいっとサリーネを横抱きにするとスタスタと歩き始めた。
「あっ、でも私、働いて娼館にお金を返さなくちゃ」
慌てたようにヨシュアの腕から降りようとするサリーネだったが、びくともしない。
抜け出そうとするサリーネをがっちりと抱えなおして、ヨシュアが思い出したくもないように忌々しそうな表情でどついた。
「アホか! サリーの身受け金は既に支払済に決まってんだろ」
「え? そうなの?」
「お前を買ったのは俺だって言っただろーが。他の奴になんか触らせるかよ……つーか、その恰好だって見せたくなかったのに……」
眉間に皺を寄せてブツブツと文句を言うヨシュアだったが、宰相の変装をしてサリーネの部屋へやってきた時には既に身受け金は支払い済だったのだろう。
やっぱりヨシュアはなんだかんだで優しいままだ。
そのことが無性に嬉しくて抱き着けば、険しかったヨシュアの眉間の皺が蕩けたように和らぐ。
「やっと掴まえた」
ぎゅうっと抱きしめ返されたのも束の間、ヨシュアは何かを思い出したように振り返ると黒髪を靡かせ言い放った。
「後始末は侯爵家の騎士団に任せる。宰相の身柄は侯爵夫人に預け、今後の指示も夫人に仰ぐように。ドルズ辺境伯ヨシュアの裁量に異議がある者は名乗りでるがいい」
しんと静寂が占め騎士団が頭を下げる。
それを満場一致で承諾したと受け取って、ヨシュアはいつの間にかすぐ側で控えていたトンチンカンに笑顔を向けた。
「お前ら帰るぞ! すぐに結婚式を挙げる!」
ヨシュアの言葉に、トンヌラがいい笑顔で反応する。
「承知しやした! 結婚式は盛大な肉パーティーにしやしょう! おかんの飯は絶品ですから」
「いいっすね~、辺境へ帰る道すがら魔物を狩って肉ゲットして行くっすよ!」
「肉、肉、肉! どうせなら美味そうな魔物がいいなぁ。おかん、腕がなるね!」
結婚式だと言っているのに、主役のサリーネにおさんどんを頼む気なのかと、そしてお前らの頭の中には肉しかないのかと、サリーネが胡乱な眼差しを向けると、親指をおったてたカントがいい笑顔を向けてきた。
「安心して! おかんと若に、どんだけ激しく動いても壊れないベッド作ったげるから!」
「結婚式すっ飛ばして初夜の心配しないで! どんだけ激しく動いてもって何!?」
見当違いのカントの言い分にサリーネがツッコミを入れる。
羞恥で赤くなるサリーネだったが、その頭上から冷静な声が聞こえてきた。
「いくら頑丈に作ってもベッドは壊れるな」
「何で!?」
真顔のままで呟いたヨシュアにサリーネの羞恥心メーターは振り切れる寸前だ。
娼婦になろうとしていたが純情乙女には刺激が強すぎる。
(初夜って一体どんなすごいことするの? てゆーか、結婚するってことは私、ヨシュアとあんなことやそんなこともするの?)
ちなみに、あんなこともそんなことも全く知らないのだが、想像だけが暴走してゆく。
小説なら「ここから先はR18でお楽しみください」と告知したいところだが、如何せんサリーネにはその知識がない。しかし妄想は止まらない。
そんな顔から火を噴きそうなサリーネを見てヨシュアは、クスリと笑った。
「ベッドが壊れるのは、サリーネのことが大好きだからだけど?」
そう言って強引に顎を持ち上げられ、触れるだけのキスをされる。
二度目の方がファーストキスっぽいってどういうことなの? とツッコミたくなるが、それよりもサリーネはヨシュアの言葉を反芻して紫紺の瞳を瞬かせた。
「あれ? いま大好きって言った?」
サリーネの呟きに、ニヤリと不敵に笑ったヨシュアだったが、人を抱えているとは思えないスピードで疾走を始める。
ほどなくして辺境領へ戻ったヨシュアは宣言通りにすぐさま結婚式を断行し、サリーネは初夜にしてベッドが壊れる体験を味わったのだった。




