53 強制イベントを警戒しましょう
学園が始まって三か月が経った。あれ以降、大きなイベントは無くリズもヒロインのスキル上げと攻略キャラとの親密度上げのおしゃべり、そしてベロニカによるいやがらせしかないと言っていた。各キャラとは学園で話したり、休日にデートしたりして過ごしており、誰がいいのと訊いてくるリズとクリスにエリーナは適当にはぐらかしていた。ベロニカにいじめられることもなく、仲良くロマンス小説を語り、劇を観に行った。
そして季節が冬になろうとした時、一年で最大のイベントが起きようとしていたのである。
「……殿下の周りが危ない?」
サロンで読書をしていたエリーナに、硬い表情のクリスがそう伝えた。
「そう。最近殿下の周りで不穏な動きが多いらしくて、王宮も厳戒態勢を敷いているんだ」
「そう言えば、最近学園で殿下の姿を見ていないわ」
「本人は王宮でしばらく様子を見るらしい」
王子という立場上、危険とも隣り合わせである。特に頻繁に内乱が起こっているこの国では、王族の立場は不安定になりやすい。
「何が起こってるの?」
政治にはあまり関心はないが、一応知り合いのジークが関わっているため話を聞いておく。ジークに関係するということはその婚約者のベロニカに影響するかもしれないからだ。
「どうも、元公爵家の生き残りが王族の殺害を企てているみたいなんだ。まぁ、情報が洩れている時点でそこまでなんだけど。ちょっとごたつくと思うから、殿下には近づかないようにしてね」
「大丈夫、頼まれても近づかないわ」
クリスは苦笑いを浮かべているが、どこか嬉しそうだ。そしてこの時は殿下も大変そうとしか思わなかったのだが、翌日リズから同じ話を聞くことになった。
ゲームのシナリオにある一つのイベントとして。
「ヒロインが攫われるイベント?」
難しい顔でイベントについて話したリズに対し、エリーナは首を傾げている。
「エリーナ様はジークルートに入っていないので大丈夫だとは思うのですが、一応伝えておこうと思いまして。王宮での婚約申し込みは断ったんですよね」
「えぇ。バッサリと切り捨てたわ」
その結果前にもまして懐かれたような気はするが、後悔はない。
「もしそこで曖昧に返事をしたり、返事を伸ばしたりするとジークルートになるんです。そうなるとベロニカのいじめが始まり、ヒロインは王妃になるために自分磨きを始めます」
「……そんなルート、絶対嫌」
はっきりと拒絶の色を見せるエリーナに、リズは薄く笑う。いつも快活なリズにしては珍しい笑い方だ。リズが表情を硬くするほど、今回のイベントは大きなものらしい。
「そのルートだと、今頃エリーナはジークの正妃候補になっているため、反現王派に攫われてしまいます」
「元公爵家かしら」
「おそらくは……今のところエリーナ様は正妃候補ではありませんし、ベロニカが婚約者としているので大丈夫だとは思います」
だがリズも自信なさ気で、ゲームと状況が異なっているため不安要素が残るのだろう。
「じゃぁ、攫われるのはベロニカ様になるの?」
それは絶対に阻止したい。ヒロインのとばっちりで師匠であるベロニカが危険な目に遭うのだけは嫌だ。
「それもわかりません。王宮も公爵家も警戒を強めているので、めったなことはないと思うのですが」
「ちなみに、ヒロインはどこで攫われるの?」
「ジークとのデート中です」
「……なら、大丈夫かしら。でも、そのイベントはそんなに重要なの?」
リズの表情は硬く、何かを言おうか言うまいか迷っている様子だ。状況が呑み込めず不思議な顔をしているエリーナに、リズは意を決して口を開く。
「実は、このイベントはゲームで唯一のデッドエンドになる可能性があるんです」
「デッドエンド……」
それはバッドエンドの中でも、ヒロインが死んで終わる最悪のエンドだ。自分が死ぬ可能性があるイベントと聞いて、エリーナの表情は曇る。
「ジークとルドルフとの好感度がエンドの分岐になります。両者が一定より高くないと、二人の助けが間に合わずにヒロインは……」
ゲームでは好感度がバロメーターで見えるが、この世界ではそんなものは存在しない。つまり、現段階で二人との好感度がどれぐらいあるのかは、誰にもわからないのだ。
「……わかったわ。ひとまず、ジークとは会わないようにする」
ジークと二人でデートをする予定などないし、する気もない。だから油断していたのだ。
そして甘く見ていた。ゲームの強制力というものを……。




