85 王子様から守ってもらいましょう
親しい人たちとテーブルを囲み、おいしいお菓子と紅茶をお供におしゃべりに興じるのは何とも幸せな時間だ。エリーナもお茶会は好きで、ウキウキするものだ。それが、親しい人たちだけの茶会なら。
バレンティア家に招かれたエリーナは笑顔を引きつらせていた。サロンに案内されるや、あの煌びやかなシルヴィオが目に入り、あまつさえ立ち上がってこちらに近づいて来たのだから。
「クリス殿にエリーナ嬢。ようこそ僕の茶会へ」
これはバレンティア家、ルドルフの主催ではなかったかとエリーナは内心つっこむ。隣でクリスはにこやかに握手を交わしていた。この茶会に呼ばれたのは二人を除けばベロニカだけのようで、シルヴィオがいる以外はいつもとあまり変わらない。だが、その一人が問題であり……。
「エリーナ嬢、また会えて嬉しいよ」
さりげなく手を取られ、手の甲に口づけを落とされる。そして優しく手を添えられ、魅惑たっぷりの笑みを向けられた。
「さぁ、この間の続きをしようか」
怪しい響きの言葉に、クリスとベロニカの表情が険しくなる。クリスは一瞬射殺すのではないかと思える目つきになっていた。それをパッと笑顔に切り替えて二人の間に割って入る。
「殿下、エリーは繊細なので過度に触れられると委縮してしまいます。遠目で見守ってください」
「おやおや、噂に違わぬ過保護っぷりだね」
と、早くも火花が散っていた。
(クリスが嫌そうにしてるってことは……シルヴィオ殿下は許容外なのかしら)
ジークに対してもいい顔はしないので、王族に嫁いでほしくないのかもしれない。
「いつまで立ってお話しになっていらっしゃるの? こちらでゆっくりお茶でもいかがですか?」
そう呆れ顔のベロニカに促され、全員でお茶会のテーブルを囲むことになったのであった。
今日の茶会はルドルフが主催だが、実はシルヴィオが計画したものらしい。ルドルフは学園を卒業し、学術院への進学を希望しているためシルヴィオの世話役に選ばれたそうだ。ジークがずいぶん自律的になり、手がかからなくなったことも大きい。ベロニカの兄も同じ条件ではあるが、領地経営を手伝っていることもあって辞退したそうだ。
「西の国のお菓子やお茶を味わってほしくて、ルドルフに呼んでもらったんだ」
その趣旨は面白いと、エリーナはカップを手に取り香りを楽しむ。いつも飲んでいるものより香りが強く、色は黄色がかっている。珍しいお茶に胸を高鳴らせて口に含むと、パッと香りが広がり爽やかさが残った。
「おいしいですわ」
このお茶と一緒に食べるクッキーがまたおいしい。ナッツが入っていたり、オレンジの皮が入っていたりと飽きないのだ。クリスも気に入ったようで、手を伸ばしている。
エリーナが素直に感想を述べると、シルヴィオは嬉しそうに表情を華やがせた。
「気に入ったなら、僕の国に来てもいいんだよ」
そしてさらりと危ない罠を張ってくる。それに対してエリーナはうふふと曖昧に笑っておいた。これだから攻略キャラは安易に口説いてくるから困る。だが一年以上ヒロインという立場にいれば、少しは耐性もついてきたので余裕をもって返せる。
「そのお言葉を心待ちにしているご令嬢は他にたくさんいらっしゃいますわ」
そこに欠かさずクリスが追撃する。
「ご要望でしたら、私がご紹介いたしますが」
「なら、ぜひエリーナ嬢と懇意にさせてもらえると嬉しいんだけどね」
再び火花が散る。
「いくら殿下といえども、見ず知らずの方に可愛いエリーと一緒にさせることはできませんね」
「なるほど。エリーナ嬢に近づくには君の眼鏡に適う必要があると……よし、あちらでワインでも飲みながら話そうじゃないか。こちらには美しいエリーナ嬢を額縁の中に閉じ込める準備がある」
「わかりました、受けて立ちましょう。それは作風、構図によりますね」
すでに話し合いの方向性が不安だ。二人はすくっと立ち上がると、人払いが済ませてある別室へと消えていった。お互い今から戦場に行くような士気の高い顔をしている。
そして残された三人は顔を見合わせ、何事もなかったように話を再開するのだった。しばらくして天使の双子にお茶会の存在が知られ、突撃を受けた。双子はベロニカにも懐いており、お茶会に飛び入り参加してきたのだ。
一気に賑やかさと可愛さが増すお茶会。
「……クリス殿とシルヴィオ殿下の方へ行きたいな」
「あらルドルフ。お逃げになるの?」
自分の家なのにアウェーな空気になり、別室に助けを求めたいルドルフ。そんな彼を意地悪そうに笑って、ベロニカがからかう。加えて、尊敬するベロニカお姉様を見習う二人の天使が、声を揃えて真似をした。
「お逃げになるのー?」
「やめろ。これ以上意地悪さはいらん。ベロニカ嬢も悪影響を与えないでくれ」
ルドルフは眉間の皺を深くし、先ほどから遊ばれている。そんなやりとりを微笑ましく見つつ、エリーナは双子が大きくなって悪役令嬢として振舞うところを想像する。公爵夫人を見るに、美しく成長するだろう。
(同じ顔が交互に罵倒するシチュエーション……素敵)
兄に気がある令嬢に嫉妬して意地悪をする二人を想像し頬が緩む。これは育て甲斐がありそうだ。
そうこうしていれば時間は過ぎ、クリスとシルヴィオが部屋に戻って来た。クリスから「帰るよ」と声をかけられ、エリーナは手短に断りを入れてから立ち上がる。とても楽しい茶会だった。なによりシルヴィオの相手をクリスがしていてくれたのが助かった。
後は帰るだけと気を抜いたところに、シルヴィオが近づいてくる。
「エリーナ嬢」
名前を呼ばれて見上げれば、すっと手が伸び髪を掬い取られた。彼はプラチナブロンドの髪に顔を近づけ、優しく口づける。
「お兄様から許可も出たし、貴女を捕らえに行くからいい子で待っていてね」
魅惑的な金色の瞳を向けられ、エリーナの頭はボンっと破裂する。その顔と声でその行為は犯罪だ。耐えられずに死んでしまう。刺激の強さに固まってしまったエリーナの腕をクリスが掴んで引き寄せた。
「私が信じているのは殿下の腕前です。お人柄は信用していませんからね」
そう目つきを険しくするクリスをエリーナは風の立つ勢いで振り返った。
「クリス! 私を売ったのね!」
「人聞きの悪い。エリーナの美しさを額の中に閉じ込めて書斎に飾るのは名案だからね」
「嫌よ!」
怒ってクリスを睨みつけるエリーナと、それを楽しそうに笑って受け流すクリス。仲のいい二人を見ながらベロニカが、
「ショック療法という手があったわね」
と呟いたが、幸いエリーナには届いていなかった。
そして不本意ながらもシルヴィオに絵を描いてもらえることになったエリーナであった……。




