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16、ヨシュアの誤算 1

ヨシュア視点の過去のお話になります。

 

「朝、起きたらいなくなってました?」


 微笑みながら首を傾げたヨシュアに、トンヌラ、チンクー、カントの三人が震えあがる。


「それで? 俺は、今度は何年待たされるんだ?」


 ニコニコと一層笑みを深めるヨシュアだが、彼の足元から周囲に広がる威圧感にトンチンカンは今度こそ死を覚悟した。


 ◇◇◇


 ヨシュアから見たサリーネの第一印象は、珍しい二色の髪色と草を食べてる変な奴という認識だった。

 痩せっぽっちの身体を見て、仕留めたばかりの魔物の肉を分けたのはただの気紛れだ。

 しかし、遠慮しつつも美味しそうに食べる顔に、なんとなく胸がホワッとした気がした。


 そんな気持ちになったのは初めてで、内心で首を傾げたヨシュアだったが、サリーネが紫紺色の瞳をキラキラさせて「魔法使いみたい」と言った顔を見た途端に、ドロッとした感情が押し寄せた。


『……逃がさない……』


 不意に脳裏に浮かんだ言葉と共に、ホワホワと浮ついていた気持ちがドロドロした感情に浸食されてゆく。

 だが特段不快ではなくて、魔物を追い込むように、目の前で無垢な笑顔を向けるサリーネを囲い込む算段を始める。


 執着と偏愛を微塵も相手に気づかれないように、じっくりゆっくり追い詰めるため、表面上は平静を装いながら、ヨシュアは着実にサリーネとの距離を縮めていった。

 そして漸くサリーネのデビュタントの年がやってきたのだ。


 貴族は基本政略結婚が多く親が子の相手を決めるのが普通だが、この国ではデビュタントを過ぎれば成人と見做され、婚約者がいない場合は家長の承諾がなくとも本人達の意志で婚姻を結べる。

 しかしそれで問題が起こった場合、それは子の教育を疎かにしていた家の責任であるため、親は子が成人する前に適当な婚約者を宛がうのが普通だ。


 しかしサリーネは父親からずっと放置されていた。

 いや、放置だけならまだいいが、後妻の娘である彼女を邪険にしていることを隠しもしなかったらしく、サリーネは使用人達にすら蔑まれ、食料すら与えられず飢えから草を食べていたのだ。


 その後も父親の暴挙は続き、まだ子供のサリーネに領地経営を丸投げして上前だけはちゃっかり要求するくせに、自由に使えるお金は認めないと使用人に監視させる始末で、控えめに言ってクソ野郎だった。


 フォルミア子爵家でのサリーネの扱いを耳にする度に腸が煮えくり返る思いだったが、放置されていたせいで婚約者が決まっていなかったことだけは行幸といえた。

 だからヨシュアはさっさと既成事実を作ることにした。


 サリーネをデビュタントでエスコートして、そのまま連れ帰り辺境領で結婚式を行う。


 騙し討ちみたいな計画だが、ヨシュアはサリーネが自分を憎からず思っていることに気づいていたので問題ないと判断した。

 まあ、万が一嫌がったら、調合師として辺境伯領に居場所を作ってやり、もっと時間をかけて落としてゆく妥協案も多少は考えていたが、結局サリーネと一緒になる未来は変わらない。

 だがここで問題が生じた。


 少し短絡的だが、ヨシュアは怖ろしく強い。

 辺境領の魔物だけではなく近隣領地の魔物まで狩りまくっているそんな彼が、幼馴染のデビュタントのエスコートをするため王城へ行くと言ったから、さぁ大変。彼の父である辺境伯と騎士団長がパニックを起こしたのである。


「よったんがいないと、辺境領は魔物に占拠されちゃうよぉ! ここのところ凶悪な種ばかり出没しているの知ってるだろぉ?」

「若ぁ! 若以外に誰がスタンピートに対応できると言うのですかぁ!」


 王都へ行くため旅装用の分厚いマントを着込んだヨシュアの裾を握りしめ、泣きながら懇願するごつい中年親父二人に、ヨシュアは呆れたように溜息を吐いた。


「スタンピートなんて早々起こるもんじゃねぇだろ? ちゃんと5日で戻ってくるから、泣き言いうな。ジジィが泣いたって気色悪いだけで、庇護欲そそられねぇんだよ。あと親父、よったんって言うのやめろ。騎士団の前だぞ? 威厳はどうした」


 心底嫌そうな顔をしたヨシュアに、父親の辺境伯は気まずそうに咳払いをするも、相変わらず裾を握りしめたまま、行かないでと上目遣いで哀願してくる。

 隣の騎士団長もウルウルと瞳を潤ませたまま、ややもすると掴んでいるマントに穴でも開けそうなほどの力で握りこんでいた。


 ちなみに辺境伯も騎士団長も全く弱いわけではない。

 それどころか一騎当千の兵として王国内では名を轟かせている豪の者だが、ヨシュアが化け物級に強すぎるのだ。


 どれだけ強いかと言うと、辺境伯と騎士団長が二人でオーク五体を倒している間に、ヨシュアは一人で大きなドラゴン五体を倒せる位のとんでも級の戦闘力といえる。

 普通はオーク一体だって並の騎士二人では苦戦必至であり、ドラゴンに至っては一体につき騎士団数十名で仕留められるかどうかの魔物なので、ヨシュアの強さは人類の数値を完全に振り切っているのだ。


 だからこそ魔物が多い辺境では必要不可欠な人材であり、引き留めようと必死に食い下がるごっついマッチョな髭面親父二人の懇願に、ヨシュアは「だから、気色悪ぃんだよ」と呟きながら頭を振った。


「そんな目で見てもだめだ。サリーのデビュタントのエスコートは俺がやる。そんでそのままここへ連れ帰る。親父だって優秀な調合師が欲しいって言ってただろ?」

「調合師は欲しいけど、よったんがいない間に辺境領そのものが無くなっちゃうかもしれないじゃん!」

「そうですぞ! 幼馴染のエスコートならば、若の代わりに私の息子にでも……」

「あ?」


 騎士団長の提案はヨシュアの圧で最後まで続けることは出来なかった。


「サリーのエスコートを他の奴にさせる? 俺じゃなく? お前の息子に?」


 ゆっくりと首を傾げるヨシュアの金色の瞳が怒りに染まるのを見て、父親である辺境伯が慌てて騎士団長の襟首を掴みガックンガックンと揺らす。


「ひいいいいい! 騎士団長、余計なことを言うな! よったんはさっちゃんのことになると魔物より凶悪になるんじゃぞ!」

「も、申し訳ありません! し、しかし……」


 辺境伯から大きく首を揺すられ、ヨシュアに睨まれた騎士団長は青い顔で目を白黒させていたが、まだ何とか引き留めようと食い下がっていた。

 しかしそれはまたしてもヨシュアの威圧を込めた眼差しで遮られる。


「とにかく俺は王都へ行く。曲がりなりにも辺境伯と騎士団長なんだから、俺がいなくても魔物の100や200防ぎきれ。いいな?」


 蛇に睨まれた蛙の如く震えあがる騎士団長と辺境伯。

 魔物が100体や200体も押し寄せたら、それこそ辺境領も周辺も焦土と化すだろうが、ヨシュアにとっては何てことのない数字のようだ。

 大体100と200は全然違う。でも誰もツッコめる雰囲気ではない。


 ついでに父親からサリーネのエスコートの指名を受けた騎士団長の厳つい息子は、ヨシュアの怒りの瞳を見た途端に「キュウッ」と小リスのようにか細く喉を鳴らして気を失っていた。

 父親のせいで、とんだとばっちりを食らった憐れな被害者に同情するも、当然、他の家臣達が眼光鋭いヨシュアを引き留められるはずもない。


 そのまま彼は、震えながら放心するという器用な真似をしてみせた辺境伯と騎士団長を置き去りに、他の騎士団の連中から「若ぁ! マジで早く戻ってきてください!」と野太い声で見送られ、三人の腹心の部下だけを連れ王都へ旅立ったのだった。


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