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28、宰相1

 言ってしまってから、言い過ぎたと思っても時すでに遅し。

 肩で息をしながら自分の発言に青褪めたサリーネは、自分を見下ろすヨシュアの視線から逸らすように顔を背けた。


「………………は?」


 一方、金色の瞳をこれでもかと見開いたヨシュアが、たっぷりの間の後で発したのは一言だけであった。

 しかし、その一言だけで固唾を飲んで二人の遣り取りを見守っていたトンヌラ達や他の騎士達は、ヨシュアから放たれた凍りつくような威圧感で、一瞬己が凍結させられたかと錯覚する位の恐怖を覚える。


 誰もが息をも忘れて二人を凝視する中、ヨシュアがこてんっと首を傾げた。


「……大嫌い?」


 魔物の大軍と対峙した時よりも、凄まじい怒気を発するヨシュアが、サリーネに向かい足を一歩踏み出す。

 サリーネが気まずさと彼の圧力から一歩下がる。

 それを見たヨシュアの眉間に深く皺が刻み込まれ、怒りの度合いが増す中、また一歩進む。

 再度サリーネが一歩下がる。


 その繰り返しは正に地獄の悪循環といえる。

 金色の瞳だけがギラギラと光るヨシュアの端正な顔は、もはや怖すぎて子供が見たらひきつけを起こすかもしれない。


 誰がああなった魔王を宥められるのか?

 唯一の存在に大嫌いと言われたヨシュアがどんな暴挙に出るのか?


 せっかく魔物のスタンピートを止められたというのに、魔王の失恋で殺されるとか死んでも死にきれない。

 それでも誰も言葉を発せらない。だってせめて少しでも長く生きていたいし、何より怖いから。


 だがここに、一人の人物が転がりこんでくる。

 ヨシュアとサリーネの間に割って入るようにやってきた男性は、緊迫した常在戦場な状況が見えていないのか、面の皮がボンレスハムのように分厚いのか、場にそぐわない満面の笑みを浮かべていた。


「ドルズ辺境伯殿! 我が領地をお救いいただき、ありがとうございます!」


 男性は揉み手をしながら、サリーネには目もくれず強引に割り込むと、媚びるようにヨシュアを上目遣いで見上げる。


「いや~、さすがヨシュア殿! 比類なき強さは噂通りですな。我が領地へ来ているなら、仰ってくだされば歓待いたしましたのに」


 太った身体を揺らしてブハハハハッと下品な笑いをした男性は、ヨシュアがまるで自分を眼中に入れていないことを全く理解していない。

 しかし、この人物が間に入ったおかげでヨシュアの圧から逃れられたサリーネは、パチパチと紫紺色の瞳を瞬かせるとポンっと両手を叩いた。


「あっ!(ヨシュアが変装していた)新物が好きな娼館の常連さん。気絶から復活したんですね、良かったぁ」


 登場した時から、どこかで見たことあるな? と記憶を探っていたので、思いだしたらうっかり口にしてしまっていたが、サリーネの言葉に周囲から失笑が漏れる。


 新物が好き、さらに娼館の常連、つまり極論的に言えばロリコンでヤリ〇ン。趣味は人それぞれだが、ちょっと恥ずかしい性癖を公衆の面前でバラされた男性は、脂ぎった頬を朱に染め、でっぷりとしたお腹をブルンッと震わせた。


「何だ、この失礼な小娘は? 儂は侯爵にして、この国の宰相であるぞ!」


 眦を吊り上げ、居丈高に反論した宰相はサリーネに詰め寄るが、サリーネが着ている煽情的なワンピースを見ると蔑むような表情を浮かべる。


「なんだ娼婦か。珍しい髪色をしているようだが、下賤の者が気安く儂に話しかけるな! 全く近頃の平民は身分というものを軽んじていて、不愉快極まりないわい!」


 別に話しかけたわけではなく、独り言を少し大きい声で言ってしまっただけなのだが、宰相の言葉にサリーネは首を傾げた。


「珍しい髪色?」


 ふと自分の髪を手にとって、サリーネは驚く。

 いつの間にか黒色に染めていた髪が金髪と水色の二色に戻っていた。


「あれ? なんで?」


 掴んだ髪を見ながら不思議に思うも、そういえばドラゴンの血液塗れだった髪を、ヨシュアが拭いてくれた時に目を瞠っていた気がする。

 ということはドラゴンの血液には、染めた髪を元の色に戻す作用があるということだ。しかもどうやら剥離するのは染めた色だけという優れものらしい。


「世紀の発見キタコレ! 蔓草の染色剤とセットで売れるんじゃないコレ?」


 極貧生活が身についているサリーネにとって、売れそうな物を見つけるとテンションが上がってしまうのは仕方がない。


「あ、でも一人じゃオオトカゲ……じゃなかったドラゴン? を狩るのは厳しいか……」


 トンヌラ達には強いと絶賛されたが、サリーネは自分の強さにイマイチ自信がなかった。

 魔物の群れに飛びこんでゆく勇気も、巨大な敵に怯まない豪胆さも、隣にヨシュアがいたから発揮されたもので、彼がいないと怖くて挑める気がしない。


 頼りになって、優しくて、ピンチの時には絶対に助けてくれるヨシュアが側にいてくれるからサリーネは戦えるのであって、一人で魔物と対峙するなど考えただけで足が竦む。


 それなのに自分の八つ当たりで、彼に大嫌いと言ってしまったことが重く胸にのしかかる。


 確かに権力を振りかざす人間は嫌いだ。

 でもそんなこと、とっくの昔に諦めていたはずなのにヨシュアに壁を作られたみたいで悲しくて、つい言ってしまったのである。


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