71 王女様を試しましょう
王女が帰国する前日、お城では盛大に夜会が開かれた。この国で関わった人を中心に呼んでおり、エリーナも王女、ジークの双方から声がかかったのだ。そしてこの場が、王女との対決の舞台となる。ジークに確認を取ればこの夜会が終われば、正式に返答をすることになっているらしい。
最初に陛下の挨拶があり、歓談とダンスが始まる。陛下は肖像画の通り銀の髪に藍色の瞳をしており、ジークが年を取ればこうなるだろうと想像できる姿をしていた。その隣にはジークと、ジークの弟である第二王子がいる。第二王子は今年十歳であり、まだ幼さが残る顔立ちをしていた。
今日のエリーナは、クリスに無理を言って赤いドレスを着せてもらった。精巧なレースとコサージュが、美しさを引き立て威圧感を与えている。胸元と耳にはアメジストが光っており、髪はゆるく巻いてもらった。その姿は鏡で見た時、思わずうっとりと言葉を漏らしたほどだ。「すばらしい悪役令嬢」と。
ベロニカは主催者側であり、両陛下と歓談していた。紺のドレスには宝石が散りばめられ、彼女のきれいな体の線を浮き立たせている。赤みがかかった金髪の縦巻きロールは、いつも以上にギリリとドリルになっており、王女を貫けそうだ。
(あぁ……理想的な悪役令嬢だわ)
エリーナは遠目でベロニカの姿を見て、扇子で隠した口元に弧を描く。悪役令嬢の必須アイテム、扇子も忘れていない。開いてよし、指してよしの優れもの。よくベロニカにはこれではたかれている。
そしてクリスにエスコートされ、ダンスの輪の中に入って行く。
「エリー……悪役令嬢は今日だけだからね」
しぶしぶと目に見えて不服そうなクリスと一曲踊れば、次はルドルフが声をかけてきた。
「今日のエリーナは、ベロニカ嬢っぽいな。それもそれで素敵だ」
動じることなく褒めるあたりはさすが攻略キャラだ。ルドルフとも一曲踊り、クリスも交えて歓談する。二人は色々と共通の話題があるようで、時たま腹黒い笑みを浮かべあっていた。エリーナはすっと距離を取る。
「あ、エリーナ様みっけ」
そこでミシェルに声をかけられた。隣には兄のカイルもおり、南の国といくつか商談がまとまったため、呼ばれたらしい。
「ねぇ、二階の歓談室でケーキを食べようよ。プリンもあったよ」
ミシェルはダンスよりも食事を選ぶようで、エリーナはクリスたちに断って誘いに乗る。先ほどから王女と踊っているジークがチラチラと視線を送ってきているが、無視だ。
そして絶品のスイーツを堪能し、適当に時間を潰せばお開きの時間となった。
さぁ、ここからが本番だ。
ジークが「話がある」とシャーロットを隣の控室に連れていったのを、ベロニカと追う。ジークは断りをいれるつもりらしいが、それではぬるい。押し切られるのが目に見えていた。
ベロニカがバンッと音を立てて扉を開く。
「失礼いたしますわ!」
威勢よく声をあげて部屋の中に入ると、ジークはシャーロットに抱きつかれているところだった。当人は目を泳がせ、情けなく両手を宙に浮かせている。手前に護衛であるエドガーがこちらに背を向けて立っており、動きかけたまま止まっていた。
「ジーク様! わたくしは本気なの! どうか断るなんて言わないで!」
その胸に抱き着き見上げて懇願するシャーロットは、悲劇のヒロインのようだ。
「し、しかし……」
あれほど困っているジークは初めて見る。するとこちらに気づき、助かったと言わんばかりに顔を輝かせた。ベロニカのこめかみに青筋が浮く。
「殿下、王女殿下。少々よろしいでしょうか」
地をはうような低く怒りのこもった声なのに、ベロニカは柔らかい微笑みを浮かべている。横目で見ていたエリーナも寒気がした。
シャーロットも一瞬ひるんだが、ジークに身をよせたまま向き直って睨み返す。
「邪魔しないでくれる? 嫉妬なんてみっともないわよ」
「まさか。このわたくしが嫉妬するとでも? 王女殿下、本当にジーク殿下に嫁ぎこの国にいらっしゃるというならば、試練に耐えていただかなくてはなりません。そのために来ましたのよ」
「試練?」
嘘である。
今回の悪役劇場を正当化し不敬罪や侮辱罪を逃れるために、両陛下に対しベロニカが進言したのだ。王女を試して、本当にジークを愛しているか見極めますと。
「えぇ。耐えられるでしょう? ジーク殿下を愛しているのなら……。そうやって男に媚びることしかできないようでは、到底正妃など務まりませんわ」
バサリと扇を広げ、口元を隠す。威圧感あふれるベロニカに、シャーロットとジークが顔色を変えた。王女は赤く、王子は青く。
「突然無礼よ!」
声を荒げるシャーロットの前に、エリーナは一歩出て扇子を掌で打ち鳴らす。いい音だ。
「では、婚約者のいる相手に対して結婚を申し込むというのはいかがなものでしょう。南の国の王室は、礼節と清廉を重んじると聞きましたわ。今回の行動はそれに沿うものでしょうか」
「エリーナ?」
まさかエリーナにまで責められるとは思わなかったようで、シャーロットは目を見開いて驚いた。背後にいるジークも同様に目を見開き、何かを思い出したかのように後ずさった。
「もし王女殿下がこの国に嫁がれたら、わたくしとエリーナは側室になりますわ。その際、わたくしたちを御せるお力があるのか、見せてもらおうじゃありませんか」
芝居がかった口調でベロニカは続ける。シャーロットはその気迫に飲まれていた。
「な、何よ……国に帰ったら正式に抗議文を送るからね」
「あら、情けない王女様だこと。その時は、簡単な言葉遊びもできなかったとお返ししますわ」
ベロニカはニィッと口角を吊り上げ、蔑んだ笑みを浮かべる。ますます圧力が強まり、シャーロットは不安げにジークに顔向けた。
「ジ、ジーク様。二人がわたくしをいじめてるのよ。どこかへやって!」
すがるようにそう訴えるが、ジークは二歩三歩と距離を取って首を横に振る。
「すまないが、これは試練だ。俺が口をだすことはできない」
大嘘である。筋書きが読めたジークは、盛大にのっかることにしたのだ。傍観者に回ったジークに二人が冷たい視線を浴びせたため、さらに一歩引いて気配を消した。
「本当に愛しているなら、立ち向かえるでしょう?」
「シャーロット様は正妃になりたいだけなのですか?」
じわじわと二人で追い詰める。エリーナはつい楽しくて口角があがってしまい、それが残虐な笑みに見えた。シャーロットがひぃと怯えだす。
「残念ながらそんな浅はかな女に、ジークを渡すことはできないわ」
はっきりと言い切ったベロニカに対し、シャーロットは悔しそうに唇を噛んだ。ぐっと両手は拳を握り俯いている。じわじわと涙が滲んできた。
「あら、泣いてどうするの? そんな様子でわたくしに勝てるのかしら」
ベロニカはゆっくり扇子を閉じていく。まるでもう終わりだと言うように。そしてパシリと扇子が完全に閉じた時、石像となっていた男が動いた。
「ロティ!」
突然エドガーが両者の間に割って入り、シャーロットに背を向け守るように立ちふさがった。これには誰もが目を丸くする。しかも彼はシャーロットを愛称で呼んだ。
「これ以上聞いていられるか! ロティ! なぜそこまでしてラルフレアに嫁ぎたいんだ。こんな化け物の巣のようなところで、生きていけるわけないだろ!」
「エディ?」
震える声でシャーロットが彼の愛称を口にすれば、エドガーは体を反転させシャーロットの肩を掴んだ。
「俺はロティの騎士として剣を捧げたから、ロティがどこの誰に嫁いでもついていく。だがここだけはだめだ。ここに嫁ぐくらいなら、俺が攫って異国の地に逃げるからな!」
そう彼が熱い思いを口にしたとたん、シャーロットは目を見開き頬に涙が伝った。
「エディ……本当? 本当にわたくしを連れて逃げてくれるの?」
シャーロットはぼろぼろと涙をこぼし、エドガーを見上げる。その涙を、エドガーが指で優しくぬぐった。
「あぁ。あんな王子の下でこんなにひどい女性たちと過ごさせたくない。ロティ……愛している。幼い時から、ずっと」
「本当に? 嘘じゃないよね」
「もちろんだ」
「エディ。わたくしも愛しているわ!」
シャーロットはエドガーの胸に飛び込み、エドガーは彼女を強く抱きしめた。二人の頭上では教会の鐘が鳴り響き、そこだけに光が当たっているかのよう。
そのロマンス小説のクライマックスを、三人はポカンとして眺めていた。さすがのエリーナとベロニカも毒気が抜かれ、顔を見合わせる。
そして抱き合っている二人が落ち着くのを待ってソファーに移動し、話を聞いた三人は、は? と頬を引きつかせた。なんでも二人は幼馴染で幼いころから惹かれ合っていたが、王女と騎士という立場上想いを口にすることができなかったらしい。それに業を煮やし自棄になったシャーロットがこちらに来たのをいいことに、ジークに惚れたふりをしてエドガーの反応をみようとしたのが始まりだった。
反対されると思ったのに彼は何も言わず、ますますベタベタと見せつけようとしたらしい。王女からすれば頬を赤らめるくらいお手のもので、大した演技力である。
その結果ジークとの婚姻が成立しそうになったため、今日エドガーが何も言わなければ国に帰ってから断ろうと思っていたそうだ。つまり、エリーナたちは完全に振り回されただけだった。
「なんて迷惑な」
ベロニカの言葉は三人の万感の思いだった。
「ごめんなさい! でも、おかげでエディの想いを知ることができて、感謝してるわ!」
「私からも、後押ししてくださってありがとうございました。幸せです!」
シャーロットの言葉に続いてエドガーが頭を下げ、ぐったりしている被害者三人の声がそろう。
「好きにしてください」
「好きにしたらいいわ」
「好きにしろ」
そして見つめ合う二人を置きざりにして、三人は脱力しながら部屋を後にするのだった。
廊下にて、ジークが飲み込んだセリフ
「エリーナ、側室に入ってくれるのか?」
さすがにそういう設定と分かってたし、ここで茶化したらダブル悪役令嬢の矛先が自分になると分かっているので、お口はチャック。




