43 サロンで談笑しましょう
休み明けの放課後。使用中の札がかけられたサロンでは、ベロニカとエリーナが先日買った新作の品評会を行っていた。ベロニカ付きの侍女がお茶を淹れ、エリーナは品切れ続出のプリンクッキーを持参している。お互い心行くまで語り合うつもりだ。
キャラ、ストーリー、悪役令嬢の良しあしを論じ、感想を述べあう。相手の好きは否定しない。それがロマンス小説を語る上での暗黙の了解だ。その一線を超えると戦争になる。
そして一通り新作の評価が終わると、話は最近の流行へと変わっていった。
「ベロニカ様、最近婚約破棄されたヒロインが相手を見返すストーリーが増えてきましたね。ラストに元婚約者と悪役令嬢がやり返される様が痛快でおもしろいですわ」
「そうね……すごくヒロインに感情移入できるわ。あんなダメ婚約者は、捨てられる前に捨てるべきよ」
言葉に私怨が入っており、ダメ婚約者の顔が浮かんだエリーナは乾いた笑みを浮かべる。
「心中お察しします……」
「あんな婚約者、願い下げよ」
「でも、婚約を結ばれたのでしょう? 王家から申し込みがあったのですか?」
少し興味がわいて、つっこんで訊いてみる。
「えぇ。本来なら断ってたのだけど、その時ちょっと面倒なことがあってね」
断ると言えるところからも、オランドール公爵家の強さが伺える。ベロニカは内緒よといたずらっぽく笑ってから、ティーカップを片手に話し始めた。
「七歳の時に、突然西の第三王子に婚約を申し込まれたの」
「アスタリア王国の?」
初めて聞く話にエリーナは目を丸くする。最初に内緒と言ったということは、この話は国の一部の人しか知らないのだろう。
「えぇ。王位継承の順位は低くても王族だから、この婚約は国にも話がいって……待ったがかかったわ」
「どうしてですか?」
「当時、公爵家の娘が私しかいなかったからよ……。今はバレンティア家にも可愛い双子の女の子がいるけれどね。公爵家も二つになったから、娘は貴重なのよ」
もともとこの国に公爵家は四つあったが、先の内乱で二つが首謀者として粛清されていた。そのため、公爵位の貴族が一気に減ったのだ。
(そう言えば、ラウル先生は先の内乱についても研究してたわ)
内乱について取り上げていた授業に熱が入っていたことをふと思い出した。思考がそれ始め、慌てて意識をベロニカの話に戻す。
「それで、公爵家の後ろ盾が欲しい現王側と娘を外国に出したくない父の利害が合って、婚約という形になったの。だから正直、さっさと婚約解消してバレンティアの幼女と結婚すればいいと思うわ」
ルドルフが可愛がっている双子は今年で五歳。ジークとは十一歳差ではあるが、貴族の社会ではよくあることで何も問題はない。
「まぁ、ルドルフが妹をジーク殿下に渡すわけないと思うから、望み薄だけどね」
兄とは妹を可愛がるものなのねと、エリーナは微笑みつつ悟りを開いてしまいそうだ。
「もし婚約が解消できたらどうしますか?」
「そうねぇ……どこかの国の王妃にでもなって、殿下が王位を継がれた時に圧をかけようかしら」
「わぁ……殿下、すごく嫌がりそうですね」
「えぇ。色々と弱みは握ってますわ」
といい笑顔で胸を張るベロニカは、王を叱咤しつつ支えるいい王妃になれそうだ。お互い視線を合わせてクスクスと笑う。
「ベロニカ様は本当に面倒見がよろしいですよね」
そのきつい言動に誤解されがちだが、言葉の裏には相手への思いやりが隠されている。王子に近づく女に苦言を呈するのは、全て王子の立場を思ってのことだ。
しみじみと呟くエリーナに、ベロニカは呆れ顔でクッキーに手を伸ばす。
「貴女も面倒を見られている一人だってお分かり?」
ロマンス小説語りに茶会や夜会での話し相手、プレゼント選びの付き添いと挙げればきりがない。エリーナはえへへと笑ってごまかし、ベロニカはため息を返した。
「まぁいいわ。話は変わるけれど、この間のプレゼント、クリスさんは喜んでくれたの?」
「あ~……はい。泣いて喜んでくれました」
過保護な義理の兄クリスは、あげたハンカチーフを毎日持ち歩いている。使用するハンカチーフとは別にお守りとして……。今までプレゼントをしなくて申し訳ない気持ちになったが、少し落ち着いてほしい。
「泣いて……さすがね」
「そろそろ妹離れしてほしいんですけどね」
はぁと浮かない顔で溜息をつく。このままでは世の令嬢に見放されそうだ。
「そうねぇ……」
微妙そうな表情でベロニカは優雅にカップを口元に運ぶ。
「無理だと思うわ」
「ですよねぇ」
きっぱりと断言され、エリーナは半笑いでクッキーに手を伸ばした。考えても仕方がないことは、好きなものを食べて忘れるのにかぎる。そして下校を告げる鐘がなり、ベロニカと別れたエリーナはサリーとともに屋敷へと帰るのだった。




