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11、突然の魔王降臨2

 恐怖に震えながら、サリーネは隣室へ入ってゆく。

 コクリと唾を飲み込むと、黒髪の男性は後ろを振り返ることなく厳しい声音で詰問してきた。


「お前か? 俺の部下を誑し込んだのは」


 怒りを隠そうともしていない男性の言葉に「ハーイ! 呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん」なんて言えるはずもなく、サリーネは固まる。

 一応、女だし、明るく冗談めかして宥めれば何とかなるかもしれない、と思った数秒前の自分を殴りたくなった。

 だが、来てしまったものは仕方がない。


 サリーネが来たことに気づいたトンヌラとチンクーが、ハッと顔をあげて「なんで来たんだ」と責めるような眼差しになった。

 たぶんこの上司には一般常識などは通用しないのだろう。

 上司の暴力が彼女へも飛び火するのを恐れているのか、視線は険しくとも二人の顔には「早く逃げろ」と書いてある。床に転がっていたカントも薄目を開けてサリーネを見ると、視線を出口へ向けて眉を顰めた。


 そんな三人にサリーネは大丈夫というように頷いてみせると、意を決して口を開く。


「別に誑かしたわけではありませんが、彼らと親しくしていたのは事実です。でも食事を提供していただけで、彼らの仕事を邪魔した覚えはありません」


 真っすぐに男性の背中を見つめたままサリーネはきっぱりと告げた。

 自分は疚しいことはしていないのだから堂々としていればいいのだ。

 魔物と対峙した時だって、恐怖のあまりに後ろ姿を見せれば襲い掛かられる。

 だから強気に言い返したのだが、サリーネの言葉に何故か黒髪の男性はピタリと動きを止めると、勢いよくバッと後ろを振り返った。


「……サリー?」


 懐かしい呼び名にサリーネが瞳を瞬かせる。


「え?」

「サリー、やっぱりサリーだ!」 


 金色の瞳を細めた男性は、背が高く引き締まった身体をしており威圧感があるが、クシャっと笑った仕草は少年のように無邪気に見えた。

 その顔に、サリーネは見覚えがあった。


「まさか……ヨシュア?」


 幼馴染の名前を呼べば、ニカッと笑顔を返される。

 もう会えないと思っていたヨシュアに会えたことに、サリーネは嬉しい反面戸惑いを隠せない。


 三年ぶりに会ったヨシュアは大分背が伸びて、顔つきも精悍さを増していた。

 サリーネだって女性らしい体型になったはずだが、デブワンピースで隠しているため誰も彼女が17才のうら若き乙女だとは気づかない。


 そこまで考えてサリーネは「ん?」と頭を傾げて、自分の身体を見下ろした。


 今日もサリーネの視界は瓶底眼鏡によって遮られている。

 綿が入ったデブワンピースもここへ来る前に慌てつつもちゃんと着込んだから、いつものようにパンパンなお腹で足が見えない。頬には吹き出物肉厚シートをちゃんと貼ってきたし、髪色だって一昨日染めなおしたばかりだ。


 それなのにどうしてヨシュアはサリーネだと一目で気づいたのだろう?

 訝るサリーネを他所に、ヨシュアは三人に向かい破顔する。


「なんだ、トンチンカン。お前ら、ちゃんとサリーを見つけてたんだな」


 赤、青、黄色の髪色からチューリップを連想していたが、トンヌラ、チンクー、カントの頭文字をとってトンチンカンか、うまいな。

 などと心の中で称賛するも、サリーネの疑問は消えない。

 そんなサリーネと同じ疑問を持ったのか、トンヌラ達も顔を見合わせた。


「え? 若、何を言ってるんです? 捜し人は17才の令嬢ですよね? しかも美人」

「そうっすよ! 同じ名前でもおかんと捜し人では特徴が一つも合わないっすよ。どう見ても美人でも17才でもないっす」

「おかんはいい奴だけど女ではない。さっきうっすら見えた川のほとりのババァのがまだ欲情できる」


 サリーネを見て「ないわ~」と首を振る三人に、ちょっとだけこめかみがピクピクしてしまう。

 お前ら全員、三途の川の奪衣婆の所に送ってやろうか? と思ったが、つまりはサリーネの変装は完璧なのである。美人どころか、花も盛りの17才には到底見えない位には。

 では、どうしてヨシュアは解ったのかと、また堂々巡りの疑問に陥ったところで、地を這うような低い声が響いた。

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