173 師匠と再会しましょう
ナディヤにせっせと演技指導をし、方々に手を回して劇場の段取りをしているうちに、三国交流の前日となった。王都には二か国の特産が流入し、物珍しい商品が露店に並んでいる。カフェ・アークでもそれぞれの国の特産を使ったプリンを出していた。
そしていよいよベロニカとジークが入国し、一息ついたその日の午後。エリーナはさっそく二人に会いに迎賓館へと赴いたのである。国賓とのお茶会となれば、使用される茶葉からお菓子までこだわり抜かれ、国の美を結集させたサロンにて行われる。今回はエリーナが国を出てから最初の顔合わせともなるので、一種の公務となっている。そのため格式張っており、次に会う時はエリーナの自室に呼んでのんびり話すつもりである。
エリーナはリズを引きつれ、お淑やかな雰囲気を纏ってサロンに入る。ソファーの近くに二人が立っており、にこやかに微笑みかけてくれた。ベロニカも変わらぬ姿で、飛びつきたい衝動に駆られるが微笑み返すだけにとどめた。
「ジーク様、ベロニカ様、お久しぶりです。ご即位、おめでとうございます」
二人は王、王妃と格上のため正式な礼を取って挨拶をする。
「えぇ、ありがとう。元気そうで安心したわ」
「ありがと。会えるのを楽しみにしてたよ」
簡単に挨拶を交わし、三人はソファーに座る。ジークとベロニカが並んで座り、その向かいにエリーナが座った。侍女はリズを入れて三名おり、優美な動作でお茶を淹れていく。茶菓子はナッツが入ったクッキーとチーズケーキだ。
「ラルフレアはどうですか?」
王族同士の対談という扱いのため、まずは互いの国について話をする。話の内容を書き留めている文官もいるため、下手なことは話せない。政治関係についてはジークが答えるようで、「そうだな」と言葉を置いてから話し出した。
「戴冠式が終わって、だいぶ落ち着いたよ。貴族の中にはまだ認めていないものもいるが、結果を出せば認めざるを得なくなるだろう。中には法を変えてエリーナを王にすべきという意見もあるが、非現実的な上クリス殿との婚約の話もあるから下火だな。たまに顔を見せに帰って来てくれると、国民も貴族も安心するだろう」
ジークは淡々と話してくれるが、その裏には多大な苦心と努力があったはずだ。それを微塵も見せないジークを尊敬し、隣で涼しい顔をしているベロニカが支えたことを察する。エリーナが思っていた以上にジークは王として踏ん張っているようで、感謝の気持ちが込み上げた。
「ジーク様、ありがとうございます。わたくしがアスタリアで安心して過ごせるのも、お二方のおかげですわ」
「それで、こちらの暮らしはどうだ? 何か欲しいものなどがあれば融通するが」
ジークはチーズケーキを一口食べ、「うまい」と漏らしてエリーナに視線を向ける。ベロニカもクッキーを食べ、紅茶の香りと味に目を見張っていた。満足そうな顔であり、合格のようだ。
「とてもよくしてもらっていますわ。果報者です」
「そう、それはよかったわね」
そして他にも文化や歴史、今後のラルフレアについて話し合ったところで、対談は終わり文官が一礼して出て行った。十分公務としての働きはできたようだ。エリーナは侍女たちにも下がるように指示し、サロンにはリズだけが残る。
完全に人払いができたところで、エリーナは立ち上がりベロニカの方へと回って抱き着いた。
「ベロニカ様~! お会いしたかったです!」
ぎゅーっと力を込めて抱き着き、腰の細さに驚く。先ほどから思っていたが、ますます美しさに磨きがかかっていた。婚礼前だから絞っているのだろうか。腰回りをぺたぺた触っていたら、おなじみの扇子で頭を叩かれ、べりっと引きはがされた。
「さっきまでの王女面はどこへいったの! 猫を脱ぎ捨てるのが早いわ!」
久しぶりのベロニカの叱咤する声は懐かしく、エリーナは嬉しくなってくる。
「ベロニカ様の怒った顔が素敵です!」
「あんた、ますます頭が緩んだんじゃないの!? リズ! ちゃんとこの子の手綱握れてるの!?」
壁際で控えていたリズは苦笑いを浮かべ、「すみません」と謝った。
「ベロニカ様に会えるのが楽しみで、昨日からソワソワしていたので大目に見てあげてください」
時間をかけてドレスを選び、肌を手入れし、何を話そうかとリズに浮かれ気分で話していた。クリスとデートする時よりも気合を入れており、少しクリスが可哀相になったリズだった。
そんな可愛いエリーナの様子を聞いたベロニカは、「仕方がないわね」と困った表情を浮かべるが口元が緩んでおり嬉しそうだ。二人が隣で仲良くしているのを当てられたジークはすっと向かいに移動し、にんまりと意地の悪い笑みをベロニカに向けた。
「それはベロニカも一緒だろ。アスタリアに来る道中、ずっとエリーナのことばっか話してたしな」
身近なところから暴露され、ベロニカは顔を赤くしてジークを睨みつける。扇子で小突いてやりたかったのに、それを察したからか扇子の届かない距離に逃げていた。
「ベロニカ様……大好きです!」
エリーナは目をキラキラと輝かせて、ベロニカを見つめていた。なんだか久しぶりに主人に会えた子犬に見えてきたベロニカだ。溜息をついて、額に手をやる。
「その様子だと、悩みは解決したのね。リズから悩んでるって報告が来て、暗い顔しているならひっぱたいてやろうと思っていたのに」
リズは両国をつなぐ役目も負っており、定期的にベロニカに近況報告をしていた。そこでエリーナが悩んでいることを伝えていたのだ。まさか、あんな形で解決するとは思わなかったが。
エリーナはピシッと背筋を伸ばし、顔を引き締める。
「大丈夫です! 心配してくれたんですね! ベロニカ様~!」
「ちょっと、離れなさい! 酔ってるんじゃないでしょうね!」
再び抱き着いてきたエリーナの頭を軽く叩くが、本気でないのはまんざらでもないからだろう。その一方で、ジークは二人が仲良くわいわいしている様子を面白くなさそうに見ていた。
「なぁ、エリーナ。一ついいか?」
やや低い声であり、不機嫌が滲み出ていた。二人は動きを止め、ジークに視線を向ける。
「ベロニカは俺の妃だからな。俺の、だからな! ベロニカの一番は俺だ!」
子どもが駄々をこねているような言い分であり、二人は顔を見合わせた。ベロニカがジークに視線を戻し、「まぁ」と目を細め、口角を上げる。悪役令嬢の笑みである。
「いつ、わたくしの一番がジーク様だと言いました? 自惚れていらっしゃるのですか?」
容赦のない一撃であり、ジークは悲壮な表情になって「えっ……」と固まった。そろっと手をベロニカに伸ばす。
「嘘だよな。俺、お前の夫だぞ? 一番じゃねぇの?」
「そりゃぁ、殿方の中では一番でも、ねぇ?」
と意味ありげな視線をエリーナに向け、エリーナも「うふふ」と意地悪な顔を作ってこれ見よがしにベロニカに抱き着いた。
「ベロニカ様とは魂でつながった関係なのですわ」
「え……は? まじで……いや、やっぱり……ということは、あの時のあれは……」
ジークの頭の中でどんな想像が進んでいるのか、どんどん絶望的な表情になっていくので、さすがに二人も良心が痛みパッと離れる。
「冗談よ。そんなこの世の終わりみたいな顔をしないで」
「ごめんなさい。つい、面白くて」
「……え、いや。冗談に思えねぇよ」
よかったと胸を撫でおろしたジークを見て、二人はくすくすと笑う。そしてしばらく他愛のないおしゃべりをし、晩餐会の時間が迫って来たのでエリーナはまた今度と部屋を後にした。最後、ベロニカに「明日のお茶会でいいお土産を持って行くわ」と言われ、エリーナは何だろうと期待しつつ自室へと戻ったのだった。




