24 サロンでお茶をしましょう
学園に入学して一か月が過ぎた。エリーナはベロニカと行動をともにしつつ、ヒロインがいないかジークとルドルフに目を光らせていた。ジークには手を振り返され、ルドルフには律儀に会釈を返される。それだけでなく、ベロニカとも仲の良い二人はエリーナがベロニカとサロンでお茶を楽しんでいると、何食わぬ顔で入って来るのだ。時にはベロニカの兄も連れて。後で知ったが、ルドルフはジークの側付きも兼ねているようで、よく行動を共にしているそうだ。
そしてお昼休みの今、小さめのサロンを貸し切ってベロニカとエリーナ、ジークとルドルフがお茶を楽しんでいた。ベロニカとエリーナが食後のお茶を飲んでいるところに、ジークとルドルフがやってきたのだ。
他にも学生はいたのだが、二人の登場に遠慮して出て行ってしまった。四人でテーブルを囲むことになる。エリーナはちらりとルドルフを一瞥し、気を引き締めた。ルドルフの顔にも慣れてきたが、突然だと心臓に悪く寿命が縮む思いをする。
「ジーク様、ルドルフ様。乙女のお話に首を突っ込むのは無粋でしてよ」
「いいじゃないかベロニカ。お前が楽しそうに話していれば、気になるだろう」
「ベロニカ嬢の毒舌にエリーナが傷ついていないか心配だからな」
二人は何かと理由をつけて話に入って来る。二人の前で堂々とロマンス小説を語るわけにもいかないため、話は当たり障りのない世間話に変わる。
「エリーナは昨日、そこの俺様王子に無理矢理ダンスに誘われていたが、大丈夫だったか?」
ルドルフはジークを一瞥し、苦々しい表情をエリーナに向けた。その顔は、王族の誘いを断るわけにはいかないため渋々見送ったクリスと同じで、エリーナはふふっと相好を崩す。
「後でお兄様を宥めるのが大変でしたが、問題はありませんでしたよ」
「そこは、俺とのダンスに胸が高鳴って仕方がなかったと言って欲しいけどな」
「まぁ、そのようなお言葉はベロニカ様にかけてくださいませ」
「私はそんな寒気がする言葉いらないわよ」
昨日は王宮で行われた夜会に出席し、ジークだけでなくルドルフとも一曲踊った。二人に気のある令嬢たちを絞り込むことができたので、有意義な時間ではあった。その後、僕の天使に馴れ馴れしくと静かに怒りをため込んでいたクリスの相手をするのが大変ではあったが……。
「しかし、エリーナを堂々と甘やかせるクリス殿が少し羨ましく思ったな」
「わかる。ちょっとでもエリーナに近づくと睨まれるからな」
ルドルフが淡々と口にする言葉に、ジークが大きく頷く。ベロニカは馬鹿馬鹿しいと冷めた視線を投げつけ、エリーナは曖昧に笑った。最近社交界で、クリスはロマンス令嬢の門番と呼ばれるようになっていた。実に的を射た表現だが、問題はその門番は守るべきエリーナが頼んでも門を開けてくれないことだろうか。
「逆にクリス殿に認められたいって、燃えてくる。王子だからって怯まない奴、けっこう好きなんだ」
「確かに、挑戦する価値はあるな」
「エリーナ。次の夜会はどこに参加する?」
「えっと、ベロニカ様のところに……」
王子に訊かれ、つい反射的に答えてしまった。隣で馬鹿とベロニカが小さく呟いたのが聞こえた。
「では、その時も一曲踊ってもらうことにしよう」
「おや殿下。婚約者様の前でそのようなことをおっしゃってよろしいのですか?」
蚊帳の外に置かれていたベロニカは男二人の視線を受けると、にんまりと口角を上げて挑戦的な目を向ける。
「うちの庭を荒らさないなら、狩りをされてもけっこうでしてよ。まぁ、獲物が泣いて飛びついてきたら、私が狩人になりますけどね。どうか、ご覚悟の上でいらしてくださいな」
「ベロニカ様、もっと強く止めてください。二人も、冗談はそれくらいにしてくださいね」
ヒロインがまだ現れていない以上、下手に攻略対象と関わりたくはない。
(あ……でも、ヒロインが好きになった相手が、悪役令嬢と付き合ってたり、婚約してたりするパターンってけっこうあるわね)
これは試しに誰かと付き合わなくてはならないのかと、思考が明後日の方向へ転がっていきかけたとき、予鈴が鳴った。男二人はまた夜会でと爽やかに手を振って去っていく。
「ベロニカ様……ためしに誰かとお付き合いしてみたら、ヒロインがでてくるでしょうか」
「とうとう現実と小説の違いがわからなくなったの? かわいそうに」
ベロニカにバッサリと斬られ、少し冷静さが戻ったエリーナであった。




