18 悪役令嬢として振舞いましょう
ベロニカ・オランドール。その名は聞き覚えがある。社交界デビューのために、代表的な貴族家の名は覚えた。オランドールは公爵家の名だ。格上のご令嬢の登場に、エリーナは慌てて立ち上がり挨拶をする。
「ごきげんよう、ベロニカ様。私はエリーナ・ローゼンディアナと申します」
「えぇ、先ほど殿下に挨拶をされたのを聞きましたわ。幻の令嬢にお会いできて光栄よ。でもね、あなた、恋に夢見るのは勝手だけど、私の婚約者である王子に色目を使わないでちょうだい? 殿下にお声がけしてもらったからって、いい気にならないことね!」
おほほほと高笑いをするベロニカの後ろから、その通りですわ、身の程知らずねと、取り巻きが加勢する。
(え? 何なのこの状況)
竹を割るような威勢のいい声と飛び出した辛辣な言葉に、エリーナは圧倒されていた。
呆気にとられるエリーナにご満悦なのか、ベロニカの口が滑らかに動く。
「そもそも、15にもなって茶会にも出てこず、クリス様に甘やかされてばかりのひよこが、この学園で生きていけると思わないことね。あなたのような父親が誰かもわからない女は、貴族として相応しくありませんわ。今まではディバルト様やクリス様に可愛がられていたのでしょうけど、これからはそうはいきませんことよ?」
ベロニカは高いヒールを履いていることもあって、エリーナを見下ろしている。それがさらに威圧感を与えており、屈辱的だった。
わなわなと唇が震える。こんな罵倒を受けたのは初めてだ。いつもは、エリーナが悪役令嬢としてヒロインに向けて言い放っていたのだが……。
(キャラが被ったら、私が霞むじゃない!)
負けじと鍛えた眼力で睨みつけ、応戦の構えを見せる。
「あらぁ。そんな顔で睨まれても何とも感じませんわぁ。ロマンス令嬢は大人しく、本の中だけで生きていらしたらよろしくてよ」
聞く人が眉根を寄せるような厭味ったらしい口調に毒々しい声。高笑いが庭園に響き、取り巻き二人がベロニカをよいしょしていた。
(なにこれ! 悔しいわ。こんな理想的な悪役令嬢を見せつけられるなんて!)
言葉が出ない程悔しかった。理想とする悪役令嬢を目の前で見せつけられ、黙って引き下がってなどいられない。
エリーナはカッと目を見開き、ベロニカを見据えると胸を張って言い放った。悪役令嬢のプロとして取る行動は一つ。
「その素晴らしい悪役令嬢! 師匠とお呼びしてもよろしいですか!」
自身の悪役令嬢をさらに磨くため、弟子入りするのみである。悔しい、非情に悔しいが、自らを高めるには時に引くことも必要だ。
「はぁ!? あなた、何を寝ぼけたことを言っているの!」
「ベロニカ様に向けて、悪役とは無礼ですわ!」
「そうよ!」
こめかみに青筋を浮かべ顔を引きつらせたベロニカの後ろで、きゃんきゃんと取り巻き二人が吠える。だがそれすらも、エリーナには素晴らしい見本でしかない。
「ベロニカ様も、悪役令嬢を目指しておられるのでしょう? 私とともに語り合いましょう!」
ベロニカの手をひしと掴み、ずいっと顔を近づけて瞳を輝かせる。今まで悪役令嬢に取り巻きはいても、志を同じにする仲間はいなかった。
(そうよ、ダブル悪役令嬢にすればいいわ! なんて斬新なの!)
頭の中に嫌がらせのレパートリーが広がっていく。
「ちょっと、手を放しなさいよ!」
ベロニカは手を振り払おうとするが、エリーナの手は離れず一緒にぶんぶん動き握手しているようになる。
「いえ! ずっとついていきますわ! 師匠!」
「その変な呼び方は止めなさい!」
「では、お姉さま!」
「それも嫌!」
キイキイ叫んで取り乱すベロニカと、斜め上の展開に引き気味の取り巻き。傍から見れば異様な光景だが、仲間に会えた感動でいっぱいのエリーナが気づくことはない。
エリーナが感動に震えている頃、王都のローゼンディアナ家別邸では、クリスが領地の経営に関する書類の決裁を終え、お茶を飲んで一息ついていた。別邸は本邸に比べれば一回り小さいが、二人と数名の使用人で住むには十分なものだ。そして何より、学園まで徒歩で十分というのが望ましい。友人の商人が頑張って見つけてくれたのだ。
お茶を一口飲み、給仕をしてくれたサリーに視線を向ける。
「エリーは学園を楽しめているかな」
夕食はエリーナの入学を祝った豪華なものになっている。クリスは贔屓にしている友人の商会にかけあって、他国の特産品を取り寄せてもらっていた。もちろんエリーナの好物であるプリンも数種類用意してある。サリーには甘やかしすぎですと笑われてしまった。
「どうでしょう。正直、少し心配です……お嬢様は少々変わったところがございますから」
言わずもがなロマンス小説を読みふけり、こともあろうか悪役令嬢に憧れているところである。ノリノリで寸劇に乗っているサリーだが、外でもあの調子でやらかさないか心配なのだ。
「そうだね。でも、エリーは昔から肝心なところで抜けているからね」
そう言って懐かしそうに目を細めるクリスに、サリーも小さい時からのエリーナを思い出し、
「そうですね」
と微笑む。
ただいま公爵令嬢に絶賛からまれ、その相手を困惑させているとはつゆほども思わない二人だった。




