17 学園で華々しくデビューしましょう
王立ミスティア学園は創立120年の歴史ある学園だ。王族、貴族はもちろんのこと、将来を有望視される平民も平等に通う。建物はレンガづくりで、敷地面積も広い。設備は最先端のものを取り入れており、壁の装飾一つとっても芸術品だ。サロンも多く、あちらこちらで貴族出身の学生がお茶を楽しんでいた。その空気に慣れないのか、平民の新入生はどこか肩身が狭そうだ。
その中をエリーナは我が物顔で歩いていた。まさに、肩で風を切るように歩くのである。
(こんな感じで歩いておけば、悪役令嬢っぽく見えるかしらね。さっきから視線も飛んできているし、アピールは成功ね)
入学式が終わったところで、この後は歓迎の茶会がある。それまでは自由時間なので、学園内をぶらぶらとしているのだ。新入生は胸元のリボンかネクタイの色で分かる。すでにいくつかのグループができ、談笑を楽しんでいた。貴族の方々は茶会で顔を合わせている人が多く、上級生ともスムーズに挨拶ができている。
(これはそうそうぼっちかしらね)
本来なら悪役令嬢として取り巻きの数人はいるべきなのだが、お茶会に一度も出ていないエリーナは人脈が皆無だった。エリーナが茶会に行きたいと言わなかったのもまずかったが、祖父とクリスが一切連れていくそぶりを見せなかったのも問題だと、今になって思う。いくら今までの経験があるからと言っても、知らない人に話しかけるのは気が重いのだ。
(でも、ヒロインっぽい人いないわね。攻略キャラは一人見つけたけど)
目の前に人だかりがある。その中心に、新入生代表として挨拶をしていたこの国の第一王子であるジーク・フォン・ラルフレアの姿がある。第一位王位継承者であり、女の子たちに囲まれ黄色い歓声を浴びていた。乙女ゲームに王子は外せない。見目も麗しく、銀色の髪は光を受けて宝石のように輝き、ブルーサファイアのような瞳に誰もが魅了される。艶のある美声は女子の腰を砕くと噂になっていた。
エリーナはちらりとその集団に目をやり、ヒロインっぽい可愛い子を探すが、ひっかかる子はいない。それどころかジークと目が合ってしまったため、急いで退散する。ガンを飛ばしたと思われたかもしれない。
「おい、お前!」
背中に艶やかで張りのある声が飛んできた。他の人に声をかけたのかと辺りを見回すが、エリーナの周りに人はいない。まさかと思いつつ振り向くと、人垣を抜けてジークがこちらへ来ようとしていた。
(イベント発生なの!?)
罵倒する相手は誰だとジークの後ろで鋭い視線を向けている女の子を盗み見るが、全くわからない。これは、ジークに悪印象を与えるイベントかと考えたところで、不敬罪になりかねないと自制する。入学早々トラブルは起こしたくない。
「は、はい。何でしょうか」
まずは相手の出方を見極めなくてはならない。仕方がない、攻略キャラを知るいい機会と開き直ることにした。
「お前、名を何という」
「私はエリーナ・ローゼンディアナと申します、殿下」
ドレスをつまみ、頭を下げる。
「顔を上げろ。あのローゼンディアナ伯のご令嬢か。噂はかねがね……実在したとはな」
それはいったいどんな噂なのか。帰ったらクリスを問い詰めることにする。
ジークは柔らかそうな髪をかき上げ、キラキラと王族のオーラがあふれ出る笑みを浮かべた。その表情には自信がみなぎっている。
「これも何かの縁、困ったときは俺を頼ってくれ」
それだけ言い残すと、また後でと女の子を連れて逆の方向へ去っていった。残されたエリーナは、ぽかんとその背を見送る。
(何も、言えなかったわ……王族怖い。それに、やっぱりオートモードはないのね)
今まで王族とオートモード以外で関わったことはなかった。ゆえに、どんな無礼な態度を取ることもできたのだが……。
(思ったより、私って臆病なのね)
ここに来て、致命的な欠点に気づいてしまった。これからはここぞという時には勇気を出さなくてはいけないだろう。
(……ちょっと、静かな場所に行きたいわ)
急に人の多いところに出てきたので、気疲れしてしまった。気分を変えるため廊下を進んでいると、庭園を見つけそちらに足を向ける。人通りもあまりなく、憂鬱な気分を紛らわすにはちょうどいい。
(へぇ、いいところね)
春の陽気に包まれ、噴水の近くにあるベンチに腰を下ろす。
(あぁ……気持ちいいわ。眠くなりそう)
ぼうっと幸せな眠りに誘い込まれそうになった時、複数の足音が聞こえてハッと目を開ける。ぼんやりした頭で顔を上げると、そこには仁王立ちをしている女の子がいた。
赤みのある金色の髪は編み込まれ、後髪はゆるやかなウェーブがかかっている。そして顔にかかっている横髪は見事な縦ロール。好戦的なエメラルドグリーンの目は吊り上がっており、気の強い印象を与える。さらにその子の後ろには二人女の子が、これまた好戦的な目をエリーナに向けている。
「ごきげんよう。わたくし、ベロニカ・オランドールですわ。父はこの国の大臣を務めておりますの」
ロマンス小説から抜け出してきたような悪役令嬢が、勝気な笑みを浮かべていた。




