64 茶会で心を奪われましょう
「お姉さまぁ。あーん」
ふわふわの藍色の髪が腰まで伸び、薄紫の瞳がクリクリと可愛らしい天使が、右側からスプーンに乗ったココナッツプリンを差し出してくる。
「お姉さま、こっちも~」
そして同じ顔の天使が左側からスプーンに乗ったクレームブリュレを差し出してきた。
ソファーに座るエリーナを挟んでお菓子攻めにする二人の天使は今年で六歳。バレンティア公爵家のアイドルである。
(か、か、可愛すぎる~!)
キラキラと上目遣いでどうぞと差し出してくれる双子のなんと可愛らしいことか。エリーナは可愛さに悶え、両手で顔を覆っていた。ここがバレンティア公爵家でなければ叫んでいただろう。家でクリスが「可愛すぎて死ぬ!」と叫んでいる気持ちがわかってしまった。
「ローズ、リリー。エリーナが困っているだろう」
向かいのソファーに座っているルドルフはおもしろくなさそうな顔で紅茶カップを下ろした。エリーナは顔を上げ、左右でウルウルと瞳を揺らしている双子を交互に見た。右にいるのが双子の姉のローズで、赤いドレスを着ている。対して左にいるのが妹のリリーで、青いドレスを着ていた。
「いえ、両方いただきますわ!」
こんな可愛い申し出を断ることはできないと、エリーナは二人のスプーンから大好きなプリンをもらった。少々はしたないが子どものすることと、大目に見てもらうことにする。
「おいしい?」
「どう?」
「もちろんおいしいですわ!」
満面の笑みでそう答えれば、双子はやったぁとエリーナに抱きついてきた。その仕草に心臓が打ち抜かれる。
本日は以前夜会で誘われた茶会に参加するため、バレンティア侯爵家を訪れていた。クリスも一緒に来ており、最初は公爵夫妻とルドルフ、クリス、エリーナで談笑をしていたのだが、双子が「お客様が来たのー?」と乱入してきたので、ルドルフとエリーナが双子を連れて席を外したのだ。
その後、双子の可愛さに秒で陥落したエリーナである。
「エリーナお姉さま、ご本を読みましょう?」
「え~。庭園にいきましょうよ~」
可愛い天使にお姉様と呼ばれ、ゆさゆさと左右から揺らされる。ここは天国なのかなと、昇天しそうになっていた。そこに苦り切った顔でルドルフが割って入る。
「ローズ、リリー。エリーナは私と話すために来たんだ。取らないでくれるか?」
べったりとくっつく双子を見て、ルドルフは少し羨ましそうだ。それに対し、ローズがぷくりと頬を膨らませる。
「だってぇ、お兄さまはいつもエリーナお姉さまの話をするんだもん。お茶会とか、夜会とかずる~い」
そこにリリーも追撃する。
「私たちだって、お姉さまに会いたかったのに、なかなか家に呼んでくれないんだもん。ちょっとくらい遊んだっていいじゃない」
双子はエリーナごしに顔を合わせて、「ねー」と声を合わす。妹二人から責められて、ルドルフは額に手をやっていた。しかもさりげなく双子にエリーナの話をしていたことをばらされた。
エリーナはデレデレと相好を崩し、二人の頭を撫でている。
「ルドルフ様、妹ってこんなに可愛いんですね。毎日一緒にいられるルドルフ様が羨ましいです」
「……可愛いが、わりと強かで凶暴だぞ」
小さくて可愛くても女の子であり、時に無邪気に辛辣な言葉を吐くのだ。よく家に遊びに来るベロニカの影響とは考えたくない。
「ねぇ、お姉さま~。お兄さまと結婚したら一緒にいられるよ~」とローズ。
「わたし、お姉さまがほしいの~」とリリー。
きゅっとドレスを掴まれ、お願いされれば「よろこんで」と返したくなるが、寸前で我に返った。
(あ、危ないわ……外堀が埋められるところだった)
翻弄されるエリーナを見て、ルドルフが「妹を使うという手があったか」と持ち前の腹黒さを発揮しはじめていた。ルドルフだけならまだしも、天使に迫られたら断るのが難しくなる。
「ねぇ、お姉さま。今度、ピクニックしましょ」
「リリー、頭いい~。お兄さまもいいよね」
「あぁ、もちろん」
ルドルフは素晴らしい考えだといい顔で笑っている。瞬く間に次の予定が決まってしまった。エリーナが口を挟む隙は無い。
「エリーナ。活発な妹たちだが、懐いてくれて嬉しく思うよ。これでエリーナを迎えるのに、何の気兼ねもなくなったからな」
ん? とその言葉にエリーナは固まる。よく考えれば、これは顔合わせのようなものではないか。扉の向こうでクリスが夫妻と何を話しているのかが、無性に気になってきた。クリスのことだから、勝手に婚約を進めるはずはないが……。
「ル、ルドルフ様。純粋な子どもの前でその話はまだ早いと言いますか。それに子どもの機嫌はすぐに変わってしまいますし」
「ローズは子どもじゃないもん。レディだもん!」
「エリーナお姉さまのこと、ずっと好きだもん!」
エリーナが何とか話を逸らそうとすれば、両側から苦情が飛んできた。きゃいきゃいと吠える二人に、和んでしまう。可愛い。
「ごめんなさいね。立派なレディよね」
唇を尖らしている様子も抱きしめたくなるほど可愛い。エリーナは可愛い以外の言葉が出てこなかった。
その後、双子に連れられて庭園を散歩し、東屋で絵本を読んだ。その様子をルドルフは微笑ましそうに見ており、今回は妹たちにエリーナとの時間を譲ると決めたらしい。そしてたっぷり遊んだところで、クリスに呼ばれてバレンティア公爵家を後にする。
「帰らないで~」
「私たちと遊んで~」
とドレスにしがみついて離れない二人に後ろ髪が引かれたが、「絶対また遊びに来るわ」と約束してお別れをした。二人はエリーナが馬車に乗り込んでも懸命に手を振ってくれ、健気さに涙が出そうだ。お礼のお手紙を出そうと、心に誓う。
「エリーナって子どもに好かれるんだね。すごく可愛かったよ」
ちなみにクリスは子どもに避けられる。今日も乱入してきた双子はクリスを凝視した後、そちらから遠ざかるようにエリーナにくっついてきた。
「連れて帰りたくなったわ……」
「へぇ、気に入ったなら婚約の話を進める? 公爵夫妻は二人に任せるって言ってたよ」
やはり婚約の話もしていたらしい。両家とも婚約を急いでいるわけでもないため、縁があればぐらいの軽いものだが確実に外堀は埋められている。
「そ、それは……まだ遠慮するわ」
婚約の二文字に、クリスの顔が見られない。ベロニカにクリスと結婚する道もあると言われてから、なんだか気恥ずかしくてその話題は避けていた。
「そう。まぁ、エリーが選べばいいよ。結婚するもしないもさ」
クリスはそう言って、いつもエリーナに判断を任せていた。結婚は貴族の義務という風潮の中で、結婚しなくてもいいとはっきり口にする。
「えぇ……後悔しないように、選ぶわ」
今までは選ぶことすらできなかったのだ。この世界でずっと生きるのか、次のゲームが始まるのかはわからないが、後悔のない選択にしたい。
エリーナは馬車に揺られながらそう強く思ったのだった。




