167 愚痴を聞いてもらいます!
この日、リズの苛立ちは限界まで来ていた。リズはクリスの秘密を知ってから、今か今かという思いで二人を見守っていたのだ。ひたすら壁と同化して、空気になっていた。だが未だに二人は秘密を打ち明けられずにいる。
例えば朝食の席では、
「あのさ、エリー……今日は何をする予定?」
とクリスが踏み込もうとして逃げた。
一方のエリーナも夜のサロンでクリスとお酒を飲みながら、
「ねぇクリス、話したいことがあるんだけど……領地では畜産に力をいれて、プリンを名産にしようと思うの」
と思わせぶりな言い方をしては、的外れなことを言っていた。互いの悩みを知り、事情を知っているリズからすれば割り込んで全てをぶちまけてしまいたい衝動に駆られていた。この他にも二人はチラチラとリズに言ってもいいかなと目で訊いてくるので、その度にリズは目をくわっと開いて「言っちゃってください!」と念を送るのに、肝心なところで話が途絶えるのだった。
もう一度クリスと話したいと思いながらも、互いに忙しく捕まえられていない。この鬱憤をエリーナで晴らすわけにもいかず、リズは非番で暇そうにしていたマルクを捕まえて愚痴を聞いてもらうことにしたのだ。ちなみにリズもお休みだ。
場所は侍女たちに割り振られた休憩室の一つで、簡単なお茶会も開ける場所だった。マルクに最低限のもてなしとしてお茶菓子とお茶を用意し、リズはお茶菓子に手を伸ばしながら「聞いてくださいよ~」と名前などは伏せて話し出した。
マルクはほとんどわからない話を根気強く相槌を打ちながら聞く。
「もう、見ていてじれったいわけですよ! さっさと言えばいいのに、それをうだうだと!」
「そりゃ、イライラするわな。大変だな」
「そーなんですよ! 何度、バラしてやろうかと思ったことか」
リズは元日本人のマルクだからか、口調が前世の高校生に戻っていた。年相応の砕けた話し方に、マルクは懐かしさを感じて目を細める。妹やパートのおばちゃんもこんな感じでマシンガントークをしていた。そして彼女たちから学んだのは、女の愚痴にアドバイスは不要。ただ共感すべしとのことだった。
「それに耐えているリズはえらいな」
さりげなく誉めてあげるとなおよし。マルクは妹に口酸っぱく言われたことを思い出しながら、相槌を打つ。頭の半分では次に作る和風プリンと和食のことを考えていた。
「ふふふ、でも、秘策があるんです」
急にリズが腹黒い笑みを浮かべたので、マルクは興味を引かれて意識を戻す。
「秘策?」
「はい。片方をけしかけるために、とある人物に協力を願ったんです。そしたら、こちらに来る用があるから来てくれることになって」
ふふふと笑っているリズはいたずらを仕掛けたばかりの子どものようだった。それは友達を思っての行動だと理解したマルクは、リズの優しさを感じて微笑む。
「友達のために色々できるのは、すごいな」
「そりゃ……二人とも大切ですからね。幸せになってほしいんです。たくさん、苦労をしてきた人たちだから」
ろくに動けず愛憎劇を見せられ続けるなんて、リズには耐えられない。この世界で二人が幸せになれるなら、リズは影となり壁となり、スパイになって支えるつもりだ。
「だから、力になりたいんです。私に生きる活力をくれたから。この世界に来られて、私は幸せです」
「……リズちゃん、この世界が大好きだもんな」
それは何度か会い、話を聞けばすぐにわかった。この世界が好きで、キャラクターたちを愛して感謝して生きている。そのことにマルクは尊敬の念を抱いていた。
リズはマルクと目を合わせて、「はい」と笑顔で頷く。何の迷いもない肯定だ。
「私、乙女ゲームに救われたんです。高校でクラスに馴染めなくて、たまに休んでたんです。そんな時、乙女ゲームを知ってやってみたら楽しくて……ゲームのヒロインみたいに、何があっても頑張ろって……学校行って、帰ったらゲームをしてを繰り返していました」
忘れかけていた原点。少し辛く悲しい時だったが、それがあったからこそ今が幸せだ。マルクといて日本のことを話すようになってから、ふと昔の記憶を思い出すことが増えた。今まではリズとして生きるのに精一杯で、振り返ることもしなかったのに。
「そっかぁ、若いなりに大変だったんだな」
「マルクさんに比べたら、全然ですけどね」
「いや、大変さは比べられるもんじゃねぇよ。リズちゃんだって頑張った。だろ?」
その言葉はスッとリズの胸の中に入り込み、クッキーをつまむ手が止まった。
「マルクさんって、大人って感じですね」
この世界では二歳差だが、前世を合わせると一回りくらい違う。そう言われてマルクは軽く笑い声を上げる。
「リズちゃんからしたらおっさんだろ」
「いえ、全然!」
マルクはクッキーをほおばり、肩を震わせて笑う。そして優しい瞳をリズに向けると、すっと口角を上げた。
「リズちゃんこそ、そうやって何事にも前向きに頑張ってるとこや、おいしそうに食べるとこは可愛いと思うよ」
「ちょっ、急に褒めないでくださいよ!」
照れて熱くなった頬にリズは手を当て、えへへと笑う。マルクと話すのはとても楽しく、時間が過ぎるのがもったいないとさえ思う。そして高鳴っている鼓動に、リズは「あれっ」と内心首を傾げる。
「あ、そうだ。今度ご飯食べさせてあげるよ。やっと食材の目途が立って、あっちの料理を作れそうなんだ」
「え、本当ですか! 食べます!」
だがその小さな気づきは食欲の前に吹き飛び、リズは目を輝かせた。頭の中は懐かしい日本の料理が回っている。
「じゃ、次の休み合わせてその日にな」
「楽しみにしています!」
そして二人は次に会う約束をして、自室へと戻る。廊下で笑い合いながら手を振る二人を見た他の侍女たちが、「あの二人は付き合い始めたの?」と噂をし、それがエリーナの耳に届くのはもう少し先の話である。




