47 攻略キャラの品定めをしましょう
ジークとのデートから三日後。ベロニカがローゼンディアナ家本邸に遊びに来た。涼し気な水色のドレスに悪役令嬢には必須の扇子。今日も素晴らしい悪役令嬢ですと、エリーナは内心拍手を送った。そんなエリーナの服装は、ゆるふわの可愛いドレスである。
図書室には本棚二つ分、別邸に持っていけなかったロマンス小説が残っており、エリーナはおすすめを貸した。ここに残っているものは悪役令嬢の描写が少ないものばかりだが、ストーリー自体はよいものが多い。
そして庭園にある東屋でお茶を楽しむ。ベロニカが南の国の紅茶を手に入れたようで、それを味わうことにしたのだ。いつもとは違う香りと味を楽しみつつ、おしゃべりに花を咲かせる。
ベロニカは王国の北にある領地に戻っていたようで、この後は王家の保養地で両陛下と殿下と共に過ごすらしい。さすがは婚約者。ベロニカは乗り気ではないが、しっかりと役目をはたしてくるのだろう。
「それで? 四人とデートだなんて、ずいぶんおもしろいことになってるわね」
「いえ……デートと言いますか、なんと言いますか……」
夏休みについて訊かれたエリーナが正直に四人と会うことを話せば、ベロニカは目を丸くした後、おもしろそうに口角を上げた。根掘り葉掘り訊く気だ。
「デートじゃない。ラウル先生と、ジーク殿下はどうだったの?」
「ラウル先生とはいい歴史の勉強になりました。……殿下については気が休まらなかったですね」
「正直ね……ということは、この後愚痴を聞かされるのかしらねぇ」
気が重いわと面倒くさそうにベロニカはため息をつき、カップを持ちあげる。その様子をエリーナはちらりと見て、気になっていたことを口にする。
「その……殿下とお話しした時に少しお疲れのようで……ベロニカ様からもお話を聞いていただきたいなと」
「ふ~ん。ジーク殿下が弱みを見せたってことね。とことん甘いんだから」
「お立場的にも、いろいろと大変でしょうし……ベロニカ様ならご理解いただけるかと思います」
ベロニカの反応を見ながら控えめにジークをかまうように伝えると、ベロニカはくすくすと口に手を当てて笑い始めた。
「ねぇ、エリーナ。貴女、本当に側室に入る気はないの? 少しでもその気があるなら、わたくしからも推薦して教育係をつけるわよ」
そう提案するベロニカは、ジークを取り巻く環境を整える正妃の顔だった。個人の感情ではなく、ジークにとっての利を優先する彼女は根っからの国のために動く人だ。
(どうしてゲームでは、こんなベロニカ様が婚約破棄されるのかしら。国が潰れるわよ)
本来ゲームではジークルートに入った際、ベロニカが婚約者となり邪魔をしてくる。この世界とは婚約の時期が違うためか、ベロニカの性格もずいぶん変わったのだろう。
「いえ……もう少しゆったりと生きたいので遠慮しますわ」
「あら残念。気が変わったらすぐに言いなさいよ。そのゆるふわの頭を鍛え直してあげるから」
おほほと小さく上品に笑うベロニカに、無意識に背筋が伸びる。少しジークがベロニカを苦手とする理由がわかった気がする。
「ジーク殿下はいいとして、ラウル先生はどうなの? 親しいように聞いているけれど」
「それは……親しいですが、先生と生徒ですし。今すぐどうこうとは思えないです」
「相手の立場もあるものね……。ラウル先生とミシェルなら、婿養子に入ってもらうのよね」
気の早い話だが、仮に二人を選ぶとすれば婿養子になる。リズはラウルについては別の選択肢もあると言っており、近づいたら教えるともったいぶっていた。
「ミシェルはけっこういいと思うわよ。ドルトン商会とのパイプが太くなるし、浮気もしなさそうね。あまり社交界に出ないから、当主としては向いていないかもしれないけど」
「そうですね……わたくしは、やはりローゼンディアナ家はクリスに継いでほしいですわ」
「ふ~ん。なら、ルドルフね。憎からず思っているみたいだし、今回のデートで色々と話したらいいんじゃない? 家柄も将来性も折り紙つきよ」
ベロニカとルドルフは公爵家同士幼い頃から付き合いがあったため、幼馴染だ。そのよしみで色々と話しているようだが、怖くて中身は聞けない。
「……そうします」
正直まだあの顔は苦手だが、いつまでも逃げてはいられない。プロの悪役令嬢たるもの、常に気高く立ち向かうのである。
「まぁ、他にも男なんてたくさんいるのだから、いまいちならさっさと次へいきなさい。なんなら、うちの兄でもいいわよ」
ビシバシとアドバイスをくれるベロニカは、すっかり頼れるお姉様である。彼女の兄と結婚すれば、義理の姉妹になる。
「ベロニカ様の姉になれるなら、いいかもしれません」
はっと、いいことを思いついたと言わんばかりの表情をしたエリーナだが、ベロニカに頭を扇子で軽くたたかれた。
「……やっぱりこんな姉嫌だわ」
「でも、毎日一緒にいられますよ。素晴らしいと思いませんか?」
ロマンス小説語りという下心満載の笑顔で、エリーナは瞳を輝かせていた。しかも毎日悪役令嬢が生で見られる。それに対し、ベロニカは憐れみの表情を浮かべて深いため息をついた。
「エリーナ……わたくしは王家に嫁ぐから、家を出て行くわよ」
その瞬間、エリーナは雷に打たれたかのようにショックを受けた表情になり、ぽつりと呟く。
「これはもうそ……」
側室と言いかけたとたん、ベロニカの目がキラリと光ったので、慌てて口をつぐむ。言質を取られたら、外堀が瞬く間に埋められ教会が立ってしまう。
「いいのよ? 続きを言ってくれたら」
人の悪い笑みを浮かべているので、側室に入れる気満々だ。
「いえ、大丈夫です……」
その後仕事を終わらせたクリスも合流し、三人で様々な話をした。楽しい時間はあっという間に過ぎ、ベロニカはまた学園でと保養地に向かったのだった。




