21、背に腹は代えられぬとはよく言ったもので2
娼館という世間から隔離された世界では、後ろ暗い事情をかかえた人もいるだろうからあまり詮索されないだろうと、素顔を晒したサリーネは思いのほか高く売れた。
娼館の女将はサリーネを見るなり即決で買い取ることを決めてくれ、部屋と食事まで提供してくれた。
衣食住込みだから、身売りのお金はまるまる手元に残る。
ズシリと重くなった財布を与えられた部屋の屋根裏へ隠し、満腹になったお腹をさすったサリーネは、あまりにも呆気なく手に入ったお金と食事に、乾いた笑いを浮かべていた。
「最初から娼館に来ればよかったのかな?」
なんて強がりを言う余裕まで出てくるが、煽情的なワンピースの胸元を少しでも隠そうと、はおったショールを掻き合わせる手は震えがとまらない。
ワンピースのスカートは膝小僧がまるっと顔を出す程短い裾で、足さばきはいいが暖を取るのも防御にも適していない。
脱ぎやすい、且つ、脱がせやすい、職業にベストマッチングな服装ではあるが、娼館に身売りしたその晩から客を取るとは、思ってもみなかった。
「大丈夫。こわくない。嫌じゃない。相手はごはん。美味しい、ごはん」
呪文のように何度も呟き、目を閉じる。
その時、ガシャーンというけたたましい音が鳴り響いた。
「んぎゃあっ!」
過度の緊張の糸が切れ、ビクーッと全身が震えたサリーネが思わず変な叫び声をあげたが、そんな声など掻き消すように誰かが暴れる音は鳴りやまない。
「え? あんなに激しいものなの?」
情交がどういうものだか知らないサリーネは、聞こえてくる音の激しさにサーッと青褪めた。
だが郷に入れば郷に従えという。
今から自分もその行為をしなければならないのだ。
「す、少し見学させてもらって、せめて怪我しないようにしなくちゃ」
恐るおそる、扉を開け廊下を覗く。
相変わらず何かが壊れる音は響いており、サリーネはおっかなびっくり廊下を進む。
ショッキングピンクの派手な壁色の突きあたりを曲がったサリーネは、そこで広がる光景に目を丸くした。
扉が大きく開け放たれた部屋は、室内の調度品が壊れて至る所に散乱している。
そして娼館の従僕数名に押さえつけられている一人の金髪の女性と、それを見下ろす女将の姿。
どう見ても客を取るのが嫌で逃げ出そうとした娼婦が捕まった図だが、何せ今までその手のことに縁がなかったサリーネはわからない。
「え? 複数プレイとかは無理」
呟いたサリーネに、押さえつけられていた女性が顔をあげた。
「何がプレイよ! 私は清いままよ! 私は伯爵令嬢よ! 娼婦になんかなるわけないでしょう!」
金髪を振り乱して叫んだ女性は、まだ逃げることを諦めていないのか足をばたつかせる。
「あんたたち、私にこんな真似したら、私の婚約者のヨシュア様に瞬殺されるわよ? すぐに助けに来てくれるんだから! 離せ! 離せーーーーーー!」
女性の言葉にサリーネは瞳を瞬かせた。
叫んで暴れて、なおも抵抗を続ける女性の顔をまじまじと見つめる。
美しかった金髪は乱れ、サリーネと同じような煽情的なワンピースを身に着けていたので、気づかなかったが、従僕に押さえつけられているのは王都のアパートでサリーネに因縁を付けてきた貴族令嬢であった。
「貴族令嬢が何故こんなところに?」
唖然としたサリーネの問いかけに、金髪の令嬢が反応する。
「知らないわよ! 気づいたら家から出されて、お父様にここへ連れて来られていたんだもの! それより私の事を知ってるのね? だったらぼさっとしてないで早く助けなさいよ!」
変装をやめたのでサリーネのことに気が付いていないらしいが、居丈高に命令する令嬢にムッと眉を寄せる。
そもそも彼女がいなければ、サリーネは再び王都を出ることもなかったし、お腹も空かせることもなかったし、娼館に身売りすることもなかったのだ。
彼女に何があったのかは知らないが、助ける義理は微塵もないな、と返事をすることを拒んだ。
トンチンカンの三人がヨシュアから襲撃を受けた時は迷いながらも助けにいったくせに、我ながら冷たいかもしれないが、生憎サリーネは女神でも聖女でも聖人君子でもないのである。
親しくしてくれた人と悪意を持って接してきた人を明確に差別するのは当然だろう。
すると返事を放棄したサリーネに代わり、女将が吐き出すように令嬢へ言い放った。
「うるさいねぇ! あんたは親に売られたんだよ! 大人しく客をとりな!」
「お父様が私を売るですって? そんなことするわけないじゃない! 平民が貴族に嘘をつくなんて死刑よ、死刑!」
「ったく、あんたの父親が気絶した状態であんたを売りにきたわけだよ。人の話をちっとも聞きやしない」
「私の婚約者は辺境伯なんだから! 気安く触んじゃないわよ! この下民が!」
「その婚約の話だって妄想癖の強い娘の思い込みだって、あんたの父親が言ってたよ。だから相手にするなってさ」
「ああ、ヨシュア様。早く、早く助けに来て。貴方のヒロインは悪い悪役に捕まってしまったの。早く私を救い出して」
「うわっ、こわっ……」
令嬢の言葉にサリーネが思わず本音を零す。
しかも悪い悪役って、なんやねん。と、ツッコミたくなった。




