【コミカライズ記念】浮気疑惑を相談しましょう
7月19日(土)より、Renta!様にてコミカライズ版が配信されます。
それを記念して本日より一日一話、計5話のお話を投稿いたします。
「ベロニカ様ぁぁぁ! クリスが浮気したらどうしましょう!?」
「非公式とはいえ挨拶くらいしなさい、王女でしょ! ちょっとリズ、手紙よりも重症じゃない」
ベロニカの結婚式から半年後。
観劇の主賓としてラルフレア王国に招かれたエリーナは、同じく主賓であるベロニカの自室を訪れるなり抱き着いていた。自室といえども王宮であり礼儀は必要なのだが、予想がついていたベロニカは自分の侍女を下げていた。この場にいるのはエリーナの侍女であるリズだけである。
「だって、ベロニカ様のお顔を見たら我慢していたものが溢れてきて!」
ベロニカの細い腰にタックルを決めているエリーナの目にはすでに涙。そんな表情を向けられ、悪役令嬢の必需品、扇子で頭を軽く叩こうとしていたベロニカは諦めて手を下ろす。
「もう……あなたの好きなプリンも用意しているから、ゆっくり話しなさい」
相当追いつめられていると察したベロニカは、エリーナを引きずるようにソファーへと移動する。ベロニカのドレスは私的な場ともあって、落ち着いた深緑のイブニングドレスだ。装飾は控えめだが、その分生地が上質でエリーナはその抱き心地も堪能する。
ソファーに座っても引っ付き虫状態のエリーナは、この日のために新調した淡い赤紫のイブニングドレスであり、腰についたリボンが可愛らしいデザインだ。
「ほら、ちょっと離れて落ち着きなさい。お茶を用意するから」
そう言うなりベロニカはエリーナを引きはがし、リズに目で合図する。それを受け取ったリズは軽く一礼してからお茶の用意をしに一度下がった。リズは一時期オランドール公爵家で侍女見習いをしていたため、ベロニカ付きの侍女たちとも親しい。それもあって、二人がプライベートで会う時は給仕を任されているのだ。
そして、リズが一通り用意を済ませて戻れば、ベロニカに肩を寄せたエリーナがぽそぽそと事の発端を話し始めたのだった。
それはちょうど三日前、クリスに二週間ほどの長期公務が入ったため、その見送りついでに兄であるシルヴィオが訪ねてきた時だった。エリーナたちは王宮から王都にある屋敷に移っていて、シルヴィオは度々遊びに来ていた。
転生者であるマルクが腕を振るう日本料理が気に入ったらしく、来るときはいつも夕食も共にしている。
そして食後、一休みしたエリーナが庭園で飲んでいる二人の姿を探しに行ったところ、その話が耳に入ってきたのだ。
「それにしても、クリスが婚約した今だから言うけど、まさかエリーナのような子を選んで帰ってくるとは思わなかったよ」
シルヴィオはほろ酔い状態のようで、声がふわふわしていた。自分の名前が聞こえ、エリーナは思わず足を止める。エリーナは外廊下から庭園に出るところにおり、二人の声は聞こえるが二人から姿は見えていない。ざわりと胸が騒ぎ、耳を傍立てた。
「どういう意味?」
クリスの声は不機嫌で、ワインをグラスに注いで瓶を置く。その声音に、シルヴィオはおもちゃで遊ぶことを楽しんでいる子供のように笑った。
「だって、クリスの理想の令嬢とは真逆じゃないか」
「理想の……? そんなこと話したっけ」
「忘れた? 子供の頃、僕に何枚も女の子の絵を描かせたでしょ。どれも似たような顔のやつ」
クリスは記憶を探り、間が空いた後に「あぁ」と呟いた。
「そんなこともあったな」
「ひどいなぁ、忘れてたの? 一枚一枚要求が細かくて、少し目のつり具合や髪の巻き具合が違うだけで何回も修正させられたってのに」
シルヴィオはワインを一口飲むと、懐かしい思い出が蘇ったのか目を細めて微笑んだ。「昔は可愛かったのになぁ」と小さく零して、言葉を続ける。
「その時理想だって言ってたから、てっきりラルフレア王妃のような人を連れてくるんだと思ってたよ」
ラルフレア王妃、つまりはベロニカのことだ。
(え、クリスの理想がベロニカ様? どういうこと?)
鼓動が嫌な速さになり、夜風の冷たさが体の芯を冷やしていく。クリスが昔ベロニカと婚約していたことが、その話に信ぴょう性を持たせた。その裏に別の意図があったと知っていてもだ。
「別に、僕の理想は変わってませんけどね」
「いや、彼女は正反対でしょ。……あ、それで、その時の絵はまだあるけどどうする? いらないなら処分してしまうけど」
「あ~、僕の方で保管するから取りに行くよ」
一瞬、耳を疑った。その声は優しくどこか懐かしむようなもので、エリーナの脳裏にいつも微笑みかけてくれるクリスの顔が浮かぶ。クリスなら「捨てて」と言うと思っていたのにと、エリーナの胸が苦しくなった。
(なんで? その理想の女の子がそんなに大事なの?)
昔の絵なのに、裏切られた感じがした。いつもエリーナが一番で大事にしていると公言しているクリスの知らない一面に傷ついていた。俯けばプラチナブロンドのゆるふわ髪が滑り落ちる。涙が滲む丸く愛らしい目をこすった。
(クリスが理想としているのは、悪役令嬢だわ。ベロニカ様のような、素晴らしい悪役令嬢)
きつい印象を与える釣り目も、もはや武器のようなドリルを巻く縦髪ロールも今のエリーナにはない。可愛いと、大好きだと言われたアメジストのような瞳から涙があふれた。
(もう隠し事はないって言ったのに、本当は今の私より前までの私のほうがよかったのかしら……。今の私にがっかりしてる?)
エリーナは様々な乙女ゲームの悪役令嬢を演じてきたプロの悪役令嬢だった。そして、クリスは顔もないモブ。お互いキャラクターの中身としてゲームを転々としていたことを打ち明けたのはまだ記憶に新しい。
夜のひんやりとした風が、不安と恐れをつれてエリーナの心に吹き込んでくる。思考は加速度的に悪い方向へと転がり、最悪の可能性と正面衝突をする。
(どうしよう……今後クリスが素敵な悪役令嬢と出会ったら、心変わりしちゃうかもしれない!)
エリーナはそこで耐えきれなくなり、踵を返して部屋へと逃げ込んだのである。そして泣き顔のエリーナに仰天したリズに、泣き跡が残らないようケアされつつ先程耳にしたことを話せばリズは力強く言い放った。
「ベロニカ様に手紙を書きましょう。ちょうど三日後にラルフレアで会えますし、対策会議を開きますよ!」
そうして、今に至るのである。
『悪役令嬢の品格』を楽しんでくださった読者様、長く応援してくださった方々、改めて感謝いたします。皆様のおかげで、『悪役令嬢の品格』はコミカライズという機会をいただけました。キャラたちはみんな生き生きとしていますので、コミカライズ版もよろしくお願いします!
下部にリンクを貼っておきます~




