38 隠しキャラを出しましょう
隠しキャラを出してほしいと望みを口にしたリズの顔には「お願い」とでかでかと書かれている。意外な頼みごとに、興味が惹かれたエリーナは話を聞いてみることにした。
「隠しキャラ? このゲームにいるの?」
「はい。全ルートを完全攻略した後にしか開けないルートなんです……昨日、前世の私はこのゲームをプレイしている途中で死んだって言いましたよね。……四徹で完全攻略をして、隠しキャラルートを少しだけプレイしてから学校に行く途中で事故に遭ったんです」
哀愁漂うリズに、ご愁傷様ねと声をかけることしかできない。ゲームキャラとしてはそれほどやりこんでくれていることが純粋に嬉しかったが……。
「けど、この世界で隠しキャラを出すことはできるの? わたくしはまだ誰も攻略したことがないわよ」
「大丈夫です。実は、攻略可能になると私たちのリボンの色が紫から赤に変わるんです」
「そんな設定があったの」
二人のリボンは赤色だ。
「はい。それで、全キャラのルートを解放しつつ卒業パーティーで四人をエスコートに選ばなければいいそうです」
「ふ~ん。いいわ、それくらいならやってあげる」
「本当ですか! ありがとうございます!」
パッと笑顔を輝かせ、胸の前で手を組んで神とエリーナを崇め始めた。その反応におおげさねと苦笑いをする。
「そんなにいいの? 隠しキャラ」
「口コミによると、すっごくイケメンで他国の王子様らしいんです。それに、これはそのルートをクリアした人が口を揃えて言うんですけど、隠しキャラが出てきてからが本当のストーリーだって。今までのストーリーが覆され、衝撃を受けるそうです」
拳を握って力説され、エリーナはそうと苦笑いを浮かべる。リズは攻略サイトは見ない派だったらしく、詳しくは知らないらしい。
「まるでミステリーね。まぁいいわ。悪役令嬢をする目的もなくなったし、暇つぶしにはなりそう」
「……本当に、いいんですよね」
急にリズの声が小さくなった。先ほどまで喜んでいたのに、今度は不安げに瞳を揺らしている。本当に感情がコロコロと変わる子だ。
「どうして?」
「卒業パーティーでエスコートをつけないということは、誰とも結婚しないということです。そしたら家が……」
リズはゲームのストーリーを気にしているようだが、エリーナには大した問題ではない。
「平気よ?」
何を心配しているのかと、言葉を被せた。
(それに、どうせ隠しルートが終わったら、この役ともさよならだし)
「でも……」
「私が結婚しなくても、クリスが家を継ぐもの」
実力も財力も十分ある。後家に収まるつもりはないが、四人以外の結婚相手を見つけるまで面倒を見てくれるだろう。
「クリス?」
知っているだろうと思い口にした名前だったが、リズは困惑した顔で首を傾げていた。
「誰ですか?」
「え? ローゼンディアナ家に養子に入った兄みたいな人よ」
ヒロインの家族の描写くらいありそうなのにと思いつつ、二杯目のお茶を飲み干す。カップを戻しながらリズに視線をやると、彼女は真っ青になっていた。そして震える唇で言葉を絞り出す。
「クリスは……いません」
「え?」
「ゲームに、クリスなんて人は出てきません。ヒロインに家族はいないんです」
それを聞いた瞬間、指の間からカップが滑り落ち、乾いた虚しい音がサロンの空気を切り裂いた。




