19、魔王と幼馴染 2
視点がトンチンカンに変わります。
コロコロ変わって、解り辛くて申し訳ありません。
前日にアパートの扉を蹴破られ、漆黒の黒髪の隙間から金色に光る双眸を目にしたトンヌラとチンクーは死を覚悟した。
あまりの恐怖からか意味不明な言葉を叫んだカントは、ヨシュアの圧に当てられ勝手に自滅し本気で半ば死んだ。
数週間前にも怪しい薬で死にはぐったが、アパートの隣に住む恰幅のいいおばちゃんに助けてもらい命を取り留めたことは記憶に新しい。
中年太りよりも大分丸いおばちゃんは、瓶底眼鏡をかけ顔には吹き出物が出来ていて、髪は白髪を染めているのか不自然な程真っ黒く、お世辞にも美人とは言えなかった。
だが、丸い身体に反してキビキビと動き、母親のような包容力があった。
そうかといってズケズケとこちらの事情に踏み込んでこない、いい距離感で接してくれる配慮スキルまで所持していた。
しかもおばちゃんは助けてくれたばかりか飯まで恵んでくれるいい人で、ふくよかな見た目通りに料理がものすごく美味い。
まるで理想の母親のような彼女をいつしか『おかん』と呼び、助けてくれたお礼を鍋にして正解だったとつくづく思いながら、気づけば一緒に食事をすることがごく自然となっていた。
勿論、ヨシュアからの任務を忘れたわけではない。
そもそも数ヶ月前から毎日のようにやってくる過分に脅しの入った催促の手紙が、忘れたくても忘れさせてくれないのだ。
そこで三人は、少しでもヨシュアの怒りが収まるようにと、重傷を負って未だ静養中の元辺境伯と元騎士団長に、今流行りの万能薬を送ろうと思いついたのが『おかん』との出会いなのである。
万能薬は宰相が広めたらしく、今では国中のあちこちで気軽に購入できた。
とはいえ辺境は田舎なので流通量は少ないだろうと考え、王都で大量に購入し送ることにしたのだ。
しかし評判の万能薬といえど、まだ新薬の部類に入る実績のない薬を送るわけにはいかない。
だからまず自分達で服用してみようと言うことになったのだが、三人も捜し人が見つからないストレスが溜まっていたのか、しょうもないマウントの取り合いが始まった。
「俺、錠剤タイプの薬って水なしで飲めるんだよね」
どうでもいいことで勝ち誇った顔をしたカントが、宣言通り水なしでゴクリと薬を飲み込むのを、チンクーが鼻で笑う。
「俺なんて一度に大量に飲めるっすよ?」
そう言って無造作に片手で薬を鷲掴みしたチンクーが、バリボリと頬張り嚥下する。
「お前ら、薬は用法容量を守って摂取しねぇとダメだろう」
呆れたように苦言をしてきたトンヌラに、チンクーに負けじと大量の薬を飲もうとしていたカントがせせら笑う。
「そんなこと言って、ビビってんじゃねぇの?」
「沢山飲んでみて効能を確かめないとダメだっていうのに、ヘタレはこれだからいけないっす」
二人が競うように薬を飲み込みながらヤレヤレと肩を竦めたのを見て、トンヌラのこめかみに青筋がたった。
「なんだと?」
そう言うなり机の上に置いてあった薬を大量に口内へ掻きこんだトンヌラに、チンクーとカントも応戦する。
買い占めてきた万能薬を三人で飲み切ったまでは良かったが、数分後、身体に異変が起きはじめた。
慌てて錠剤の大半を吐き出したが、すでに遅し。
目が霞み、意識が朦朧としてゆく中、トンヌラは丸々と太ったオークに襲われる夢を見た気がした。
慌てて意識を保とうと目を凝らすが、何故かオークは人語を話し自分を助けてくれようとしているらしい。
解毒剤の匂いは半端ではなく、もう二度と嗅ぐのはごめんであったが、とにかくこうして三人はオンボロアパートの隣人であるオーク、じゃなかった……おかんに助けられたのだった。
ちなみに助けてもらって暫く経った後、三人が倒れていた理由が薬の飲みすぎだと聞いたおかんに、呆れた顔で怒られた。
「バカじゃないの? 薬は摂取方法を間違えば毒にだってなるんだから!」
勢い余ってずり落ちそうになる瓶底眼鏡を掛けなおし、吹き出物のついた丸い顔を上気させプリプリと怒るおかんは、やっぱりオークにしか見えないが憎めない。
平謝りする三人に、おかんはやれやれと肩を竦めると、台所の方へ向かいながら独り言を呟いた。
「でも、おかしいわね? あの症状はノモマ草を大量に服用した時に起こるものだと思うんだけど? あの解毒剤が効いたのが何よりの証拠だし……。まぁ、ノモマ草は一次的な幻覚作用で治ったように錯覚させるけど毒草だし、常習性もある危険なもので採取は禁止されているから気のせいよね、きっと」
何気ないおかんの独白だったが、その言葉がやけに気になったトンヌラ達は捜し人を見つける傍らで万能薬の調査を始め、ある重大な秘密を知ることになる。
三人は急いでヨシュアへ連絡を取り事の次第を報告しようとしたが、サリーネが見つからないことに痺れを切らしたヨシュアの突撃を受ける方が早かった。
自分達の想定より早く降臨した魔王に三人は混乱した。
早朝からされたノックに不機嫌そうに玄関のドアを開けて、目の前にいる人物を認識したカントは、あろうことか無言でドアを閉めた。
客が来ているというのにドアを閉めるという不可解な行動をしたカントに、今度はトンヌラがドアを開け、チンクーが隙間から外を覗く。
そしてまた、二人も無言でドアを閉めた。
魔王と対峙するには、まだ心の準備ができてなかった三人は、ドアなどヨシュアの前では何の障害にもならないということを失念する位に混乱していたのである。
結局ドアは壊され、三人は魔王と三年ぶりのご対面を果たすわけだが、そこでおかんがヨシュアの捜し人だったと発覚し驚愕した。
変装をといたおかんは全くオークには見えず……トンヌラはすっかり『オーク=おかん』と変換されるようになっていた自分の頭と視力を反省した。
しかし命拾いしたと安堵したのも束の間、また忽然と姿を消してしまったサリーネに、三人は今度こそパニックになる。
あまりの混乱っぷりに、トンヌラは細い水道管を覗き込み、チンクーは鍋の中を確認し、カントは自分の鼻の穴を隅々までほじくって捜した。
だが幾ら捜しても、水道管から滴り落ちるのは水だけだし、鍋は空。鼻からは鼻クソだけ(ほじりすぎて鼻血はでてきたが)しか出てこない。
そもそも、いくら華奢でもそんな所に人間が入るわけがないのであるが、彼らは迫りくる戦慄の未来に真剣に混乱していたのだ。
ダーダン……。
ふいに重低音の音が木霊する。
ダーダン、ダーダン……ダダダダダダダダ。
ここは大海原。
限りなく広がる水平線を背景に、漂う小舟の上で三人の耳に緊迫した音が迫る。
凪いでいたはずの海の波が揺れ三角の背びれが水面から顔を出し、前触れもなくそれはいきなり襲ってきた。
「サリーは?」
シンと静まり返ったサリーネの部屋の扉を開けたヨシュアの金色の瞳が、素早く不穏な気配を察知して鋭くなる。
獰猛な生物に襲われれば、初撃を躱しても、いずれは嬲り殺されるのが宿命だ。
人食い鮫の方がマシだと思える位に怒りを露にした再度の魔王降臨に、三人は海の藻屑になる運命を悟ったのだった。
子供の頃にTVで見た映画のジョーズがトラウマで未だに海が怖いです。精一杯の勇気を出せば膝下までなら入れますが、常に三角の背びれが接近していないか確認している不審人物と化しています。
次回からサリーネ視点になります。




